第8話 アシスト
いつもの半額弁当を、半分ほどで箸をおく。どうにも食欲が無く、食べる気がしないのだ。
「風邪ひいたんかなあ。でも、明日はどうしても休まれへんし。
よし。今日はさっさと寝よ」
俺は急いで寝る準備をして、霊田さんと犬にお休みを言って横になった。
霊田さんと犬が、こちらを見ているのが気配でわかる。
心配してくれているんだろうか。
それとも、ほかの何か……。
ぼんやりと考えながら、俺は意識を手放した。
朝、目覚まし時計が鳴っているのはわかった。
しかし頭も体も重くて、ぼんやりとする。
「朝やで。仕事、遅刻すんで」
霊田さんが俺の声で言いながら、俺を覗き込んでいる。
俺はそれに軽く混乱したが、すぐに霊田さんだと理解した。
「ああ、おはようさん。なんや、風邪かな。休まれへんから、起きなしゃあないなあ」
言いながら、霊田さんの手を借りて起き上がる。
と、霊田さんが提案した。
「少し休んでいたらええ。代わりに俺がしとくから」
「ええ? どうやって?」
どういう事かと訊き返した俺だが、霊田さんがすうっと近付いたかと思ったらこれまで経験したことのない感覚に襲われ、次に俺は意識していないのに立ち上がっていた。
「ええ!? 霊田さん!?」
そう言ったつもりだが声には出ず、代わりに、
「大丈夫。会社に着くまで休んどったらええから。会社まで行くんは、覚えたで」
と霊田さんが俺の声で、いや、俺の口から言った。
それで霊田さんが俺の体に入っているのがわかった。
深く考える余裕はなかった。ただただ、具合が悪い。
(悪いけど、頼むわ)
そう言うと、霊田さんは頷いた。
次に気付くと、会社に入ったところだった。
「おはよう」
会う人にお互い挨拶をしながら机の方へ歩いて行く。
霊田さんは、いつものように俺の横に半透明になって歩いていた。
「おおきにな、霊田さん」
人のいない時にそう小声で礼を言うと、霊田さんは頷いて小さく笑った。
その後いつも通りに仕事に駆けずり回り、得意先に顔を出した。
いつものバイヤーが転勤になることになって、後任のバイヤーを紹介された。
「影谷和泉です。よろしくお願いします」
そう言って頭を下げながら名刺を差し出すと、相手は、目をすがめながら同じように名刺を差し出した。
「榊原郁也です。よろしくお願いします」
榊原さんはチラリと霊田さんを見てから、俺にそう言った。
見える人らしい。
「こちらへどうぞ」
バイヤーと三人で事務所の接客スペースへと通されたのだが、その手前で、榊原さんが何か小声で呟いた。
その途端、霊田さんが足を止めてその場で立ち止まり、俺を見送る形になる。
「ん?」
どうしたのかと思ったが、霊田さんだってたまには別行動したいのかもしれないし、榊原さんが苦手なのかもしれない。
俺は簡単にそう考えて、ソファーに腰を下ろした。
特売のラインナップや発注数などの話をまとめ、では今日はこれでと立ち上がろうとした時、榊原さんが俺に小声で言った。
「体調がおかしくなったりしたら、すぐに神社に行くか、私に連絡をくれてもいいです」
親切な申し出だったが、それをどう捉えればいいのか迷い、当たり障り無く、
「はい!ありがとうございます」
と答えておいた。
廊下に出ると、じっと立って待っていた霊田さんが、無表情な目で俺を見つめた後、榊原さんを睨むように見ていた。
「えっと、じゃあ、よろしくお願いします」
妙に疲れた気がする商談だった。
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