第35話 トラックの業火 「ワシントン」の受難

1944年2月15日



 ジュディ、ヴァルの投弾から10分後、「ワシントン」は再び海面下に潜む潜水艦の雷撃に悩まされることとなった。


「取り舵一杯!」


 ベンソン「ワシントン」艦長は航海長のブラウン中佐に転舵を命じた。爆弾5発、魚雷2本の直撃によって痛めつけられた艦体がゆっくりと艦首を振り、雷跡は「ワシントン」の左舷側を通過していった。


 「ワシントン」の周囲では駆逐艦が対潜攻撃に移っている。爆雷が次々に海面に投下され、被弾した潜水艦が海中で爆発し、浮遊物が水面に浮かんできた。


 味方の潜水艦の仇と言わんばかりに1隻の駆逐艦に雷跡が吸い込まれる。フレッチャー級駆逐艦の装甲が一撃で突き破られ、その駆逐艦は急速に海面下に沈みつつあった。


「くそっ!!!」


 味方駆逐艦のあっけない沈没を見たベンソンは舌打ちし、拳を握りしめた。


「左舷から新たな雷跡!」


「面舵一杯!」


 見張り員から報告が上がり、ベンソンは再び転舵を命じる。左へと回頭していた「ワシントン」が身震いし、直進へと戻り、次いで右舷側に艦首を振る。


 だが、手負いの状態で2度も魚雷を回避できるほど現実は甘く無く、1本の魚雷が「ワシントン」の左舷側に命中した。


 非常事態を告げる警報が鳴り響き、ダメージ・コントロール・チームが被雷箇所に急行した。隔壁が即座に閉ざされ、艦底部の乗員が決死の形相を浮かべながら逃げ回る。


 ダメージ・コントロール・チームの適切な対処によって何とか「ワシントン」の損害拡大は最小限のものに留まり、この「ワシントン」の被雷を最後に新たな雷跡は確認されなくなった。


 各所から被害報告が入る。


 ジュディ、ヴァルによる投弾の被害としては艦首の非装甲部、第10高角砲、第11高角砲、第33機銃座、対空レーダーの損傷。潜水艦から放たれた魚雷命中による被害としては右舷側に2つ、左舷側に1つの大穴が穿たれ、浸水4000トン以上。


 以上が「ワシントン」が被った被害の全てであった。


「厳しいな」


 ベンソンは呟いた。「ワシントン」は既にかなりの損害を被っており、現在位置はデュブロン島からほど近い海域である。日本軍の空襲はまだ反復されることが予想され、「ワシントン」がこれを凌ぎきれるかは怪しい所であった。


 ブラウン中佐からは「出し得る速力16ノット」との報告が上がり、ベンソンは徐々にイライラしてきた。この艦砲射撃には4隻の新鋭戦艦が投入されていたが、これらをいたずらに分割したのは第5艦隊司令部の明らかな失策だと思った。


 だが、今はそんな事を言っても仕方が無く、ベンソンは艦の全部署に対空戦闘配置の継続を命じたのだった。



 天山、97艦攻で編成された夜間攻撃隊の第2波は、潜水艦の雷撃終了と入れ替わるようにして戦場に到着した。


 指揮官機からは全機戦艦を狙うように命令が飛び、第114飛行戦隊に所属する第4小隊長尾張和広中尉は、操縦員の今宮武蔵上等飛行兵曹に突撃隊形を作るように命じた。


 尾張は敵戦艦の姿を見据えた。艦上、艦底部数カ所から黒煙が噴き上がっており、魚雷の投下ポイントは限られているように感じた。


 今宮が指揮官機に追随するように機体を海面付近にまで降下させ、突撃を開始する。


 艦攻隊の周囲で爆煙が躍るが、その迫力は昼間の航空戦で感じたほどではなかった。さしもの米海軍も、敵部隊の支柱である戦艦が手負いの状況下では対空砲火も精細を欠いてしまうのだろう。


「好機だ! 今宮!」


「はいっ!」


 尾張は今宮に発破をかけ、天山が駆逐艦の真横をすり抜けた。前方から飛んできた火箭が今度は後方から追いすがってくるが、天山の機体が致命傷を受けることはなく、転舵を開始した敵戦艦の姿が視界一杯に映り込んだ。


 前を行く指揮官機が艦攻全機を誘導し、第114飛行戦隊の艦攻は敵戦艦の左舷側から距離を詰めてゆく。恐らく、反対の右舷側からは第113飛行戦隊の艦攻が距離を詰めており、左右挟撃の形となっているのだろう。


 やがて、先頭を行く指揮官機から順番に投雷してゆき、尾張は掛け声と共に魚雷の投下索を引いた。重量物を切り離した反動で天山の機体が浮き上がったが、そこはベテランの今宮の操縦によって即座に修正された。


 尾張機が輪形陣の外郭から脱出し、高度2000メートルにまで上昇したところでそれは起こった。


 敵戦艦の左舷側に2本、右舷側にも2本の水柱が奔騰したのだ。第113飛行戦隊も第114飛行戦隊も昼間の出撃によって数を減らしているという悪条件下であったが、それでもしっかりと結果を残すことに成功したのだ。


 敵戦艦は動きを止めており、火災炎がその惨状を照らし出している。


「決まりましたね」


「ああ」


 今宮が満足そうな声で呟き、尾張も気持ちは一緒だった。元から手負いの状態で更に敵戦艦は4本もの魚雷を喰らったのだ。米海軍の新鋭戦艦の防御力が卓越していることは周知の事実であったが、これでは沈没を避ける事が出来ないだろう。


 尾張は今宮に冬島の基地に帰投するように命じたのだった。









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超空母「大和」「武蔵」「信濃」奮戦録 霊凰 @reioudaisyougun

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