魔女の決闘

たかぱし かげる

伝説のノーガード戦法

「魔女千代子ちよこ!!! あなたに決闘を申し込みますわ!!!」

 突然指を突きつけられて、千代子は食べかけの煎餅を落とした。

 相手は積年のライバル魔女小梅こうめ

 だから脊髄反射で答えた。

「望むところよ!!!」

 でも千代子は魔女の決闘の作法なんて知らない。知らないで受けた。

 受けてから、魔術の殺し合いかと、ちょっとおののく。

「……殺し合うの?」

 小梅は鼻で笑う。

「そんなこと、コンプライアンス的にできるわけないでしょう」

 いまどきは魔女の世界も世知辛いのだ。

「ナウい魔女はぬいぐるみの代理決闘ですわ!!!」

 魔女の年齢は見た目よりアレなので、たまに死語が漏れたりする。

「へえ、ぬいぐるみ」

 もふもふ戦う姿を思い浮かべて、千代子は安堵する。

「ほら、日を決めるのは受けた貴女ですわよ。まさかびびってますの?」

「はああ? びびるわけないでしょ」

 どうせぬいぐるみがもふもふするだけだ。

「なら明日でよろしくて?」

「望むところだ!!!」


「馬鹿じゃないの?」

 成り行きを聞いた親友魔女の沙也さやは心底あきれた顔になった。

「だって小梅に喧嘩を売られたのよ?」

 千代子に買う以外の選択肢はない。

「だからって明日決闘なんて」

「大丈夫。ぬいぐるみでしょ」

「千代子、代理決闘の魔術定理ルール、知らないでしょ」

「なに、難しいルールなわけ?」

 呑気な親友に沙也は深いため息をつく。

「いち。魔女の決闘において代理とするぬいぐるみは、術者自身が縫わなくてはならない」

「自分で作るの!?」

 決闘は明日だ。

「ムリじゃん!?」

「小梅はもう準備済みで申し込んだでしょうね」

「は? はああ? ズルじゃん!?」

「だから、決闘の日付は受けた側が決められるんだけどね」

 口車にのせられて明日にしたのは千代子だ。

「に。ぬいぐるみには術者自身の剥いだ生爪を仕込まなければならない」

「は、はあああああ!? 生爪? 痛いじゃん!?」

「さん。ぬいぐるみを強化するには、できるだけ多い魔力を宿せる長い生爪が望ましい」

 小梅は十分に爪を伸ばして準備しているはずだ。

 千代子がどんなに頑張ってぬいぐるみと生爪を用意したところで、準備万端の小梅には敵わない。

「今からでも腹痛でバックレれば?」

 そうするべきだ。が、千代子が逃げれば小梅は勝ち誇った顔で記念撮影してAirDropで送りつけてくるだろう。

「ぐううう、かくなるうえは……全力で抗うのみ」

 千代子は針と布を買いに飛び出した。


 魔女の決闘はちょっとしたお祭りだ。

 聞きつけた魔女たちが各地から見物に訪れる。

 千代子と小梅の決闘もチケットはソールドアウト。賭けも始まって会場の熱気は高まっている。

 赤サイドの椅子に腰かけた小梅はにんまりと笑った。その腕には一抱えもある大きなクマのぬいぐるみがあって、見た目だけはかわいい。

 約束の刻限が迫って、ようやく青サイドの主が現れる。

 小梅は余裕顔で迎えた。

「あら、逃げたのかと思いましたわ」

「ちゃんと時間までに来たでしょ!!!」

 そう怒鳴り返す千代子は肩で息をしている。走ってきたらしい。

 髪も振り乱してるし、目の下にくっきりクマが浮いている。

「まあ。ひどい姿」

 くすくす笑う小梅とぜーはー息つく千代子は特設ぬいぐるみ決闘ステージを挟んで向かい立った。

「両者、代理のぬいぐるみを決闘場へ!」

 小梅が大きく膨らんだクマを自信満々で台に乗せる。

 一方の千代子は。血走った目で手のひら大の塊を台に乗せた。

 それはとてもぬいぐるみとは思えない、薄茶色の地なのになぜか赤黒い染みのついたぺらっぺらのなにかだった。

「ちょっ、審議を要求しますわ!!」

 ソレの不気味さに小梅が悲鳴のような声をあげる。

「貴女、なにを持ち込みましたの!?」

 過去にはぬいぐるみと称して呪いの藁人形を持ち込んだ例や鉄塊のロボを持ち込んだ例もある。

 あれは千代子の呪いのお札かなにかに違いない。当然の疑義だ。

 急遽審判団による審議会がはじまる。

 おぞましげななにかをつつき、魔女たちが話し合う。

 素材は布。

 糸で縛っ……一応縫い合わせたらしい。

 ペラペラだが、綿が結い目に引っ掛かっているところを見ると、恐らく、多分、中に綿を入れようと四苦八苦したものと推測される。ほぼ入ってないけど。

 赤黒い染みは……まあ作るときに針で指を刺したのだろう。ただの血痕だ。

 あといろいろおかしいと言えばおかしいが、決闘のルール的に問題は、まあ、ない。

「……ぬ、ぬいぐるみだと認めます」

