第33話 トラックの業火 海面下の刺客
1944年2月15日
1
「ノースカロライナ」が後退を開始した頃、春島(モエン島)の南方に位置する夏島(デュブロン島)付近の海面下で、10隻以上の日本海軍の潜水艦が、水面に潜望鏡を突き出した状態で待機していた。
待つこと2時間、各潜水艦の潜望鏡には敵駆逐艦の姿が映り込んでいた。
「本当に来たな。司令部の連中は半信半疑といった感じであったが」
伊号第19号潜水艦艦長木梨鷹一少佐は、潜望鏡越しに見えた駆逐艦の姿を確認し呟いた。
伊号第19号潜水艦は1942年中旬に空母「ワスプ」を撃沈した殊勲艦であり、今は中部太平洋で潜水艦狩りに従事していた。ところが、米艦隊のトラック侵攻が決定的に成るやいなや、伊19はトラック防衛を担当する第3潜水隊に配属される運びとなった。
その第3潜水隊の司令部は、第11航艦司令部の要請に基づき、トラックの各飛行場に艦砲射撃を仕掛けんとする敵戦艦を撃沈することを膝下潜水艦全艦に命じていた。
「見えたぞ! 本命だ!」
木梨は叫んだ。最初に発見した駆逐艦の他にも3隻の駆逐艦が航行しており、その奥に1隻の戦艦が航行しているのを木梨は発見したのだ。
(さて、どうしたものか)
木梨は潜望鏡を回しながら思考を巡らした。戦艦を発見したのは良かったが、その戦艦を囲うようにして巡洋艦2隻、駆逐艦9隻が配置されていたのだ。明らかに潜水艦の出現を念頭に置いた陣形であり、このままでは戦艦に雷撃を見舞う事は出来なかった。
「水雷長より艦長。一度この部隊は見逃してはどうでしょうか?」
「何っ!?」
伊19の水雷長を務める小野田茂大尉からの具申に木梨は耳を疑った。伊19の任務はトラックに対する艦砲射撃を阻止することであり、小野田の言っていることはそれを放棄するに等しかった。
「そんなことをすれば、夏島の航空部隊が壊滅してしまうではないか!!!」
「大丈夫です。確かに基地は壊滅しますが、それが戦艦1隻と引き換えなら安いものです。今すぐ全艦にその旨知らせるべきです」
思わず大声を発した木梨に対し、小野田は冷静そのものであった。小野田の提案は戦艦が艦砲射撃に夢中になっている間に雷撃を仕掛けるというものであり、木梨もよくよく考えてみると小野田の意見が至極現実的であるように感じられた。
それで行こう――意を決した木梨は通信長の髙橋弘幸少尉を呼び出した。第3潜水隊司令部から木梨は現場の指揮を一任されており、何の問題もなかった。
「全艦宛て打電せよ。『雷撃の時期は今に非ず。時期は追って知らせる』」
「11航艦司令部宛て打電せよ。『夏島に展開している航空部隊は退避されたし』」
程なくして、木梨は髙橋に2つの電文を打電するように命じたのだった。
2
戦艦「ワシントン」、重巡「ニューオーリンズ」、軽巡「バーミングハム」は砲撃目標のデュブロン島を捉えていた。
「第1砲撃目標滑走路、第2砲撃目標付帯設備、第3砲撃目標陸軍陣地」
「ワシントン」の艦橋で、ハワード・H・J・ベンソン艦長は砲撃開始を命じた。基準排水量35000トンを誇る巨体がゆっくりと転舵し、主砲塔がゆっくりと旋回する。
「大丈夫ですかね? 不審な電波が確認されているとの事ですが・・・」
「確かに海面下に潜水艦が潜んでいるかもしれないが、その対策として駆逐艦全艦に対潜警戒を命じている。それで十分だろう」
「ワシントン」航海長ウィリアム・D・ブラウン中佐がベンソンに話しかけてきた。ベンソンは潜水艦対策を十分に取ったつもりであったが、ブラウンはそれでもまだ不安といった感じであった。
「日本海軍の潜水艦乗りはドイツ海軍のそれに負けず劣らず勇敢です。駆逐艦を対潜警戒に回しているといっても、やはり・・・」
「だが、現実問題としてこれ以上の対策は取りようがない。今は任務に集中すべきだ」
ベンソンは、切れ味の悪いブラウンの発言を遮った。「ワシントン」の砲撃準備が完了し、次の瞬間、前甲板に閃光が走った。
「ワシントン」の第1射は、夏島の第1飛行場のど真ん中に落下した。滑走路に真っ赤な閃光が走り、大量のコンクリートが爆風に乗って噴き上げられた。
この一撃で夏島の第1飛行場はあっさりと使用不能となり、続く第2射は整備待ちの零戦が格納されていた掩体壕に直撃した。
掩体壕はトラック決戦に前だって500キロクラスの爆弾に耐えうる位には強化されていたが、その掩体壕も40センチ砲弾の直撃には到底耐える事が出来なかった。
その後も第3射、第4射、第5射が次々に着弾し、重巡「ニューオーリンズ」、軽巡「バーミングハム」から放たれる8インチ砲弾、5インチ砲弾も目標を粉砕してゆく。
このまま、任務を達成することをベンソンは疑っていなかったが・・・
「魚雷音探知!」
「――!!!」
突如として魚雷接近の報告が艦橋に上げられた。それを聞いた航海長のブラウンがベンソンが命じる前に転舵を命じた。これは越権行為に当たるが、危急の状況の今ではナイスな判断であった。
だが、「ワシントン」は直ぐには転舵せず、右舷前方から突き進んできた白い航跡が2本、「ワシントン」の下腹に吸い込まれた。
2条の火柱が突き上がり、「ワシントン」は凄まじい衝撃に包まれたのだった。
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