第195話 ぜんざい

 あの日、彼は死を覚悟した。


 ――強大な敵との戦いに傷つき、流れ着いたのは見知らぬ土地だった。

 すぐに、その土地が異常な事に気づいた。

 魔力の流れが止まっていて、遠くまで走ろうとしても気が付けば元の場所に戻っている。

 どうやら、狭い空間に閉じ込められたのだと理解した。


 彼は敵との戦いによって傷ついていた。

 敵に盛られた毒のような物が、体を蝕んでいた。

 ずいぶんと力は衰えたが、生きるのには問題ない。

 獲物を食らって体力を取り戻そうとした。


 しかし、その生活はすぐに終わりを迎えた。

 敵が送り込んだ手下たちによって、大きな傷を負った。

 なんとか逃げ出したが、そこは狭い空間だ。すぐに見つかってトドメを刺される。

 もはや諦めと共に横たわっていると――小さなドラゴンが現れた。


 それを追ってやって来たのは、見たことも無い生き物だ。

 ひ弱そうで頼りない。しかし、優しい瞳をしていた。


 そいつは『丈二』と言うらしい、小さなドラゴンは『おはぎ』だ。

 丈二は彼に『ぜんざい』と名前を付けて、自らの家に招いてくれた。

 それからの生活は……とても良い物だった。


 飯は美味い。風呂は気持ち良い。テレビとやらも面白い。

 もはや野生には戻れないほどの贅沢だ。

 しかし、なによりも、丈二たちの居る家は暖かい。

 ずっと孤独に生きてきたぜんざいにとって、丈二家は初めての家族だった。

 もう、抱えきれないほどの幸せを貰った。

 後は、恩を返すことができれば、ぜんざいに悔いは無かった。


 ――かちゃり。

 ぜんざいの首に首輪型の機械が付けられる。

 これによって、ぜんざいは一時的に全盛期の力を取り戻せるようになるらしい。


「……ぜんざいさん、行きますよ」

「がう」


 もう、覚悟はできている。

 背中に乗せた丈二が魔法を使うと、ぜんざいに魔力が集まるのを感じる。

 この魔法は、丈二とおはぎが集めて来た仲間たちの魔力を借りる魔法だ。

 だからだろう、集まる魔力はぽかぽかと温かい。

 その熱量が力をみなぎらせてくれる。


「ガルゥ!!」


 ぜんざいは海に飛び出した。足に風を集めて海面に浮かぶ。

 同時に、ぜんざいの体が光りだすと大きく膨張していく。

 グングンと大きくなり続ける身体は、やがて護衛艦よりも大きくなってようやく止まった。


「す、すごい……これが、ぜんざいさんの本当の姿……?」

「ぐるぅ……」


 背中に乗った丈二とおはぎが驚いている。


「がう」


 手を離すなよ。

 そう告げると、寒天が二人をしっかりと抑えてくれた。

 相変わらず、気が利くスライムだ。 


 ぜんざいはギロリと怪物を睨みつける。

 ぜんざいが巨大化しても、まだ怪物の方が大きい。

 しかし、子供たちのためにも負けるわけにはいかない。

 未来を守るために、老兵は死ぬまで戦ってやろう。


「グオォォォォォォン!!」


 怪物が咆哮を上げるとグラグラと海面が揺れ出した。

 なぜ揺れているのか、答えはすぐに分かった。

 怪物の背後から巨大な波が押し寄せる。あの激流で全てを押し流すつもりなのだろう。


「や、やばい……船や探索者がやられる……!?」


 丈二を始めとした人々が慌てだす。

 たしかに、人の身であの波は脅威だろう。

 しかし、今はぜんざいが付いている。


「アオォォォォォォォン!!」


 ぜんざいが遠吠えを上げると、ぜんざいから冷たい風が吹き荒ぶ。

 突風が海面を吹き抜けると、パキパキと海が凍った。

 全てを押し流さんとしていた波も、冷たい風によってガッチリと凍り付いた。


「グオォォォォ!!」

「ガルゥゥゥ!!」


 もはや絡めては通用しないと分かったのか、怪物は拳を振り上げてぜんざいに襲い掛かる。

 ぜんざいは頭突きで拳を受け止めると、そのまま腕に噛みついた。

 バキバキバキ!!

