ぬいぐるみは見ていた
アカニシンノカイ
くまのぬいぐるみ
「救急車、すぐ来る? 待ってる間に心臓マッサージとかしたほうがいい?」
女の声は震えていた。慌てて男は首を振る。
「ダメだ。刃物で刺されているんだ。触らないほうがいい」
きつく言いすぎたと感じたのか、ごまかすように男は部屋を見回した。
「また増えたな。お姉さんは子供の頃からぬいぐるみが好きだったのか」
「そうです。でも、こんな壮絶ではなかったけど」
男は苦笑いを浮かべた。
「壮絶か。だね。親指大から天井に届くサイズまで、八〇〇近くあるらしい」
「あの、やっぱりなにかしたほうが……」
男は息を吐いた。
「なにかしてないと落ち着かないんだろ。じゃあ、なぜQ子がぬいぐるみを握っているか考えよう。ダイイングメッセージってやつだ」
「ひどい、まだ生きてるのに。あなた、お姉ちゃんの彼氏でしょ」
困ったように男は頭をかいた。
「言葉の綾だよ。これは犯人を示していると思うんだけど、どう? これはクマのぬいぐるみだね。熊野とか大熊とかいう人は知り合いにいない?」
「いないです。それに大熊なら、あっちの等身大の子にするんじゃ? このおチビちゃんなら小熊です」
「熊に意味はないのかもな。ぬいぐるみならなんでもよかった。ぬいぐるみ好き仲間で揉めたりたりは?」
「ないです」
「じゃあモルグの仕業かな」
おどけた口調で男が言う。モルグはホラー映画のキャラクターだ。悪霊に憑かれたぬいぐるみでナイフで人を襲うという設定だ。
「このなかにモルグがまぎれていた。襲われたあいつは手近にあったぬいぐるみでせめてもの抵抗を試みた」
「冗談はやめて」
女の声は不機嫌そうだ。
「すまん、ぬいぐるみに刺されたなんて不謹慎だった」
「死ぬかもしれないと思って、一番大事な子をつかんだんでしょ」
違う。男が正しい。あの馬鹿な女はぬいぐるみを振り回したのだ。
「もう限界。救急車、早く来てよ」
俺の心中を女が代弁した。着ぐるみのなかは苦しい。
ぬいぐるみは見ていた アカニシンノカイ @scarlet-students
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