ぬいバの僕と、着ぐるみのアイツ

矢口愛留

ぬいバの僕と、着ぐるみのアイツ


 僕はぬいぐるみ。

 とあるテーマパークで売ってる、ぬいぐるみバッジ――安全ピンとボールチェーンの付いたぬいぐるみさ。


 僕たちぬいぐるみバッジ――通称ぬいバは、普通のぬいぐるみより人気なんだ。

 何故なら、僕たちはカバンやスマホ、パスケースなんかに付けて持ち歩けるからね。

 子供たちだけじゃなくて、大人のニンゲンにも僕たちぬいバは売れるんだよ。



 そうそう、ぬいぐるみ界にも身分差があるんだ。

 ネフダって言ってね、数字が書かれた身分証をそれぞれ持っていて、桁が多いほど身分が高いってわけ。


 けど、身分も高けりゃいいってわけじゃない。


 一メートル近くもある大きいぬいぐるみなんて、身分だけは高いのに、扱いは最悪さ。

 大抵店でホコリをかぶってる羽目になるんだから。

 運良く買われたとしたって、僕たちみたいにお出かけに連れてってもらうことはないんだよ。



 僕には憧れの存在がいるんだ。

 それは、ニンゲンが入れるぐらい大きなぬいぐるみ――そう、着ぐるみ様たちさ!


 彼らは、凄いんだ。

 まず、彼らは最高の身分を持ってる。

 僕らが束になっても敵わないほどの、高貴な存在さ。


 それに、着ぐるみ様は忙しい。

 毎日、ニンゲンと一緒にカラフルな山車フロートに乗って手を振ったり、大きなステージでダンスをしたり、一緒に写真を撮ったり。

 場合によってはサインを求められることもあるんだぜ!

 そして、仕事が終わったら、資格を持った専門のニンゲンたちが大切に手入れしてくれるんだ。



 けど、僕はしがないぬいバ。

 そんな風にチヤホヤされることはなく、僕を買ってくれた女の子のカバンにぶら下がっているだけさ。

 お手入れだって、してくれない。

 カバンが擦れるし、色移りが心配だよ。


 そうそう、僕を買ってくれた子は、高校生でね。

 僕の恋人ってことになってるぬいバ仲間と、僕の友達カップルのぬいバ仲間も、同じ日に同じ店で買われたんだ。

 みんな、女の子の友達のカバンにそれぞれぶら下がってる。


 満員電車だけは、いつになっても慣れないなあ。

 ボールチェーンって意外と弱いからさ、いつ引っ張られて取れちゃうかヒヤヒヤしてるんだ。

 しかも、持ち主の女の子はずっとスマホをいじってて、僕の体がカバンとおじさんの間に挟まれてても、全然気にしてくれないし。



 そんなある日。

 僕は街中でふと視線を感じた。


 その日は、持ち主の女の子が学校帰りにいつメンとカラオケに寄るっていうから、普段通りカバンにぶら下がってたんだけどさ。


 いたんだよ、街中に。着ぐるみ様が。


 アイツは、僕たちみたいに有名なキャラクターじゃなくて、量産品の、ピンク色のウサギだった。

 なんだか、駅前に新しいパチンコ屋がオープンするらしい。

 名もないウサギの着ぐるみ様は、頭を下げながらチラシを配ってた。



 僕は、その姿に衝撃を受けたんだ。



 忙しい大人たちは、アイツに見向きもしないで、差し出されたチラシをスルーしていった。

 買い物袋を持ったおばさんなんて、「ポケットティッシュじゃないなら要らないわ」ってチラシを突き返す始末だ。

 自転車にはベルを鳴らされ、歩きスマホの大学生にぶつかられそうになる。

 配っているのがパチンコ屋のチラシなせいで、子供も横目で見ながら通り過ぎて行くだけ。

 しかも、季節は夏だ。

 中のニンゲンは、悪態をついているに違いない。



 アイツと目が合った瞬間、僕は初めて思ったんだよ。



 僕、実は恵まれてたんだな、って。

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ぬいバの僕と、着ぐるみのアイツ 矢口愛留 @ido_yaguchi

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