第34話 トラックの業火 怒りの鉄槌

1944年2月15日


 潜水艦の雷撃によって魚雷2本を受けた「ワシントン」の受難はまだ終わらなかった。彗星、99艦爆で編成された夜間攻撃隊の第1波がこの機を好機と言わんばかりに襲い掛かってきたのだ。


「夏島の災厄をそのまま貴様に返してやるよ」


 攻撃隊の指揮官を務める第111飛行戦隊長鹿島庄一少佐は、被雷した戦艦1隻、巡洋艦2隻、駆逐艦10隻前後からなる敵部隊と、艦砲射撃によって大いに炎上している夏島の惨状を交互に見つめながら呟いた。


 第111飛行戦隊の出撃は本日で2回目となる。昼間の敵「丁」部隊による航空攻撃によって第111飛行戦隊の戦力は半数以下に撃ち減らされていたが、それでも艦爆搭乗員達の戦意は夏島の炎上を見て最高潮に達しようとしていた。


 敵部隊の動きに変化が生じた。戦艦、巡洋艦が艦砲射撃を打ち切り、一斉に進路を変更した。駆逐艦は被雷した戦艦を囲むように展開し、夏島から徐々に遠ざかりつつあった。


 敵部隊が夏島から離れるまでに戦艦を仕留めるのが賢明だな――そう思った鹿島は攻撃開始を命じた。


「敵発見。各隊突撃隊形を形成せよ」


「第111飛行戦隊目標戦艦、第112飛行戦隊目標巡洋艦、駆逐艦」


 鹿島は、偵察員の三村慎之助中尉に打電を命じた。突撃の順番は第112飛行戦隊、第111飛行戦隊の順であり、鹿島機の真横を第112飛行戦隊の隊長機が通り過ぎていった。


 艦爆隊が広く散開する。昼間の航空戦の戦訓として取り入れられた戦法であり、対空砲火の被弾率を下げる事が目的であった。


 第112飛行戦隊の彗星隊、99艦爆隊が次々に機体を翻し、目標に定めた巡洋艦、駆逐艦目がけて急降下を開始した。


 彗星に装備されている熱田32型エンジン、99艦爆に装備されている金星54型エンジンが高らかに咆哮する様は、中部太平洋の要衝であるトラック環礁を侵した敵部隊に対する怒りの叫びであるかのようだった。


 巡洋艦、駆逐艦が高角砲を撃ち上げる。飛翔音が次第に増幅し艦爆隊に迫り、夜間にも関わらずその狙いは正確そのものであった。


 爆煙が湧きだし、飛び散った多数の弾片が彗星、99艦爆に纏わり付く。エンジンその他の部位を傷つけられた彗星、99艦爆が1機、2機と火を噴き、墜落してゆく。


 距離が詰まるにつれ、高角砲の砲撃に機銃の射撃が加わった。おびただしい数の火箭が天地逆さの勢いで突き上がり、コックピットを粉砕された彗星は搭乗員を即座に殺され、火を噴く事なく墜落してゆく。


 胴体後部に被弾した99艦爆は油圧系統を傷つけられ操縦不能となり、これまたゆっくりとコマのように回転しながら墜落していった。


 だが、全ての彗星、99艦爆が撃墜されることはなく、少なくない機数が巡洋艦、駆逐艦への投弾に成功した。


 まず、巡洋艦「ニューオーリンズ」に500キロ爆弾1発、250キロ爆弾2発が相次いで命中した。「ニューオーリンズ」の中央部で爆発光が生じ、黒煙が湧き出す。この一撃でニューオーリンズ級重巡の特徴とも言える2基の煙突は叩き潰され、行き場を失った排煙が艦内に逆流してきた。


 艦内十数カ所で同時多発的に怒号が飛び交い、逃げ遅れて一酸化中毒に陥った乗員が次々にその場で意識を失い、倒れてゆく。いつしか「ニューオーリンズ」から放たれる対空砲火は沈黙しており、その速力も大幅に鈍っていた。


 続けて、駆逐艦「フート」も被弾した。右舷側に直撃した1発は、そこにあった12.7センチ高角砲を根元からもぎ取り、近くの機銃座にまで損傷をもたらした。「フート」は海面下からも大きく揺さぶられた。至近弾炸裂の衝撃によって「フート」の艦底部数カ所から浸水が始まり、艦体は大きく右舷側に傾いた。


 第112飛行戦隊の艦爆隊は巡洋艦1隻、駆逐艦3隻に直撃弾を与え、鹿島には発生した対空砲火の空白地点がはっきりと見えていた。


 輪形陣の内部に彗星を突入させた鹿島は機首を戦艦に向け、急降下を開始する。戦艦が全方位に弾幕を張り、その中を彗星が真一文字で突進する。


「3000メートル! 2800メートル! 2600メートル!」


 狂騒の中、三村が大音声で高度計を読み上げる。その数字が小さくなるにつれて戦艦の姿が加速度的に大きくなり、鹿島は彗星が高度400メートルまで降下したところで投下索を引いた。


 同時に操縦桿を引き、彗星の機体が降下から上昇に転じた。


 彗星を追うようにし火箭が追いすがるが、鹿島は機体を被弾させることなく対空砲火の射程外へと脱出した。


 他の艦爆も投弾を完了し、戦艦を最初に捉えたのは他ならぬ鹿島機から投下された500キログラム爆弾であった。この一撃は見事に戦艦の艦首の非装甲部に痛烈なダメージを与えており、その後も4発が戦艦を捉えた。


 戦艦の艦首から中央部にかけて火災炎が燃え広がり、それを確認した鹿島は艦爆隊が本日2度目の確かな仕事をしたことを確信し、三村に以下のように打電を命じたのだった。


「攻撃成功。戦艦1隻、巡洋艦1隻、駆逐艦3隻に直撃弾。火災煙を確認。反復攻撃の必要あり」



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