第193話 天災と天才

 ザッバァァァン!!

 海を割って”巨大な人の腕”が現れた。

 びっしりと青錆び色の鱗が生えた腕は、おはぎに向かって伸びる。


「おはぎ、避けるんだ!!」

「グルゥ――ぎゃう!?」


 とっさに避けようとしたおはぎだが間に合わない。

 腕に生えた鋭い爪が、おはぎの翼を引き裂いた。

 おはぎはひょろひょろと力なく落ちる。

 なんとか、落下の速度は抑えているが、それでも勢いよくしおかぜの船首に落ちた。


 ズドン!!

 おはぎがかばってくれたおかげで丈二に大きな怪我はない。

 しかし、おはぎはぐったりと動かなくなっていた。


「ッ!? ――おはぎ、大丈夫か!? おはぎ!!」

「ぐ、ぐるぅ……」


 急いでおはぎから飛び降りる。

 おはぎの翼を見ると、大きく引き裂かれていた。

 おはぎは体を大きくする力もないのか、しゅるしゅると小さいおはぎに戻ってしまった。


「ごめんな。すぐに治してやるからな」


 丈二が必死に回復魔法をかけていると、河津が駆け寄って来た。

 河津は回復魔法をかけながら、ゴーグルのようなメガネをカシャカシャと動かしておはぎを見る。


「僕も手伝おう……これは……なにか、毒のような物を盛られたようだ。精霊の動きが阻害されている。命に別状は無いが……すぐには戦えないだろう」

「まさか、モンスターが不意打ちをしてくるなんて……」


 丈二が海を睨みつけると、海中から大きな波が起こっていた。

 再びクラーケンが頭を出した。しかし、頭は天へと昇って行く。

 そのまま人のような体が海中から出てきた。

 びっしりと緑の鱗が生えた巨人のような体。背中にはドラゴンのような翼が生えている。


 タコのような触手の生えた頭。巨人のような人形の体。ドラゴンのような翼。

 その全てが巨大だ。護衛艦よりもはるかに大きい。天を貫くように巨大な化け物。

 それは、決してクラーケンなどではない。

 深海から現れたのは、名状しがたい異形の怪物だった。


「なんだよ……あれ……」


 丈二が呆気にとられていると、耳鳴りのように頭に声が響いて来た。


『忌まわしき星龍の子よ。ここで殺してくれる……!!』


 まさか、あの異形の怪物が話しているのか?

 丈二が困惑していると、怪物がアゴに生えた触手を持ち上げる。

 そこには、ヤツメウナギのように、びっしりと牙の生えた口があった。


 ドッ!!

 空気が揺れると、その口から黒い閃光が迸る。

 それは、しおかぜに展開されたバリアによって防がれるが――パリパリパリ!!

 しおかぜの巨大なバリアが悲鳴を上げている。

 このままでは全てが消し飛ばされる。船も、乗員も、丈二も――おはぎも。


「……」


 丈二はそっとおはぎの頭を撫でる。おはぎが不安そうに丈二を見上げた。

 すべては守れなくても、おはぎだけでも守りたい。

 自分を幸せにしてくれた。この小さなドラゴンだけでも――丈二はおはぎを守るようにバリアを展開した。

 おはぎはかりかりとバリアをひっかく。


「ぐるぅ……ぐるぅ……」

「ごめんな……」


 丈二はそっと目をつむる。

 おはぎが無事でいることを祈って――


「諦めるな、馬鹿野郎がぁぁぁぁぁぁ!!」

「え?」


 ザバン!!

 しおかぜの近くから水しぶきが上がると、ズドンと人形のロボットが乗り込んできた。

 ロボットが丈二の腕を掴むと、バリアの魔法が強制的に広がる。


 バリアはしおかぜを守るほどに巨大化すると、ガチャガチャと形を変えていく。


「奴の攻撃を防げるように最適化する!! 俺も手伝ってやるから、死ぬ気でバリアを維持しろ!!」

「わ、分かった!」


 バリバリバリ!!

 しおかぜが展開していたバリアが破られる。

 その瞬間、丈二の展開しているバリアにとてつもない負荷がかかった。

 象に踏みつぶされながら腕立て伏せでもしている気分だ。


「うぐっ!? これは……!?」

「おはぎを守りたいなら全力を出せ!!」

「うぐ……おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 丈二は全力でバリアを維持する。

 ほんの数秒が、何分にも感じる。

 もう、耐えられないと思った時だった。


 ズドドドドドド!!

 周囲の護衛艦から砲撃が始まった。

 怪物は忌々しそうに光線を止めると、腕を振るって砲撃を防いだ。


「――だあぁぁ!? なんとか耐えたのか!?」

「ああ、上出来だ」


 バコンバコンと砲撃が続いている。探索者たちも怪物へと攻撃を始めた。

 とりあえず、休んでも良いようだ。

 丈二はばたりと倒れ込んだ。気がつくと全身が汗だくだった。


「失礼。君はどなたかな?」

「ふん、俺様は――」


 河津がおはぎの治療を続けながらロボットに向けて問いかける。

 ロボットの頭に着いたコックピットがプシュウと、炭酸が抜けるような音を響かせて開いた。


「悪の天才犯罪者。ドクター・キビヤック様だ!!」


 出てきたのは、ギョロリとした目を輝かせた猿のようなモンスターだった。

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