神様はわしじゃ (ぬいぐるみ)
帆尊歩
第1話 わしが神様じゃ (ぬいぐるみ)
滝山神社には大きな木が立っている。
小さい神社だがこいつだけは、立派だ。
おかげでこいつが御神木みたいな扱いになっておる。
ただ神社の境内に立っているから、でかくなっただけなのに。
神様はわしなのじゃ。
忌々しいので、わしはこやつの事を唐変木と呼んでおる。
「神様、神様、おはようございます」
「この唐変木が、上から声を掛けるな。見下ろされているようで気分が悪い」
「ああ、これは申し訳ありませんでした。でも神様の方が下にいらっしゃるので仕方ないですよね」唐変木のやつめ、でかいからと言っていい気になりおって。
「でもわたし、なんか御神木扱いで。どうもすみませんね、か・み・さ・ま」全く忌々しい。
「言っておくがな、神様はわしじゃからな。お前なんか御神木でも何でもないわい。長いことそこにいて図体ばかりでかくなりおって」
滝山神社の境内は小さいが、神社としては千年の歴史がある。
ただここは、隣町の大玉神社の出先でイマイチマイナーだ。
でも境内が駅への近道らしく、通る人間は多い。
しかしどいつもこいつも、神様をないがしろにしすぎだ。
普通、鎮守の神様がいる境内を素通りするか。
おまけにあろうことか、唐変木の方ばかり拝んで行くやつがおる。
さらに忌々しいのは、大玉神社の禰宜をしている若造がここの担当らしいが、唐変木の方に賽銭箱を置きおった。
あいつは何も分かっておらん。
単なる植物なのに幹の一番太いところに、注連縄(しめなわ)に紙垂(しで)なんぞつけているから余計勘違いされる。
くどいようだが、あやつは御神木などではない。
神様はわしなんじゃ。
「神様、誰と話されているんですか?」唐変木がしたり顔で尋ねてくる。
「一人ごとじゃ。良いか、ゆめゆめ忘れるではないぞ、そちは御神木でも何でもない。
ただこの境内でぬくぬくとでかくなった、単なる木なんじゃ。神様はわしなんじゃからな」
「はいはい、神様と思って下手に出ていれば、じじいが。年取ると、話がくどくていけねーや、同じ事を何度も言うのはもうろくした証拠ですよ、か・み・さ・ま」
「こやつめ、言わしておれば。神罰を食わしてやる」
「じゃあお聞きしますけど、今月のお賽銭どれくらいですか?」
「信心は金額ではないわ。ちょっと上がりが良いからと言って、だいたい、ただの木のそちがお賽銭を集めるなど詐欺と一緒だぞ」
「分かりました。では次に来る人がどちらに拝礼するかで決めましょう」
「おお、望む所じゃ」
勝ったな、唐変木め、分かっておらん。
次に来るのは、いつもわしに拝んでくれる娘子じゃ。
この娘は最近の若いものには見られない、信心深さを持っとる。
ここの境内は、駅への近道なのか、素通りする者は多い。
でも仕事に向かう途中なのに、この娘子はちゃんと二拝二拍手一拝の作法を守ってくれる。
他の者が素通りする中、見上げた娘子じゃ。
ただ賽銭を一度も投げたことがない。
とはいいながら、昔は当り前だったが、今の時代となっては貴重な存在だ。
賽銭は投げてよこしたことはないが、何らかの幸を授けよう。
時間的に次はこの娘子だ、唐変木め吠え面を掻かせてやる。
娘子が やってきた。
相変わらず急いでおるようだが、うん、いいぞ、今日も作法どおり拝んでくれた。
どうだ唐変木め、これが神様の底力だ。
うん、どうした、娘、早く行かないと仕事に遅れるぞ。うん、なぜ唐変木の方にいく?
