Sloppy
大隅 スミヲ
Sloppy
「なにこれ……」
その配線を見た時、わたしが
基板から伸びる赤・橙・黃・緑・青・藍・紫の7色に彩られた銅線。それは絡み合うようにぐちゃぐちゃと混ざりあっていた。
なんて雑なの。
わたしは絶望と同時に、その製造者への怒りを感じた。
どうすれば、こんな雑な作り方ができるのかと。
警視庁警備部第十機動隊に緊急招集が掛けられたのは、深夜のことだった。
集められたのは爆弾処理を専門とする部隊であり、隊長である
第十機動隊の爆発物処理班は6名の精鋭で編成されている。
隊長の宍戸に、副隊長の
永遠は6名の中で唯一の女性隊員であり、処理班のエースでもあった。
6名は処理班の特殊車両に乗り込み、現場へと向かう。
特殊車両の中は、いつになく緊張感が漂っていた。
「本日、午前1時15分頃、警視庁通信指令室に爆破予告がインターネットに掲載されていると緊急通報が寄せられた。捜査を行った生活安全部サイバー犯罪対策課によれば、インターネットのSNS上で、反政府組織を名乗る『革命の鷹』というアカウントが東京駅のコインロッカーに爆発物を仕掛けたと書き込みをしているとのことだった。書き込みに対する信ぴょう性は不明であるが、万が一のことも考えて我々の出動ということになった」
宍戸隊長は特殊車両の中で今回の出動についての説明を隊員たちに対して行った。
「いたずらってこともありますよね」
緊張を隠し切れないといった様子の北野巡査部長が青白い顔をしながら宍戸隊長にいう。
北野は処理班に来て初めての出動であった。
緊張するのは無理もないことだ。永遠は緊張のあまり、えづきそうになっている北野のことを見ながら、自分の初出動の時のことを思い出していた。
永遠の初出動の時は、通報者による勘違いだった。ゴミ捨て場に爆弾が設置されているとの通報を受けて出動したわけだが、それはただの壊れた時計であり、一緒に捨てられていた筒状の置物が爆弾に見えただけだった。
処理班が出動するほとんどは、勘違いかいたずらによるものであることが多い。出動しておいて空振りに終わることばかりではあるが、逆にそれはありがたいことでもあった。もしも、本当に爆弾が設置されていたりしたら、大変なことになるのだから。
処理班は普段から専門で爆弾の処理を行っているというわけではない。普段は第十機動隊の一員として様々な訓練や警備などを行っている。ただ爆弾事件が発生すれば、すぐさま招集が掛かり、事件への対応が求められるのが爆弾処理班であった。
処理班のエースと呼ばれる永遠も実際に本物の爆弾を処理したことは1度しかない。その時は液体窒素の入った容器に爆発物を入れることで無効化する処理を行っていた。
訓練では液体窒素による無効化もするが、映画で見るような配線処理をおこなって爆発物を無効化するというものも行われていたりする。
エースというのは訓練での成績の良さであり、実践の経験はほとんどない。だから自分はエースなどではないのだ。永遠はそのことを自覚していた。
「北野、これは訓練じゃない。それだけは覚えておけ」
宍戸隊長は北野の目をじっと見つめながら言った。
その真剣な眼差しに北野はごくりと唾を飲み込み、無言で頷いた。
特殊車両が東京駅に着いたとき、周辺にはパトカーや消防車、救急車といった緊急車両が集まってきていた。
深夜ということでオフィスにはほとんど人はいなかったようだが、夜間勤務を行っている人たちは半径10キロ圏内から避難するように指示が出されていた。
「さあ、行くわよ」
永遠は自分に気合を入れると対爆スーツの中に身を投じた。
対爆スーツは、アメリカの爆弾処理班が使用しているものと同じものであった。
液体窒素の入った容器を用意し、バックアップ担当の仙谷と無線通信がきちんと出来ているかのチェックを行う。
すぐ隣には北野がいたが、まだ緊張しているようで対爆スーツ越しに歯を食いしばっている北野の姿が見えた。
「北野さん、リラックスしてください。大丈夫です」
永遠は北野の肩をポンと叩く。
対爆スーツ越しなので、肩を叩かれたという感覚はあまり無いかもしれないが、それで少し北野の緊張が解けたようにも見えた。
爆発物が仕掛けられたとされるコインロッカーの中身をX線装置で確認すると、確かにそこには何か装置のようなものが入っていた。
ただX線で見ただけでは、それが爆弾であるかどうかはわからない。
配線などを調べてみたが、コインロッカーの扉を開けると爆発するような仕掛けにはなっていないようである。
