第1章 悪夢再び

「……ッ!!!」

バッと勢い良く上体を起こし脳は否が応にも瞬時に覚醒した。

呼吸は過呼吸気味に、心音は早鐘を打ち続け全身に疲労が襲ってくる。

ドクドクと鳴り響く心臓と酸素を求める肺は数秒では収まらず、数分を要した。

徐々に正常へと移り変わる心臓と呼吸、しかし冷や汗は止まらなかった。

最後に残った記憶はあの謎の少女と別れた所まで、もし現実であれば家路に着いた記憶はあるはず、なのにその記憶だけ抜けていた……あれは夢…だった?

しかし、傍にあるスマホの電源を押すと日付の数字は変わっている。

……どうやって帰った?心理的ショックで記憶がなくなってしまった?

現実か夢の境目を歩いているような錯覚に、脳の混乱を抑えるために1度考えるのをやめる。

カーテンを開け窓の外を見たらまだ日は開けていない。転々と街灯の光だけが浮かぶはずだが、今はとても暗く感じた。

スマホの時計を確認すると午前4時27分、……嫌な時間に起きてしまった。

再び目を瞑り微睡みに浸ろうとしたが、最悪すぎる……まったく眠れなかった。

目がかっぴらいてしまっていた。

……諦めて、朝まで時間を潰すことにした。

とりあえず最初にシャワーを浴びた。

夏ということもあったがために身体は汗でびっしょりだった。…気持ち悪い。


朝、6時頃。

いつもは起床するのはこの時間だが、先程の悪夢を見てなかなか寝付けなかった私は、配信アプリで映画を観て時間を潰していた。そしたらもうこの時間だった。

普通に面白かった。恋愛系の映画だった。

気分転換に友達に勧められた映画を観たおかげで睡眠欲は戻ってきたけどもう朝だ。

起きるしかない。

なんで悪夢なんか見たんだろう。最悪すぎる。

そう愚痴をこぼしながら、私は朝食の準備を始めた。

この家には父親は居ない、母親はいるが共働きで家にほとんど帰ってこない。

だから朝食は自分で用意する。

物心着いた頃には父親は居なくなっており、当時小さかった頃の私は周りに父親のいる家庭を見て疑問を抱き、母親に父親の居場所はどこ?と何度も何度も聞いていた。

しかし、母親は何も答えてはくれなかった。

それからは母親に父親の行方は聞いていない。

子供ながらに察してしまった。

もう、居ないのだと。

女子高生たるもの、女子力はまぁまぁある方なのだが、朝食はいつも食パンをトースターにぶち込んで表面にチーズやバター、ハムなんか乗せて食べている。牛乳もお供に。

朝にガッツリご飯に味噌汁とか色々作るの普通にめんどくさいし、手間かけずに済ませている。

私の名誉のために言うけど料理はできるからね。できるからね。


朝食を食べ終わってだべぇ〜として過ごしていたら登校時間が迫ってきた。

洗顔は起きた時からとっくに済ませており、歯磨きは朝食を食べた後に入念に、学校指定の黒のセーラー服に着替えて、ちょっとだけスカートを折り畳んで小細工をして、姿鏡の前で髪は跳ねていないか前髪の調整などのチェックをして、いざ出発。

誰もいない空間に行ってきますを言って、玄関の鍵をガチャりガチャりと閉める。

田舎とも都会とも言えない住宅街を通り抜けバス停へ向かった。

数分待ったことで見慣れた色のバスが到着する。

電子マネーで払い終え奇跡的に私のお気に入りの席が空いていたためそこに腰を下ろした。

一瞬、今日見た悪夢が脳裏に過ぎるが無視を決め込む。はやく忘れたい。

憂鬱を溜め息と共に吐き出してスカートのポケットからスマホとワイヤレスイヤホンを取り出す。

到着までの時間潰しに私は良く音楽を聴いている。

友達の話題について行く為に最近の流行りの曲を聴いてはいるが、本音を言うと自分はマイナーな曲が好きだ。特にボーカロイドや歌い手が結構好き。

話題を振っても誰も理解者がいなくて普通に泣いた。

……ほんとに泣いたわけじゃないからね?


