汚部屋
ヌリカベ
汚部屋
K氏はここ数年部屋の掃除をしたことが無い。
(ここで彼の苗字をイニシャル表記にしたことは彼の名誉を守るためと、彼の家族が特定されて謂れの無い中傷を受ける事にならない為の配慮からで特に他意は無い。もし某作家のパクリと思われるならそれはオマージュと考えていただきたい)
もともと無精者であった彼は、大学に入り一人暮らしを始めると自堕落さに拍車が掛かった。
部屋の片付けを煩く言う妹もおらず、勝手に部屋の片づけをする母もいない。
始めの一・二年は彼がぐちゃぐちゃと放り出したゴミを、母が時折やって来て掃除してくれていた。
その母も妹が大学に進学してからは旅費の負担も大きくなり来なくなった。
大学卒業の頃にはワンルームマンションは足の踏み場もないぐちゃぐちゃの汚部屋となり果てていた。
幸い大学からあまり離れていない場所での就職が決まったので、部屋を引き払う事も無く、もちろん掃除の必要も無くそこに住み続ける事が出来た。
そんな彼に恋人はおろか友人すら出来るはずも無く、訪れる者もいないその部屋には、どんどんと彼の排出するゴミが溜まり続け、必要な物も不必要な物も区別の付かないぐちゃぐちゃの塊と化していった。
彼は居住スペースを確保するために、そのぐちゃぐちゃの中に更にぐちゃぐちゃをドンドンと放り投げ、放り込み、押し固め、押し込めていった。
そのぐちゃぐちゃは彼のストレスも借金も後悔も孤独も、すべての鬱屈した思いも呑み込んで行き、どんどんと重く黒くなっていった。
いつしか彼は仕事にも行かず一心不乱に、そのぐちゃぐちゃに次々に汚部屋のゴミを放り込んでは押し込み、放り投げては押し固め続ける様になっていた。
週が明けても出勤せずスマホにも出ない彼を心配した会社の上司に命じられて、彼の同僚がそのワンルームを訪れたのは火曜日の午後だった。
中から音がするが鍵がかかっているドアに不信を抱いた同僚は、管理会社に連絡してアパートのオーナーに鍵を開いて貰うとドアを押し開けた。
それと同時に部屋のなかに突風のように空気が流れ込み部屋の音も消えた。
何も無いサッパリした部屋の中には黒いような丸いような認識できる様で見る事が出来ないぐちゃぐちゃな物が浮いており、K氏がそこにゆっくりとすごい勢いで、スローモーションのように高速で、縮みながら伸びて、短く細く太くて長い姿でどんどんと加速しつつ、高速で飲まれながら止まったままで事象の地平線の壁に向かって吸い込まれてゆく。
そしてK氏の姿は事象の地平線でファイヤーウォールに触れて、止まったままで動く事無くチリチリと黒い炭になって焼けて、灰になって消えて行き、ぐちゃぐちゃも急速に萎んで消えていったが、同僚には何一つ認識する事が出来なかった。
K氏はぐちゃぐちゃに呑み込まれながらゆっくりと落ちて行った。もうぐちゃぐちゃの外を見る事は出来なかった。
ぐちゃぐちゃの中であっと言う間の永遠の時の中で、ほんの一瞬の果ての無い時間の間K氏は考え感じたが、いつの間にかぐちゃぐちゃはぐちゃぐちゃを吐き出し、K氏も一つのぐちゃぐちゃと化し、何もない空間に吐き出されて行った。
こうしてK氏の汚部屋は新しい宇宙となったが、最期にK氏は思った。
「こんな汚い場所に住みたくない!」
汚部屋 ヌリカベ @nurikabe-yamato
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