おいおい、なぜ賽銭まで投げる。
なぜ唐変木を拝む。
そやつは御神木でも何でもないのだぞ。
何じゃその満足そうな顔は。
遅れそうだからといって、小走りで行くな、わしだけを拝めば、歩いていけたのだぞ。
唐変木が、勝ち誇ったというより、気の毒そうにわしを見る。
同情されたようで、さらに気分が悪い。
ああ、忌々しい。
「神様、神様、朝のお勤めはお済みですか」パンダ二十五号が話掛けてくる。
「お勤めではないわ、お前にはわしがどれほど傷ついたのか分からんのか。神にすがりたいくらいだ」
「はいはい、神様。そろそろうちの担当の禰宜が新しいぬいぐるみを連れてくる頃ですよ」
「ああ、そうじゃったな」この滝山神社は、ぬいぐるみ供養の神社でもある。
ちなみにパンダ二十五号もこの滝山神社の連れてこられたぬいぐるみだ。
パンダのぬいぐるみは多くて随分前なのに、パンダとして二十五番目という事になっておる。
わしは社殿に入る。
一週間前に連れてこられたウサギとネズミとキリンが泣き叫んでいる。
社殿には何百というぬいぐるみがいるが、大体諦めて黙っている。
かつてはかわいがられたぬいぐるみも、ここに来たということは、いらなくなったということだ。みんな諦めが肝心だ。
燃えるゴミで出されなかっただけでも御の字と思わねば。
(そう愛は冷めるのだ)
決まった。
そのとき大きな声でウサギたちがわめいた。
ええーいうるさい、もうどうにもならんのじゃ。
「パンダ二十五号、うるさい、だまらせろ」
「イヤそれは神様の仕事でしょう」
「なぜわしが。お前は女じゃろう、面倒を見るのが役目だろう」
「その差別発言辞めてもらえますか。今の時代そんな事言うなんて、時代錯誤も良いところですよ。だから唐変木さんに、モウロクじじいって言われるんですよ」
「千年の歴史の神に、じじいとは、なんて罰当たりな。お前だってここにきたときは、ご主人に捨てられたと言ってビービー泣いていたではないか。それを慰めたのは、神様のわしじゃぞ」
「だから救いの神なんでしょう。慰めてやってくださいよ」こやつ急に語調が柔らかくなった。そして女らしくしおらしくなりおって。初めからそういう態度でいれば良いのだ。
「えっ、そうか救いの神か、仕方がないな」わしは社殿の奥に入ってゆく。
「どうした」
「ああ神様。私たちは本当に、ご主人から捨てられたのでしょうか」
「捨てられたと言うのとは違うかもしれないな。人間にはいろいろ事情という物があるんだ。ここにいる者達もみんな初めは泣いていた。でももう泣かない。お前たちも早く現実を受け入れられるように頑張れ」慰めたつもりなのにまた泣き叫びだした。
「神様、担当の禰宜が来ました。今回は一匹ですよ。熊です」
「そうか」と言ってわしは、社殿の真ん中に立つ、この禰宜は入ったばかりで見るからに若造で、下手くそな祝詞をうなっている。
年に一度、大玉神社の宮司が祝詞を上げに来るが、さすがにそやつはうまい。
おい若造、辞めるでないぞ。修行に励め。と新入りの禰宜が来るとそう声を掛けるが、大体辞めて行く。
神職というのは、それくらい厳しい物なのだ。
若造禰宜がそそくさと帰ると、くまのぬいぐるみがけが残された。
「おい。パンダ二十五号」
「はい」
「面倒見てやれ」
「だから、神様お願いしますよ。私は忙しいんです。神様は暇でしょう。参拝者はたいて唐変木さんのところだから」
「こやつ、言って良いことと悪いことがあるぞ」
「はいはい。とにかくお願いしますよ」
「あっこら」
仕方なく神様のわしが新入りの熊に話掛ける。
「そちは泣かないのか」
「神様でいらっしゃいますか?」
「おお、そうじゃ。これからそちが暮らして行く、滝山神社だ」
「そうですか。でも泣くというのは?」
「いや、主人から捨てられたんだぞ。大体みんな初めは泣くぞ」
「神様、神様」
「なんじゃ。いたのか二十五号」
「捨てられたなんて言わない。神様には人の心がないんですか」
「わしは神様じゃからな、人の心はないな、神様心ならあるが」我ながらうまいことを言った。
「そんな事言ってんじゃねーよ。優しさはないのかって事だよ」
「えっ、あっ、すみません」パンダの気迫につい謝ってしまったが。なぜわしが?
