第194話 犠牲
「君がキビヤック!? モンスターだったのか……しかも、あの女の子が連れていた……」
「そうだ。俺はアイツと一緒におはぎダンジョンへと侵入したこともある。だが、そのおかげで化け物の存在に気づけて、こうして助けに来てやったんだ。むしろ感謝するべきだな!」
キビヤックは『ダァーハッハッハハ!!』と高笑いをする。
たしかにキビヤックには助けられた。
彼が来なかったら、丈二たちは死んでいただろう。
おはぎダンジョンに侵入したことは流して、感謝しておこう。
「ありがとう。キビヤックのおかげで助かった」
「……ふ、ふん……素直に感謝するとは、やはり甘い奴だな」
キビヤックは顔を赤くして、そっぽを向いた。
感謝されることには慣れていないのだろうか。
照れているらしい。
「いや、こんなぬるい話をしている場合じゃない! あのデカいのをぶっ殺さないと、俺たちが殺されるぞ!!」
キビヤックはぶんぶんと手を振って、ひときわ長い中指で怪物を指差した。
たしかに言う通りだ。
まずは深海から現れた化け物を倒さなければ、丈二たちがやられてしまう。
「……だけど、頼みの綱だったおはぎは戦えそうにない」
「残念ながら、大きくなるのは無理だろうね。毒らしき物の影響が残っているせいで、おはぎちゃんの体力が持たない」
「ぐるぅ……」
河津の治療によって、おはぎの翼はすっかり治った。
しかし、おはぎの体力は奪われたままだ。大きくなって化け物と戦うことはできない。
「……なんとか、なるかもしれんぞ」
キビヤックが呟いた。
しかし、どこか浮かない顔をしている。
なにか、リスクがある作戦なのだろうか。
丈二が質問しようとしたとき、丈二たちの船に大きな影が飛び乗って来た。
「がう!!」
それはぜんざいだった
『大丈夫か!?』と、丈二たちに駆け寄る。
心配して駆けつけてくれたらしい。
スンスンと丈二たちの臭いを嗅ぎながら、ぺろりとおはぎを舐めた。
「俺はなんとか大丈夫です。キビヤックが助けてくれたので」
「がう……?」
『こいつが……?』と、ぜんざいはキビヤックを見た。
なぜかキビヤックは、ぜんざいを睨みつけている。
敵対心は感じないのだが……なぜか険しい表情をしていた。
「ちょうどいい所に来たな。その、老いぼれ狼が手伝えば、化け物を殺せるかもしれない」
「ほ、本当か!?」
「ああ」
キビヤックはぜんざいの事を見つめる。
「俺の予想じゃ、そこの老いぼれは、ただのデカい狼じゃない。伝承で語られるような神話級のモンスターだ」
「そ、そうなんですか?」
「……がう」
『……違いない』と、ぜんざいは頷いた。
まさか、ぜんざいがそんなに凄いモンスターだったとは……その貫禄は『体のデカさ』と『重ねた年』だけでは無かったらしい。
もしかしたら、犬猫族みたいなモンスターに崇められてたりしたのかもしれない。
「だが『積み重なった老い』と『内に溜まった毒素』のせいで、全盛期の力は失っている」
「毒素?」
「ちょうど、そこのチビが食らっただろう。同じような化け物と、戦ったことがあるんじゃないか?」
「がう。ぐるる」
『そうだ。丈二と出会う前に戦った』と、ぜんざいは答えた。
ぜんざいと出会った時の大怪我は、その戦いで負った物だったのだろうか。
てっきり、あの時に戦ったモンスターたちに食らっていたのかと思っていた。
しかし、よくよく考えれば、ぜんざいの実力であの程度のモンスターに負けるとも思えない。
その直前に『もっと強い敵と戦ったから』体力を消耗して、モンスターに倒されたのだろう。
「じゃあ、ぜんざいさんは、もっと強くなれるかもってことか?」
「そうだ。そして力を引き出すための機械はすでに準備してある」
キビヤックがロボットを操作すると、ロボは背中の格納庫から何かを取り出した。
それはぜんざいサイズの首輪だ。
ピコピコと機械のように光っている。
「この機械と、お前らが使ってるデカくなる魔法を組み合わせれば、ぜんざいの力を引き出すことができる」
「す、凄いな……それじゃあ、さっさと――」
「ただし!!」
キビヤックはぜんざいに厳しい目を向けた。
そういえば、キビヤックはこの話をする前に、浮かない顔をしていた。
……嫌な予感がした。
丈二の背中をうすら寒い物がなぞった。
「これは、無理やりに力を引き出す機械だ。使ったら、ぜんざいが『どうなるか』は分からない。最悪の場合は……死を覚悟しろ」
死ぬ。
キビヤックは確かに、そう言った。
ぜんざいが死ぬかもしれないと。
「じゃ、じゃあ、駄目に決まってるだろ!? ぜんざいさんが死ぬなんて――」
「丈二、お前は黙ってろ!! おい、老いぼれ。ガキどものために死ぬ覚悟はあるか?」
「がう」
『あるとも』。
ぜんざいは静かに鳴いた。
まるで、今日の晩飯を食べるかと聞かれた時のように、当たり前に答えていた。
凛とした瞳には、一切の迷いが無い。
「ま、待ってください!! 他に方法があるはずです。ぜんざいさんが犠牲にならない方法が!! 考え直しましょうよ!?」
「ぐるぅ……」
丈二とおはぎがぜんざいにすがる。
ぜんざいは静かに二人を見降ろした。
その瞳に丈二は見覚えがあった。
病死した父が、死に際に見せた瞳だ。
自分の死期を悟って、残す子供を心配するような瞳。
また置いて行かれる。
そう思うと、目からぼろぼろと涙が止まらなくなった。
「がう」
ぜんざいは、やれやれと丈二の胸に頭をこすりつけた。
泣く子をあやすようだ。
「……野暮なことを言うが、残された時間は少ないぞ。俺たちは化け物の気まぐれで生かされてるんだ。アイツが本気を出したら俺たちは殺される」
「だけど……だけど……!!」
「僕が口を出すことじゃないかもしれないけど……僕らみたいな死にかけの老人は、最後くらいは子供たちのために頑張りたいと思うものなんだ……」
河津の言葉を聞いてぜんざいを見上げる。
ぜんざいは丈二とおはぎを見つめていた。
とても優しい瞳だった。
「がう」
「……分かりました。俺、強く生きますから」
「……ぐるぅ」
「がるぅ!」
ぜんざいは、嬉しそうに丈二とおはぎを舐めた。
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