「失礼ね!! 間違いなくあたしが作ったぬいぐるみだっての!!」

 ぷんすかする千代子に審判員の一人が恐る恐る尋ねる。

「ちなみに、これは、なんのつもりで……?」

 審判団で討論したがまったく分からなかった。

「ハムスターだけど?」

 二枚の布をかろうじて糸で結び合わせたそれをハムスターだと判じるにはエスパーを五人ぐらい用意する必要があると審判団は結論した。

 残念ながら、昨日の今日でぬいぐるみを作る時間がなかったとかいう問題以前に、千代子は壊滅的に裁縫が駄目だった。

 このぬいぐるみでは、まともに戦えはしないだろう。かわいそうだが。この決闘は、もはやするまでもなく決着が見えている。

 賭けのオッズが絶望的に傾いた。

「……千代子。貴女、決闘できますの?」

 もはや笑いが止まらないけど笑わないように懸命に隠してますのという顔を見せつけてくる小梅を千代子は精一杯睨み返す。

「そのために生爪だって剥がしたんだっての!」

 嫌すぎて結局小指の爪を無理矢理やった。

 その様をザマアみろと笑う小梅の親指も一枚爪が剥がれているから痛々しい。

「ならば勝たせていただきますわ、ごめんあそばせ!」

「バカにしないでよね、勝つのはあたしのハムタよ」

 なんでそんな自信あるの? 絶望的な戦いが始まった。とみんな思った。

 大きなクマのぬいぐるみが、予想より機敏に――かなりの魔力が込められていると見える――間合いを詰める。

 対する呪いの布切れ、失礼。ハムスターとおぼしきペラペラのなにかは、へやへやと立っているのが奇跡。

 クマの丸くて太いかわいい右手が、かわいくない動きでまっすぐパンチを叩き込む。

 生半可なぬいぐるみなど一撃ノックアウトだ。

 ノックアウトのはずだった。

 ぺやん。

 ただの布切れのごときハムスターは、殺人的なパンチの風に吹かれてはらりと飛び、クマの腕にまとわりついてからするんと着地した。

「……なんですの??」

 小梅が目をぱちくりする。とても不可思議な光景を見た気がした。

 まあでも。たまたまだろう。

「とにかく連撃あるのみですわ」

 さらにクマを突撃させ、ハムスターまがいの布にパンチやキックを叩き込ませる。

 へやん。ひらん。ぱらん。

 まさに暖簾に腕押し。これがまともなぬいぐるみだったなら、綿の入った体で受けてダメージになるのだ。が、ただの布切れでは受けるもなにもできず、ただただひらひらふらふら攻撃が流れてしまう。

「いけー! ハムター! そこだー!」

 千代子はなにか叫んでいるが、似非ハムスターはかろうじて立っている、それだけだ。

 小梅は歯噛みした。なんか、思ってたのと違う。

 とはいえ、勝利への確信は揺るがない。

 クマはこれだけの動きを長時間続けたとしても耐えられるほどの魔力を込めた生爪が仕込んである。

 千代子の不細工なハムスターもどきは、ただ立っているだけでやっと。魔力が尽きて自滅するのも時間の問題――。

 クマの攻撃した左腕にハムスターが絡まる。いや、なぜぬいぐるみにぬいぐるみが絡まったりするのだろう。普通は絡まないはずなのだが。

 絡まってるとしか言い様のない状況にクマがイヤイヤするように左手をぶん回す。

 ビリっ。

 嫌な音がした。

 なぜかクマの胸が裂けている。

 めいいっぱいに詰め込まれていたたくさんの綿が一気に飛び散る。

「え? え? え?」

 なぜクマが破ける? 攻撃もなにも受けていない、のに?

 やっとクマの腕から外れたハムスターの贋物が決闘場に落っこちる。

 その腹……とおぼしきところでキラリとなにか光った。

 ルール違反の暗器!? と注視するが、なんのことはない、ぬいぐるみに無理矢理縫い付けられた千代子の生爪だった。

 普通は守るために綿の中へ念入りに隠すのだが。千代子は爪を中に入れることすらできなかったらしい。

 それが運悪くクマの胸に引っ掛かって(どうせ千代子はしっかり縫い付けることもできなかったのだろう)布を引き裂いたらしい。

 呆然とする小梅(と観客全員)の前で、中身の綿を失ってもがくクマの魔力が尽きた。

 仕込まれていた小梅の生爪がはじけ飛ぶ。

「やったー!!!!ハムタやったー!!!!」

 ただ一人、千代子だけが歓声を上げた。


 もしやあれが伝え聞く、伝説のノーガード戦法というやつでは。

 という意味の分からない発言が一人歩きして、後にこの決闘は伝説として語り継がれるようになる、こともなく魔女の醜聞として封印されたとか。


『魔女の決闘』めでたしめでたし

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