まあいい。
「神様、僕は捨てられたんじゃない。何かの間違いでここに来てしまっただけです。チコちゃんは必ず迎えに来てくれます」
わしとパンダンは顔を見合わせた。
「良いか、熊よ、そんな事は絶対に・・・」ないと言おうとして、パンダがわしの足を思い切りつねった。
「あっ、痛っ」
「大丈夫よ。ゆっくりなれていこう。ここには仲間がたくさんいるから。分からないことや、困ったことがあったら、このパンダのお姉さんに相談して」
「神様じゃなくていいんですか?」
「あまんじて自らを逆境に置き、心を鍛えるというなら、止めはしないけれど」
「なんじゃその扱いは」パンダがわしをにらむ。
その後わしはパンダから二時間たっぷり説教をくらった。
優しさとは、心に傷を負ったものにはどう接するのか。
なぜわしが。わしは神様だぞ。
夜が明けた。
結局熊は泣かなかった。
「おはようございます。神様」熊がわしに挨拶をして来る。いい心がけじゃ。
「おお、おはよう。昨夜は眠れたか?」熊は答えない。まあいい。
「熊よ。そちには名はあるのか?」熊は少し考えてから、口を開いた。
「チコちゃんからは、熊ちゃんと呼ばれていました」そのまんまじゃなと言おうとして、口をつぐんだ。
パンダがにらみつけておる。
全くどっちが神様だかわからない。
その後、唐変木も混ざりパンダを中心に熊をどう慰めるか話し合っているが、いつもわしは仲間に入れてもらえない。
わしが神様なのに。
いつもの朝。
いつもの娘子がわしに拝む。
いつもは家内安全だとか、彼氏が出来ますようにとか、わりとありきたりな内容だが、その日は違った。
(熊ちゃん、幸せにね。私の熊ちゃんをよろしくお願いします)チコちゃんというのはこの娘子だったのか。
その願いは唐変木を初め、ぬいぐるみ全員が聞いていた。
そして熊もその時、娘子の願いを聞いていた。
完全に捨てられた。
それが熊にも分かったが、熊は泣かなかった。
でも必死で我慢している事は分かった。
熊の悲しみと、熊が今までこの娘子と過ごした課程が、ありありとみんなの中に流れ込む。
一緒に寝ていたこと。
いつも離さず腕に抱かれていたこと。
話掛けられたこと。
ちょっと目を離して娘子と離れ、娘子が泣きながら熊を探して、見つかった瞬間、強く抱きしめられたこと。
深く深く、繋がっていたこと。
それが全員に伝わる。
でもどうにも出来ない。パンダがわしの裾をつかんで、涙目で何とか出来ないのかと訴えかける。
そこまでされてもわしにはどうにも出来なかった。
娘子は次に唐変木の前で拝んだ。
すると唐変木は大きく頷くと、周りに小さな渦を起こした。
それはささやかな物だったが娘子を包み込み、娘子の前髪が揺れる。
そして娘子は何もなかったかのように駅へと向かった。
「唐変木、いったい何をした?」
「いえ何も」
夕方。
娘子が禰宜の若造とやってきた。
そして娘子は熊を抱き上げると、ごめんね、ごめんね、をくり返して、泣き出した。
その時になって熊が初めて声を出して泣いた。
熊がいなくなっても何もかわらない。
いつもの朝だ。
「おはようございます。神様」唐変木は挨拶だけはして来る。
「ああ」わしは散々迷ったあげく恐る恐る、唐変木に尋ねた。
「そちは、本当に御神木だったのか?」
「さあ。どうでしょう。 か・み・さ・ま」
ああ、忌々しい。聞いたわしがバカだった。
そう、神様はわしなんだ。
神様はわしじゃ (ぬいぐるみ) 帆尊歩 @hosonayumu
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