04-ブラック・ホール・ラン
衝突による減速で超重力に捕らわれかけたカバルリィが再び
避け、きれない。
と絶望しかけたその時、別方向からの衝撃が俺の
助けられた、のか……
だが俺は安堵するより、感謝するより、なぜか猛烈な反発心に突き動かされ、衝動的にダッシュボードに拳を叩きつける。
「どういうつもりだ……。エヴォニッツァ」
エヴォニッツァ、誰より綺羅らかに輝く女神。彼女は体当たりで俺を救い、救ったくせに一顧だにせず、俺を置いて飛び去ってしまった。
もたついてる間に後続機が続々と俺を追い抜いていく。ヘルメス、オニャンコポン、グナー。
「
俺は再び走り出した。
「失敬」
天罰ものの無礼千万だが今更罰当たりなんか怖くない。そのまま前方のデュグラディグドゥを悠然と抜き去り、グナーと並んだ所で前にエヴォニッツァの機影が見えた。右へ左へ尻を振り、紙一重の正確さで
付き合ってやるよ、エヴォニッツァ。
さらなる加速をかけ、俺はエヴォニッツァを追い始めた。最も濃密に
「なぜだ……」
俺は
〔何が……〕
8ヶ月ぶりに聞いた女神の声は、昨夜セックスしたばかりのように何気ない。それがますます気に入らなくて、俺はヘルメットの中へ唾を散らす。
「なぜ助けた……」
〔攻撃的言動を見かねたからだ〕
「なぜそんなマシンで
いつの間にか、俺は涙を浮かべていた。何かが俺の中で限界に達していた。虚次元泡に崩れかけた俺の肉はどうしようもなく無防備で、もう魂を守ってくれない。不意にブルの言葉が脳裏をよぎる。『お前がひどく重苦しいものに引きずり込まれてるように思えてならん』エヴォニッツァが胸へ刺した棘がチクリと痛む。『人間の作ったものが私達にはちょうどいい足枷なのさ』俺は何に捕らわれ、何に引きずられ、何に足を縛られてるのか、それすら分からない俺の耳に、女神は鋭く一喝した。
〔誰にでも縛られたがる私だと思うのかッ〕
無音。
宇宙は、静寂。
そこには何もない。空気もない。水もない。だから外からの音は伝わらず、聞こえるのは内から湧き出る声だけだ。そんな中でも魂は届く。神がかり的な叫びは響く。俺は超重力真空の羊水に呆然と
そうだ。確かに感じる瞬間がある。束縛こそが生命だと。どうせなら一番好きな縄に縛られたいと。やっと分かった。俺は、俺は――
〔答えろグレイ。なんで私をひとりぼっちにして消えた……〕
エヴォニッツァの
「
いきなり開けた視界の中に、見えた機影は2位
エヴォニッツァがハスターを抜き去り先頭に躍り出る。俺もまた再再々加速でそれに続く。無理な加速で既に俺の手足は骨までグズグズに溶けかかっている。それでも加速をやめない。極超光速の更に上、邪神ハスターすら呆れて張り合うのをやめる領域へ己を持ち上げる。今や1着争いは俺とエヴォニッツァの二人だけ。シュヴァルツシルト面はもはや目の前。最後の直線150AUを残すのみ。
あと120。100。90。追いつけない。
80。70。追いついてやる。
差が詰まっていく。60。50。尻に食らいつく。42。
「エヴォニッツァ」
命も要らない。俺は
「好きだあーッ」
抜いた。
*
その瞬間に俺は死んだ。というか少なくとも、生きているか死んでいるかで言えば常識的には死んだと診断される状態になった。俺の肉体はとっくに限界を超えていて、手足どころか心臓も肺も虚次元泡でズタズタに引き裂かれている。脳味噌がどうにか機能してるのが不思議なくらいだ。俺のカバルリィもまた度重なる無茶な加速で完全にぶっ壊れており、せっかく動態保存されていた
「冗談じゃないな」
突然マシンの
「大番狂わせで上位神どもが阿鼻叫喚なのに、この痛快事を肴にせずして死ぬつもりか」
エヴォニッツァ。
彼女が俺をマシンから外へ引きずり出す。貪るような激しいキスをくれ、唇の隙間から
それに今は、エヴォニッツァのキスの甘やかさに酔い痴れるほうが先だ。
「おめでとう、グレイ。
ありがとう。私も、愛してる」
ようやく動き始めた腕で、俺は彼女を抱きしめた。抱いているのか、抱かれているのか、分からないくらいに。その区別がどうでも良くなるくらいに。
「エヴォニッツァ」
「うん」
「話をしよう」
「うん……」
「話し合おうよ。
「いい考えだ」
女神が微笑む。いつだって俺に向けてくれていた、あの、慈愛と好意の眼差しで。
「最初の議題は」
くすぐったさに耐えかねて、俺は道化みたいにおどけてみせる。
「借金返す方法」
〔お前は本当に馬鹿だな〕
と、これはブル。見上げれば、上下逆さまになったタグボートが、ゆっくりと俺たちを迎えに来つつある。
〔優勝賞金でお釣りが来らぁ。だろ……。奇跡の馬鹿野郎〕
THE END.
ブラック・ホール・ラン 外清内ダク @darkcrowshin
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