『北野、ロッカーを開けろ』
そう命令をしたのは、副隊長の白波警部補だった。
経験を積め。永遠には、白波の言葉がそう聞こえた。
北野がロッカーに近づいていく。
その間、永遠は対爆シールドに身を隠しながら、北野の様子を見守る。
北野の手がロッカーの扉に掛かり、ゆっくりと扉が開けられていく。
完全にロッカーの扉が開けられた時、甲高い電子音が辺りに鳴り響いた。
一瞬、永遠はシールドの中で身構える。
しかし、爆発は起こらなかった。
よく見ると、それは防犯ブザーだった。防犯ブザーの紐がロッカーの扉につけられており、扉を開けたタイミングで紐が引っ張られて鳴るという仕掛けがされていたようだ。
「くそっ!」
北野は罵りの声をあげながら防犯ブザーを止め、証拠品としてその防犯ブザーを回収する。
「いたずらですね、これ」
そう北野が明言した時、ロッカーの中でまた別の電子音が鳴った。
それは時計のアラームだった。
「なんだこれ……」
北野が唖然とした様子でロッカーの中を見ている。
『どうした、北野。何があった』
「ロッカーの中に、デジタル式の時計が入っています。それと剥き出しの基板……」
『映像を送れ』
宍戸隊長の指示に従い、北野は対爆スーツの肩に着けられているカメラでロッカーの中を撮影する。
しばらくの間、宍戸隊長との通信が途切れた。
『北野、加藤と代われ。代わったら、お前は100メートル後ろに下がって、シールドを構えていろ』
緊張感のある宍戸隊長の声。
その声を聞いた瞬間、永遠はロッカーの中に爆発物があったのだということを悟った。
北野と入れ替わるようにしてロッカーの前に立った永遠は、深呼吸をしてからロッカーの中を覗き込んだ。
「なにこれ……」
ロッカーの中を見た永遠は、思わずつぶやいてしまった。
剥き出しの基板から伸びる赤・橙・黃・緑・青・藍・紫の7色に彩られた銅線。それは絡み合うようにぐちゃぐちゃと混ざりあっている。
そして、その銅線の行きつく先にあるのはC4と呼ばれる軍用プラスチック爆弾だった。
このC4の量であれば、東京駅周辺の地域を吹き飛ばすことが可能だろう。
永遠は震えた。それは、恐怖の震えでもあり、この爆弾を設置した人間への怒りの震えでもあった。
そして、あまりにも雑な配線。その爆弾に対する愛というものが一切感じられない。
不思議なもので爆発物を作成する人間は、そこに芸術性や愛を込めたりするものだ。そのため、配線がとてもきれいだったり、どこかアーティスティックさを感じさせたりする爆発物が多い。
しかし、この爆発物はどうだろうか。配線はぐちゃぐちゃで、銅線も雑に取り付けてある。
『加藤、解除できそうか』
「わかりません。ただ、ロッカーから取り出すのは無理かもしれませんね。取り外そうとすると爆発するようなトラップがつけられています」
『そうなると、液体窒素は無理か』
「そうですね。配線で解除できるか、やってみます」
『了解。仙谷、加藤のバックアップを頼む』
しばらくの間、永遠は配線との格闘を続けていた。
まずはこのぐちゃぐちゃになっている銅線を綺麗に整えたいと思ったのだ。
しかし、あまり悠長な時間もなかった。
先ほどから基板の上部に設置されているデジタル時計のカウントの数字がどんどん小さくなってきているのだ。
残り、5分。
まだ時間はある。永遠は自分にそう言い聞かせながら、ぐちゃぐちゃな配線を整えていった。
『これから指示する通りに銅線をカットしていってくれ』
仙谷からの無線が聞こえる。
永遠は深呼吸をして、指示を待った。
『まずは、紫の銅線をカット』
銅線をカットするためのニッパーを持つ手は震えていた。ただでさえ、対爆スーツ越しでニッパーは使いづらいというのに、そこにプラスして緊張がやってきている。
もしも、仙谷の指示が間違っていたら。
そんな不安が脳裏をよぎったが、永遠は頭から余計な考えを追い出した。
大丈夫だ。バディを信じるんだ。
すべての配線を解除し終えた時、ストレスから解放された永遠は気絶してしまいそうだった。
永遠は無事、爆発物の解除に成功したのだ。
デジタル時計の残りの数字は、50秒というところで止まっていた。
ぐちゃぐちゃの配線は当面見たくはない。
対爆スーツを脱ぎながら、永遠はそう思っていた。
Sloppy 大隅 スミヲ @smee
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます