透視メガネと生意気なメイド
四葉くらめ
透視メガネと生意気なメイド
「ふふふ」
ついに、完成したぞ……。
「ふっふっふっふ」
私の研究者としての半生を費やしたこの研究がついに、ついに、だ!
「あーはっはっはっ――ふぐぉ!?」
そして、その喜びを最大限に笑い声として体現していたら突然口の中に何かがツッコまれる。
こ、これは……、カラシっ!?
そう理解した途端に口の中だけでなくまるで全身がひりつくような感覚に襲われる。い、痛い! 辛いを通り超してもはや痛いんだが!
「
もちろん、突然カラシが口の中に現れたわけではない。ツッコんだ者が目の前にいる。
私は涙目になりながらそんな無体なことをしてきた人物――メイド服を着た学生ぐらいの少女に文句を言う。
「マスター、物を食べながら喋るのは行儀が良くありません。中のものをしっかり噛んで飲み込んでから喋ってください」
この劇物の塊を飲み込めと!? 鬼か! このメイドは!
「いっき、いっき」
少女が真顔のまま手拍子をして急かしてくる。それはカラシを食べるときのかけ声じゃないし、そもそも大量のカラシを口の中に詰め込むなんてことはメイドが主人に対してやることじゃない。
あわや気絶しそうになるのをなんとか堪えながら口の中を空にしたものの、舌の感覚はほぼなく、しばらくはご飯を食べても味がわからないだろう。
「あー、しんどかった。ねぇ、いきなりカラシを入れるのは止めてくれないかね?」
「なるほど。では次からはちゃんと言うようにします」
違う。そうじゃない。このメイド、理解力が乏しいようである。
「そうではなくカラシそのものを入れないでくれ」
「……確かにカラシを入れるのは良い行いではないかもしれませんね」
「その通りだ。だから止めてくれるよね?」
「……」
にこぉ。と笑顔を向けられる。
どうやらこのメイド、すべてわかってやっているらしい。賢く育ってくれたのは嬉しいけど、そういう方向に育ってほしかったわけじゃないんだけどなぁ!
「ま、まあ君が来てくれてちょうど良かった。今! 正に! 世紀の大発明がここに誕生したのである! それをお披露目するとしようではないか!」
そう。確かにお披露目――すなわち自慢をすることも大事なのだが、そもそもこの発明は彼女がいないと真価を発揮しないのである。
「それで? 博士の
「ねぇ、今、『ガラクタ』って言った?」
「言ってませんね。それは――メガネですか?」
「その通り。だが、当然、ただのメガネではない。これは服を透過するという全世界の男性が一度は夢に見たであろうことを体現する、前代未聞のメガネなのである!」
「マスター。あなた天才と書いてバカというやつですか?」
ほほう。このメイドめ、よくわかっているではないか。
「そう、バカと天才は紙一重という言葉もあるからな! 私も幼い頃はよくバカにされたものだ!」
「わたしは今のマスターをバカだと言っているのですが……、にしても服を透過するってどんな仕組みなんです?」
ふっ、よく聞いてくれた。なんだかんだバカにしながらもこのメイドは私の話を聞いてくれるからカラシを詰め込まれても我慢できるのだ。
「このメガネは生物だけが発する微細な粒子『セイブチウム』を検出することができる。このセイブチウムはかなり特殊な性質を持っていて、その生物が視覚から得ている光源情報を元に、その光を実際に各細胞が受けた際の反射光と同質のものになるのだ。しかもセイブチウムの大きさは原子核を構成している陽子よりも更に小さく、通常の物質をすり抜けるのである!
このメガネのレンズは入射したセイブチウムと可視光に対して、レンズ内に埋め込まれた光学回路で合成、差分削除等を行いこのメガネのレンズにはセイブチウムを発している部分だけ、可視光をカットすることができるのだ!」
「つまり?」
「君から私が見えているとき、私からは君の裸が見えているのだ」
「通報します」
ふっ、甘い。甘すぎるぞメイドめ! そのような対応を取られることは天才の私は当然予想していた!
「無駄だ! 現在この部屋は電波を通さないようにジャミング装置を使っている。しかも、この部屋の扉もわたしが操作するまで開けることは不可能! さあ! おとなしくその大平原で開花を待つ2つの蕾を見せて貰おうか!」
ふははは! 毎日毎日生意気な態度を取りやがってこのメイド風情が! わからせてやる!
「ところでマスター、いくつかお尋ねしたいのですが」
「え、なに。私としては早く試したいんだけど……」
すちゃっと威勢良くメガネを掛けようとしたところで止められてしまう。こっちはむずむずしてるから早く使ってみたいのだが、科学者として助手(ではなくメイドだが)の質問を無視するわけにもいくまい。
「その『セイブチウム』って生物しか発してないんですよね?」
「ああ、その通りだ」
「それでセイブチウムがないと服は透過できないんですよね?」
「おお、よくわかっているではないか! そこまで理解していればこのメガネの大枠は理解していると行って全然問題ないぞ!」
「わたし、生物じゃないんですけど」
……。
すちゃ。
メガネを掛けてみる。
メイドのメイド服姿がレンズに映っていた。
「うわああああああああああああ!!!!」
うわああああああああああああ!!!!
そうだよ! こいつよく考えたら生物じゃなかった! 私が作り出したアンドロイドなんだった!
正直、高度な人工知能に最先端のバイオ素材を使っているから見た目も人間にしか見えないし、会話したってまったく人造のものには見えないが、厳密に言えば生物ではない。
全身をバイオ素材で構築――すなわち人間と同じ体を持たせればセイブチウムを発するようにできるかもしれないが、現在の人工知能では人間の肉体を完全に制御することはできない。
最近あまりにも人間染みた行動を取るようになってきたから、制作者の私ですら、このメイドがアンドロイドであることを忘れていたらしい。
「そもそも、あなたはマスターなのですから、メンテナンスの時に私の裸を見ていると思うのですが」
「なにをわけのわからないことを言っているんだ! 服を着た女の子の裸を見ることに意味があるんじゃないか!」
「正直に申しますと、わけのわからないことをいっているのはマスターの方ですが……。それで、そのメガネはどうするんですか? それを掛けて街にでも行くというのであれば全力で止めさせていただきますが」
誰がそんなことをするか! 他人の裸なんぞに興味は無い!
「私は今度はバイオ素材からセイブチウムを発生させられないかの研究をする。うおおおおおお!」
「はぁ、騒がしい人ですね」
そうして、彼女から背を向けた私は、普段は真顔の彼女がにっこりと笑っていたことには気付かなかった。
〈了〉
透視メガネと生意気なメイド 四葉くらめ @kurame_yotsuba
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