第11話 見知らぬ女性

 俺はその会話をどうにか誤解だ、急いでいただけだと言って切り上げ、トイレへ入った。

「え。何なん。誰やのん、それ。昨日って一日寝てたんちゃうん」

 ブツブツと言いながら、ここにもし誰か来たら、自分は危ない人とか言われるんじゃないかと思った。

「霊田さん、散歩してたんかな。一日俺が寝てて部屋に閉じこもりっきりになるから暇すぎて」

 言いながらも、最初はそうしてずっと部屋で待っていたんだったよな、とも思う。

 まあ、最近は外に一緒に行くようになって、部屋でじっとしているのが嫌になったのかもしれない。

「まあええか」

 俺はややむりやり自分をそう納得させて、事務所に戻ることにした。いつまでもトイレに閉じこもっているのもアレだ。

 トイレの外で待っていた霊田さんと一緒に事務所に戻り、今日は少しだけ残業をして家へ帰る。

 久しぶりにまだ九時前なので、犬も誘って散歩に出た。犬こそ散歩が恋しいだろうと、今更ながらに気付いたのだ。

 一人と一匹は霊なので、傍目には俺ひとりに見える。

 喋りかけると独り言にしか見えないので、どうしてもの時は電話をかけているふりをする知恵は付いている。

 公園まで歩いて行くと、公園のそばの家の前で犬が立ち止まった。

「どないしたんや」

 辺りに人がいないので犬にそう問いかけ、気付いた。その家の門の中に、犬がいた。ちょうど幽霊の犬と同じくらいの大きさだろうか。同じ豆柴だ。

 その飼い犬は幽霊の犬が見えているようで、犬同士見つめ合っているが、飼い犬のほうは警戒するように体を低くしていた。

 と、幽霊の犬はふわりとした感じでその犬に近付き、被さったように見えた。

「え!?」

 次の瞬間、犬は激しく体をよじり、グルグルと回ったりキャンキャンと鳴き始めたりして、どうしたものかと俺は困惑した。この家の住人が出てきたら、俺が飼い犬に何かしたと思われるだろう。

 しかし幸いなことに住人は出てこず、犬からペラリと剥がれるようにして幽霊の犬が離れた。

「さ、行くぞ」

 俺は今のうちにと急いでそこを離れた。

 その後は霊田さんも犬もただ一緒に歩くだけで、俺たちはただ黙って公園を一周して家へ帰った。

 マンションへ戻ると家の前に立つ若い女性がいた。きれいな人だ。

 と、その人がこちらを向いてハッとしたような顔をしてから、硬い表情で頭を下げた。

「今晩は。どうしても気になって、お邪魔して申し訳ありません」

 俺は怪訝な顔をしていただろう。

「えっと、どちらさん──」

 ふっと、意識が途絶えた。


 気がつくと部屋の中で、俺はリビングに座り込み、霊田さんと犬が俺をじっと見ていた。

「え、何? どうなったん? さっきの人は?」

 訊くが、霊田さんも犬も答えない。

 俺は寒気がしてきた。

 俺は何か間違ったことをしたのだろうか。

「はあ。風呂でも入ってくるか」

 立ち上がって風呂場へ行き、スマホをポケットから出した時に、何かがポケットに入っているのに気付いた。

「名刺か。嶋田夏帆? 誰やねん」

 呟いて、さきほどの女性を思い出した。

 迷いはあったが、かけてみる。

「あの、影谷と申しますが」

 すると、さっき聞いた女性の声が返ってきた。

『嶋田です。あの、最初の影谷さんですよ、ね?』

 俺は意味を考え、

「ええっと、意味がよく……」

と言うのに、嶋田さんが遮るように言う。

『詳しい話をするのに、早瀬君の来ないところがいいんですが』

「早瀬さんですか?」

『はい。時々あなたの体に入っているでしょう。前にその部屋に住んでいて、亡くなった』

 俺は血の気が引く思いがして、とっさに、榊原さんのところで待ち合わせる約束をしてから、榊原さんのところに電話をかけ始めた。








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