エピローグ それから……

 結婚式から二年が経った。


 あの日誓った平和を胸に、邁進を続けるアイビア王国は、今日も活気に満ちていた。


 世界で起こる戦や内乱……時代が変化を求め、移ろう中にあってなお、一途に平和への道を歩むこの国は、今や欧州一の安全国家とうたわれている。



「新しい使用人との生活はどうですか? お養母かあ様」

 そんなアイビア王国の王都・ビルス郊外に建つフェルセディア伯爵家の屋敷では、王妃となったキアラが、養母ははとのティータイムを楽しんでいた。

 王宮へと居を移し二年半。一人きりになった養母ははを想うように、キアラは時折こうして、夫人の元を訪れている。

「大丈夫。上手くやっているわ。……それより、あなたこそ無理はしていない?」

「……!」

「今は大変な時期なんだから、ちゃんと自分の体を大事にするのよ?」

 月に一度は帰省し、話し相手になってくれる養女むすめに、夫人は笑んだ後で、少しばかり心配そうに切り出した。

 彼女の視線は、キアラの隣に置かれた揺籃ゆりかごへと向いており、中では、赤い髪をした小さな男の子がすやすやと眠っている。

「ありがとうございます。でも、無理なんてしていませんよ。私がお養母かあ様にお会いしたくて、帰ってきているんですもの」


 すると、養母ははの視線に気付いたキアラは、息子の髪を撫でながら、静かに答えた。

 こうしてお茶を楽しむのが、昔のキアラの日課であり、ずっと忘れたくない大切な養母ははとの思い出だ。王妃になったからと言って、この日常を壊したくはない。

「だからお養母かあ様。これからも、私と一緒にお茶をしてくださいますか?」

「……! ふふ、もちろんよ。かわいい養女むすめが望むなら、いつでも待っているわ」



「失礼、キアラはいるか?」

 お茶やお菓子と共に会話を楽しみ、一時間ほどが経っただろうか?

 不意に届いたノックに顔を上げたキアラは、入り口に立つレイルの姿に目を丸くした。

 外套を羽織ったまま、どこか申し訳なさげに母娘の団欒を見つめる彼は、なんとなく困ったような顔をしている。


「あら、レイル様! わざわざこちらまでいかがなさいました? 今日はルクストリア大使と会談の予定でしたよね?」

「そうなのだが……実は今、母が王宮へ来ていてな。お前たちに会いたいから呼んで来いと遣わされたのだ。どうやら母は息子を顎で使うほど、お前たちがお気に入りらしい」

 すると、驚きがちに歩み寄るキアラに、レイルは肩をすくめ説明した。

 これまでと同じくカントリーハウスで過ごす皇太后様は、最近、頻繁に王宮へやって来ては、義娘と孫をかわいがっている。

 結果、邪険にされつつある彼の話に、キアラは笑うと、

「ふふ、まぁ。いっそお義母かあ様も、王宮にお住まいになればよろしいのに」

「うむ……私もそう思って再三打診しているのだが、父の面影が残る王宮は嫌いなんだそうだ。悪いが戻ってくれるか?」

「分かりました。お養母かあ様、また来ますね」

 突然の来訪に困りながら、それでも母の願いに応えようと動くレイルに、キアラは頷くと、様子を窺っていた夫人に声を掛けた。

 楽しいティータイムはここで終わり、キアラはまた王妃として城へ帰っていく。

 これが彼女の新しい日常だ。



「よく眠っているな。揺籃は私が持とう」

「ありがとうございます、レイル様」

 屋敷の外に出ると、明るい日差しと初夏の風が、優しく家族を出迎えた。淡い光に包まれたその姿は、今とても幸せそうで。


「ねぇ、キアラちゃん。今幸せ?」

 馬車に向かう養女むすめの背中を見つめ、夫人は思わず問いかけた。

 振り返ったキアラは、陽の光にも負けないほど、華やかな笑顔で答える。

 彼らの周りを、穏やかな風が包んだ。


「はい。とても幸せですよ」



 こうして、一つの王家から始まった二つの王国は、また一つとなり、幸せを歩み続ける――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

偽り姫の災難 みんと @minta0310

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画