盗聴器をさがせ!

林きつね

盗聴器をさがせ!

 桐崎美琴はぬいぐるみが大好きなアイドルである。アイドルである。歌とパフォーマンスでそこそこ多いと言えるファンを今日も魅了するアイドルである。

 が、彼女がアイドルであることは今回の話とは関係がないので話半分で聞いて頂きたい。


 桐崎美琴はぬいぐるみが大好きである。裕福な実家からの支援の元生活している2LDKのマンション部屋では、彼女の居住スペースを遥かにしのぐほどあたり一体にぬいぐるみが敷き詰められている。

 それは美琴が気に入ったから買ったものであったり、彼女のぬいぐるみ好きを知るファンからの贈り物であったり。

 そんな彼女の聖域に、慟哭が響き渡る。


「どこだァ!! 盗聴器ぃ!!」


 ことの発端は先日の飲み会。美琴のアイドルとしての公式プロフィールは18歳だが先日の飲み会の席の話で言われた一言。


『みこっちゃん、ファンからぬいぐるみとか貰ってるんだって? 気をつけなよ。カメラとか盗聴器とか』


 その一言で美琴は大いに不安になった。それまで愛一色で接していたぬいぐるみの中身に綿ではなく人間の悪意が透けて見えるようだった。

 このままでは純粋にぬいぐるみを愛せなくなってしまうのではないか。

 その他大小様々な葛藤の末、なんやかんやとネットで探知機を購入。

 学生時代から親友、陽菜を呼びつけ早速調査に取り掛かったのだが──


 ビーッ! ビーッ! ビーッ!


 まあ鳴るわ鳴るわ。

 部屋のどこを練り歩いてもけたたましく音を上げる探知機に、恐怖も通り越して怒りも爆発し、どの果物よりも甘い愛を届けると毎日のように言っているその口からは獣のようなうめき声が重々しく響いていた。


「ゆるぜねえ……ぬいぐるみ様にそのような悪意を……残らず見つけ出し地獄に突き落としてやるぁ……ケキャキャキャキャキャ」

「みっちゃん、アイドル……というか人としてしちゃいけない顔と声をしてるよ」

「片っ端から!! 調べる!!」


 その号令の元、かくて盗聴器探しは始まった。


「みっちゃん、このヒヨコから大きな音がする!」

「ようし、調べろぉ!」

「化け物になった割にはみっちゃんなにもしてなくない?」


 と、文句を言いつつ陽菜はぬいぐるみを漁っていく。


「どうだァ……あったかぁ……?」

「もはや誰なの? あー……これは盗聴器じゃないね。登頂記だ」

「は?」


 陽菜がなにを言ってるのかの分からなさに、つい人間に戻ってしまった美琴。

 陽菜の手には一冊のノートがあった。


「盗聴器じゃないね。登頂記だ。ほら、中に書いてあるのは全部登った山だよ。寒風山、飯、筒上山、千本山……四国ばっかりじゃんこれ! ……剣山」

「もういいもういい! うん……あの……すっごい、すっごい量の気になることはあるんだけど、まず、なんで反応した?」


 確かに、このひよこのぬいぐるみに探知機を近づけるとけたたましい音が鳴った。盗聴器……ならぬ登頂記を取り出した今、探知機は反応しない。それどころか登頂記そのものにも反応していない。

 登頂記と探知機を交互に見比べ、美琴は「はあ???」という顔をした。しかし、陽菜は当たり前のようにそれを処理する。


「まあ〜語感が似てるからだろうねえ。もしかするとほとんどが盗聴器と語感の似てるなにかかもしれない。この探知機安物?」

「ドンキで380円」

「あ〜じゃあ仕方ないか」

「仕方な……いのかなあ?」

「みっちゃん世間知らずなとこあるから。じゃ、しらみ潰しに行こう」


 こうして、盗聴器探しは続く。


「このクマさん反応が強い!……あー、豆苗器だ」

「プランターでしょ? わざとそれっぽく言ってない?」

「このなんか、よく分からんキャラクターは……」

「ヘル&ヘヴン・ファンタジーのショギィ様だよ」

「あー、繁盛期だ」

「なんの?!」

「このTレックスは」

「ティラノサウルスって言ってくれない?」

「豆板醤だ」

「もはや全然違うよね?! 盗聴器にかすりもしてないよね?!」

「で、このケルベロスには……おっ、これ盗聴器じゃない?! あー、違った、盛徳噐だった」

「もうね、わかんない。美琴ちゃんわかんない」


 調べれば調べるほど、盗聴器ではないなにかがぬいぐるみの中から発見されていく。

 盗聴器捜索を開始し三時間が経過した頃には、もうツッコミも疲れて美琴は床に寝そべっていた。

 いつの間にか楽しくなってきたのか、陽菜は一人で盗聴器探しを続けていた。

 そしてついに──


「見つけた!!みっちゃん!! 盗聴器! これ! このぬいぐるみに入っていた!」

「こ、このぬいぐるみって……」


 それは美琴の部屋にあるぬいぐるみの中でもかなりの古株だった。

 前掛けをして座り込みヨダレと舌を垂らしたニワトリ。

 見た目の気味は悪いが、美琴の大切な思い出の品だった。なぜなら──


「これ高校の卒業式の時、陽菜から貰ったやつだよね?」

「いっけね、間違えちゃった失敗失敗。自分の仕掛けた盗聴器見つけちゃった。さーて、気を取り直して探すぞ〜!」

「もういいよ陽菜!」


 そう言って、美琴は立ち上がる。

 視界には、散らばるぬいぐるみの数だけ、盗聴器ではない盗聴器っぽいのかぽくないのかよくわからない物が転がっていた。

 その光景に、思わず笑顔になる。

 こんなにも多くの人間が、こんなにも意味のわからないものをぬいぐるみの中に敷き詰めて自分にプレゼントしていたのだ。


「……ぬいぐるみ全部捨てる」

「な、なんで?」

「キモイから。それ以上の説明いる? 見て、これ。なに? どれか一個でも納得のいく説明してごらん? 無理でしょ?」


 その吹っ切れたような笑顔に、美琴の決意の固さを陽菜は見た。

 自分がなにを言ってももう無駄だろう。けれどせめて、せめて──


「この私があげたやつだけは捨てずに置いといてくんない?」

「一番捨てる」

「えー!なんでよ! カメラは止めてって言ったのみっちゃんじゃん!」

「盗聴はしてもいいとは一言も言ってな〜い。というか本当にあれ以来カメラ仕掛けてないの?」

「……………モチ」

「目え見ろ」

「3つだけだよ?」

「今すぐ外してこい」


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