空間怪異のセーラー少女

彩葉 楓🍁

プロローグ

車窓の外は街灯の明かりがちらちらと顔を覗かせる程度の光量しかなく、ほとんど暗闇と言って差し支えなかった。

バイトの帰りはいつも日の眼はとっくに沈み、星の見えない街では満月だけがとても美しかった。

無人とも呼べるバスの中はエンジン音とアナウンス呑み、雑音は慣れてしまえば静寂と言える。

家に帰るときはいつも奥の左から三番目の席、後輪で少し高くなっている席に座っている。

そこがお気に入りだった。

ぼーっと外を眺め窓に反射する自分の顔、最初の頃は夜の街並みが怖く身を縮こませながら家路についていた。

だけどもう慣れてしまえば何も怖くはない。

でも今日は違った。

何故か不思議と恐怖を感じる。気のせいかな。

バスが止まる。

扉が開く、金属のカラカラと滑る音。

こんな時間に人が乗るのは珍しい。

足音がやけに静かだなと思い顔を向ければ、少女が歩いていた。

ちょうど肩まで伸びる黒の髪に…ミディアムヘアかな?そして黒が基調の…セーラー服?

こんな時間になんで?まぁ私もそうか。

若干私の通う高校の制服に似てるけど、ちょっとだけ違うかな、どこの高校だろう。この辺に黒のセーラー服の高校なんてあったかな?

そんなことを思いながら彼女の動向を伺う。

観察癖というわけではなく、ただ単純に暇だったから。

出口付近の席に座り、肘を付く。

最後まで足音は聞こえなかった。

入口の扉は締まりバスは通常通り動く。

慣性の法則により私は後ろに倒れる。首が痛い。

このバスの運転手の人べた踏み過ぎない?

そんな文句を考えながらあと停留所を2つ挟めば家に着くことに気づく、やっと帰れる。

疲労感と達成感に身体が重くなるその刹那、突然バスが急停止した。

そう分かったのにでもおかしい。

そして始まる静寂、静けさとは違いどこか無を感じさせる静寂。

音が無くなった?

そして始まる異変。

前の運転席から迫る赤い光、いや赤い空間。

それは前から徐々に迫ってきていた。

それだけじゃない。

赤く染まった空間は物がありえないものに変化していた。

椅子は人間の骨に変わり吊り革は首吊りロープに変わり、床と壁と天井は肉塊に変わっていった。まさにこの世のものとは思えない空間だった。

外は赤一色、その先の空間は見えない。無いのかもしれない。

いつの間にか運転手だったものは骸骨と化していた。

私はその空間に吐気と恐怖を抱く、当たり前だ。

眼をつぶりこれは夢だと暗示を掛け続け、すぐ後ろに気配を感じた。

本能的に感じる異型の存在。

見ちゃだめだと思っても、なぜか身体と眼は言う事を聞かなかった。

無抵抗にゆっくりと振り向く。

見た瞬間、そこに人型の肉がいた。

立ち姿に上半身を前のめりにし私の瞳を覗いていた。

ざっと190cm程度の巨肉。

口をオの字に開き今にも私を飲み込もうとしていた。

悲鳴も上げれず恐怖のあまり逃げ出した。

生まれたての小鹿のようにガクガクと振るえる私の脚はドタドタと階段の段差で転び肘と膝を痛める。

すぐ左には出口、でも扉は空いていない。

右には、さっき乗ってきた女の子がいた。

私と同じように彼女も恐怖に怯え…てはいなかった。

悠々と席をたち左腰にを下げ立ち尽くす。

乗った時はそんなものは無かったのに。

呆然と見ていた私にその女の子は「どいて」と冷淡に言う。

私は背屈ばり入口側に全速力で移動した。

彼女は左腰に収めているを悠々と抜き取る…

それは日本刀だった。

仁王立ちに右腕を上げ拳は顔の前に、縦に刃を持ち上げ剣心の煌めきを味わうかのように抜刀する。

そしてそれを円を描くように一気に右へ振りかぶった。

剣先を床に下げた瞬間、瞬く間に剣心は青い炎へと燃え上がる。

口をオの字に開く肉塊の眼(?)は刀を持つ彼女を捉え、手のようなものを彼女に向け一目散に襲い掛かってきた。

彼女は肉塊を易々と躱し、肉塊は私の方へと走ってきた。

恐怖に震える私、そして聞こえる空を切る音。

肉塊は真っ二つになっていた。

一刀両断。一瞬のことだった。

ドロドロしく溶ける断面、切ったその先に見える姿は、彼女のハイライトのない虚ろな瞳だった。

それを最後に私の視界は一瞬にして白く染まった。


気がつくといつものバスの中。だけどさっきの悪夢と立ち位置が同じ。

目の前には黒のセーラー服姿の少女が手を差し伸べていた。その左腰には何も無かった。


「大丈夫?」

冷淡で淡白な声。

「あっ…はい、だい…じょぶ…です」

訳も分からず返事をする私。

「よかった」

無表情の安堵。

「あの…いい、いまのって…」

「あっもうすぐ着く」

声の震えが尋常じゃない私。そして止まるバス。

「じゃあね」

彼女はバスから降り扉は閉まる。

呆然とする私、運転手の怪訝な目線。


眼前に起こった不可解な出来事に、私の思考は稼働することは無くそのまま家路を辿った。客観的にはそう映っていただろう。

だが私にそんな記憶はなかった。

それは──

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