それから数十分掛けて、高校の近くの停留所でバスを降りる。

徒歩で通う生徒達と合流してテクテクと歩いていく。

5分くらい歩いたら学校に到着。

校門を潜る。

運動部が校庭で朝練をしているところを横目に、校内に入っていく。

良く朝早くから運動なんてできるね。

そう心のなかで思いながら昇降口へ行き靴を履き替え自分の教室を目指す。

教室に着き、なかへ入り自分の机の横に学生鞄を置き椅子に座る。

HRまでスマホを弄り時間を潰した。


それから数分後、だんだんと教室に人が集まり始めた。

「おはよー綾香あやか

「ん、おはよー茅寧かやね

綾香は私の名前である。

名前を呼ばれ、スマホに視線を外し顔を上げ、友達の茅寧に挨拶を返す。

彼女の名前は甘夏あまなつ茅寧かやね

クラスのなかで1番気軽に話せる友達で、学校内でもオシャレで言動も相まって一見ギャルのように見えるが根は意外と真面目で外見の印象とは真逆の性格をしていた。

茅寧の事を知った最初の頃はギャップを強く感じたのを今でも覚えている。

「ねぇーあれ見た?あたしが推してた恋愛映画」

「あぁー見た見た。きの…あっ今日か、観たよ。ヤバかった」

「やっと見たー?。まじやばでしょ?あれめちゃくちゃキュンキュンするくない?主人公の俳優がマジでカッコよすぎるんだわ」

「まぁかっこよかった、めっちゃキュンとした。特にやっと2人きりになれた時のあの一言が良かった」

「あーあそこもいいよねーマジで。声も良いんだわあそこはマジで最高。見る目あるじゃん」

「すっごい上から目線。でも茅寧かやねに恋愛映画勧めてくれなかったからこういう感覚味わえなかったかも」

私は映画はあまり観ない方で、友達が勧めてくれなかったら視野が狭いままだった。

だから。

「勧めてくれてありがとね、今度は一緒に映画館で観に行こう」

素直にお礼を言った。

「んふふ嬉しい言葉じゃんそれ。良かった良かった」

満面の笑みで私の肩をポンポンと優しく叩いてくる。

この子は意外とオタクな1面もある。語る時の目の色がまったく違う。

そういうところにシンパシーを感じたんだよね。

「あっそういえばさ綾香」

「ん?なに?」

「どっかの組の男子から噂聞いたんだけどさ、今日うちのクラスに転校生来るらしいよ」

「へぇーそうなんだ。どっち?男子?女子?」

「それが女子みたいでさ、男子がワイワイ騒いでたのを見たわ。なんか可愛いらしいよ?」

「へぇ〜」

「あぁ〜男子が良かったなぁ〜しかもイケメン」

「なに?最近イケメンに飢えてるの?」

「そりゃあねぇ?ここの学校少ないじゃん。イケメンはいるけど野次馬が邪魔するし、近寄れなくない?」

「じゃあ諦めた方がいいんじゃない?」

「冷めてるねぇ…綾香あやかってそう言うの興味無いよね。男の気配が全くない」

「いやまぁ、普通に男子に興味無いし」

「ほんとに恋愛映画楽しかったの?」

「はーい予鈴なってましたよー席ついてくださーい」

そんなことをだべっていたら担任の先生が教室に入ってきた。

「あっやべ、先生きたわ。んじゃね」

「じゃあ後で」

少し遅れてきた先生に疑問を抱きながら。

HRが始まった。


担任からの連絡事項を片耳に、変な時間に起きたせいか徐々に瞼が落ちてきたその時。

担任は

「えーっと次に、実は今日はこのクラスに転校生が来ます」

そんな非日常的な話題をあげた。

「どうぞ、入ってきてください」

担任が廊下にいるのであろう転校生に入室を促すと生徒たちはざわざわと騒ぎ始める。

扉が開いたその刹那、息を飲む音と共に教室内は静寂に包まれた。

それもそのはず、噂に聞いていた女の子は噂通りの、いやそれ以上に、

──とても綺麗だった。

教卓の傍に立ち止まり、担任に促さた転校生は黒板に名前を書いていく。

書道でも習っていたのかと思う程の綺麗な字で書かれた名前は

──霧崎璃撫。

霧崎きりさき璃撫りなです。よろしくお願いします」

書き終わると彼女は振り返り、軽く会釈をする。抑揚のない落ち着きのある声色での自己紹介は一言で終わった。

それでも何故か満足感を感じてしまった。

整った鼻筋にマシュマロのように柔らかそうなすべすべの肌に小さくて綺麗な顔、瞳は大きくまつ毛は長く。背丈は平均よりやや高いめの目測でだいたい160程度。それでも体格は華奢で美しかった。

理想的な容姿に同性である私でも眼を奪われるそのルックス。

だがもっと眼を奪うのが彼女の髪の色だった。

この学校が指定する黒のセーラ服は彼女のためにあったのかと錯覚してしまう程にマッチしてしまう──その純白の髪色。

肩まで切り揃えたミディアムのストレート。

そして瞳の色は…美しい水色だった。

日本人離れした透明度のある存在に、誰もが息を止めてしまう。

私も同じく呼吸を忘れてしまう……

彼女を見た瞬間、眠気が一気に吹き飛んだ。

朧気となり、忘れ去ろうとしていた悪夢が徐々に鮮明に描かれていき、あの謎の少女の姿が思い浮かんでいった。

碧く燃える刀身で肉塊を一刀両断し、全てを諦めたかのように光のない瞳で私を覗いていたあの謎の少女。


それは間違いなく目の前のあの転校生、

──霧崎きりさき 璃撫りなその人だったのだから。


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