4、幼馴染の魔法局員と雪山で極寒サバイバルした結果

 ◇



『――ふうん。そういう経緯があったんだ』


 あわただしく春が過ぎ。

 裏庭のマグノリアは花の盛りを終え、ネイフラム伯爵家では薔薇が見ごろを迎えていた。


 本日、近衛騎士団が非番のラズローは、自室で壁に掛けられた“伝声板”と向かい合うかたちで座っていた。

 星形の金属板に複雑な術式と魔石が埋め込まれたその魔道具は、遠方の相手と音声でのやり取りを可能にする優れものだ。まだ試作段階で一般には普及していないが、あの遭難劇でエティエが生みだした術式を元に作られていた。


 先ほどからののんきな声の通話相手は、隣国のアカデミーで医療魔術の研究に従事している三歳年上の兄・クロードである。


『たしかに急にきみとエティエちゃんが婚約したって聞かされた時はびっくりしたけど』

「知らせるのが遅れて悪かったな」

『ほんとに悪かったと思ってる? まあ、驚きはしたけど、意外だとは思ってないよ』


 あの遭難事件の後。

 エティエに改めて長年の想いを打ち明けると、彼女は何度も頷き、受け入れてくれた。

 その後は両家の母親の猛プッシュにより、とんとん拍子で婚約にまで至り。

 方々から盛大に祝福される中――エティエは予定通り、クロードの所属する隣国のアカデミーに国費留学生として旅立っていった。


 今日も忙しそうにしていたよ、と兄から婚約者の近況を聞かされて、ラズローは「相変わらず、あいつらしいな」と小さく笑う。


『それで? きみの二十年近い初恋が実った経緯を聞かされて、僕にどうしろって言うんだい』

「エティエに変な虫がつかないよう見張っててほしいんだよ」

『大丈夫じゃない? 左手の薬指にあれだけ立派な婚約指輪をしてるんだもの。本人も「婚約者がいる」って公言してるし』

「そりゃそうだろうけど……あいつは美人だし、頭もいいし、笑うと天使か? って感じだし、ちょっと抜けたところもまじで可愛いし……。万が一ってことがあるかもしれねーだろ」

『はいはい、ノロケをごちそうさま。わが弟は本当に昔からエティエちゃんしか眼中にないんだから。エティエちゃんもエティエちゃんで初心というか一途というか……本当にお似合いだよね、きみたち』


 まるでこうなることが当然の帰結であったかのように、クロードはしみじみと嘆息した。


『きみたちが互いに好意を持っていることなんて、周りはみんな知ってたよ? 母さんなんてそれをわかったうえで「ラズローがこのままヘタレで終わるならあなたがエティエちゃんと結婚するのよ!」なんて焚きつけてくるから正直困ってたんだよね』


 でも収まるべきところに収まってよかったよー、とクロードは屈託なく笑う。

 あんまり朗らかに祝福されたものだから、これまでこの兄を恋敵だと思い込んでライバル心を燃やしていた自分はなんだったんだと、ラズローは全身の力が抜ける気がした。


『そんなに離れるのが心配なら、婚約者として泣いてすがって留学をやめさせればよかったじゃないか。でも、結局きみはエティエちゃんの希望を尊重して隣国こっちへ送り出した。そうだろう?』

「……あいつの夢を、応援してやりたいから」


 たしかに、これから二年もエティエの顔を見られない、触れることもできないかと思うとつらい。クロードの言うように、愛情でがんじがらめにして留学を諦めさせるやりかたもあったかもしれない。

 それでも、ラズローはエティエの進む道を見守ることを選んだのだ。

 いつでも夢に対して真摯で、まっすぐなエティエが好きだから。


 帰ってきたら結婚しよう――そう約束して。


『へぇ~。学生時代はエティエちゃんに近付こうとする男を片っ端からコテンパンにして牽制してたあのラズローがねえ。……大人になったってことかな? いや、それとも勝者の余裕ってやつ?』

「うるせえ。その話、絶対エティエに言うなよ。あと、兄貴もあいつにちょっかい出したら殺す」

『ははは、僕だって命は惜しいからね。ま、エティエちゃんの留学期間が終わるまでの二年は遠距離恋愛ってことになるんだろうけど……あの調子だと、案外すぐにまた会えるようになるんじゃないかな』

「は?」


 クロードの周囲の空気が静かな笑みで揺れるのが、伝声板越しに伝わってきた。


『彼女、これまで以上に転移魔法の研究に燃えてるから。こちらのアカデミーにいる間に、すごい発明をする気がするよ』



 クロードの言う通り、エティエは留学して半年足らずで画期的な転移魔法の省略術式を編み出した。

 これにより遠く離れた場所へ誰でも簡単に移動ができるようになり、エティエは優れた研究者として国内外に名を馳せることとなるのだった。


 若くして偉大な功績を残した彼女の研究への原動力が、「遠距離の恋人にいつでも会えるように」という可愛らしいものだったのは、それほど知られていない。


〈了〉

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