 怪物の腕が凍り付く。凍った腕をぜんざいが噛み砕く。


「グオォォォォォ!?」


 怪物は欠けた腕を抑えて慟哭を上げた。

 よもや、自身の腕がいとも簡単に食いちぎられるとは思わなかったのだろう。

 侮ったのだ、死にぞこないの老いた狼を。


「ぜんざいさん、今だぁぁぁぁ!!」

「ぐるぅぅぅぅぅ!!」


 丈二とおはぎからの応援と共に、ぜんざいの体を魔力が突き抜けた。

 どうやら、龍の真似事をしろと言っているらしい。

 最後くらいは、期待に応えてやろう。


 ぜんざいは大きく口を開き、怪物を睨みつけた。


「ガルァァァァァァァァ!!」


 ぜんざいの口から青い光が迸った。

 光の奔流が怪物に衝突すると、怪物の体は凍り付いて行く。

 必死に逃げようともがくが、虚しく氷像へと姿を変えていく。


「グオォォ……――」


 ガチリと、怪物の全てが凍り付いた。

 バキバキバキバキ!!

 同時に怪物の体にひびが入ると、バラバラと崩れて怪物だった氷が海面に落ちる。

 これで怪物は死んだ。

 ぜんざいの戦いは終わったのだ。



 戦いが終わると、すぐにぜんざいの体は縮んで行った。

 体から力が抜ける。

 ぜんざいは最後の力を振り絞って、しおかぜへと帰還した。

 船に乗ったぜんざいは、ばたりと倒れ込んだ。

 もはや、立つ力も残っていない。


「ぜ、ぜんざいさん……体が……」

「ぐるぅ……」


 ぜんざいの体はキラキラと光を帯びていた。

 まるでぜんざいの命が抜けていくような光景だ。


「がう」


 どうやら、お別れのようだ。

 ぜんざいが別れを告げると、丈二とおはぎはボロボロと泣きながら抱きついて来た。


「ぜんざいさん……行かないでください……!!」

「ぐるぅ……!!」


 そう言われても、ぜんざいにはどうしようもない。

 体から魔力が抜けて行くのを感じる。

 なんだか、眠くなってきた。まぶたが重くて持ち上げるのが辛くなる。

 それでも、せめて最後までおはぎと丈二の顔を見つめていたい。

 ぜんざいは必死にまぶたを上げた。


「がう……」


 最後は笑顔を見せて欲しい……。

 ぜんざいが頼むと、丈二とおはぎは下手くそな笑顔を見せてくれた。

 もはや泣いているのか笑っているのか分からない。

 とても下手な笑顔だが、最後の光景としては悪くない。


「ありがとう、ございました……」


 良い人生だった。

 ぜんざいは満足感と共にまぶたを閉じた。


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「そうですか……それで船の上で大号泣を……」

「……そうだ」


 クラーケン――怪物を倒した後、キビヤックはロボに乗って逃げ出した。

 ごたごたのせいで見逃されていたが、キビヤックは普通に犯罪者だ。

 護衛艦に乗っていたら普通に捕まる。

 

 丈二たちは、そのまま護衛艦に乗せてもらって全員無事に家へと帰った。

 家に帰ると牛巻とごましおはすっかり元気になっていた。

 そして丈二家の面々に無事に帰ったことを伝えると、全員がぽかんとした顔をして――大爆笑した。


「ぷふ、ぷふふふふ……ごめんなさい。笑っちゃいけませんよね」

「にゃはははははは!!」

「あ、あはは……」


 特にサブレは大笑い。

 丈二たちを指差して笑い転げている。


「おい!? 笑い事じゃないぞ!? こっちは本当に死ぬと思ってたんだ!!」

「いやぁ、そうにゃんですけど、それにしても『ぜんざいさん』のイメチェンが面白すぎますにゃ!!」

「……アウ!!」

 

 丈二の腕の中から、不服そうな鳴き声が響いた。

 丈二が抱いているのは、白と黒っぽい色のモフモフ毛玉。

 ――小っちゃくなったぜんざいである。


 ぜんざいがまぶたを閉じた後、ぜんざいの体が強く輝くと、体が小さくなっていた。

 まるでドコぞの高校生探偵みたいだ。

 丈二もおはぎも泣き止んで、ぽかんとしてしまった。


 キビヤックに詰め寄ると『いや、”なにが起こるかは分からない。最悪の場合は死ぬ”と言っただろ。小さくなることだってある』と当然のように返された。


 その後、すぐに目を覚ましたぜんざいは自分の体を見てびっくり。

 『情けなくなった姿を見られたくない』と、ただをこねていたのを抱き上げて連れて帰って来た。

 『散歩で帰るのを嫌がる犬』みたいなぜんざいを見たくは無かった……。


「まぁ、今後もよろしくお願いしますね。ぜんざいさん」

「あうぅ……」


 ぜんざいの体は小さくなってしまったが、そのうち元に戻るだろう。

 今後もぜんざいとは楽しく暮らしていける。

 丈二はホッと息を吐きながら、小さくなったぜんざいを抱きしめた。




☆あとがき


三章はここで完結です。

毎日投稿は一旦お休みさせていただきます。

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社畜の俺、ドラゴンに懐かれたのでペット配信を始めます〜夢は田舎でモンスター牧場!〜 こがれ @kogare771

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