第32話 トラックの業火 異形の激突

1944年2月15日


 飛行第5戦隊の屠龍が攻撃を仕掛けたのは、戦艦「ノースカロライナ」を基幹とする戦艦1隻、駆逐艦9隻で構成された部隊であった。


屠龍ニック右舷側より来ます! 10機以上!」


「ニック左舷側より来ます! 同じく10機以上!」


「ニックだと? B17、B24を相手取っているとかいう機体ではなかったか!?」


 オーラフ・M・ハストベット艦長は飛び込んだ見張り員の報告に対し、素っ頓狂な叫び声を上げた。ハストベットはアナポリス卒業時から水上艦艇一筋でやってきた士官であり、航空機事情には疎かったが、それでもニックが対艦攻撃に向かない機体ということくらいは把握していた。


 ハストベットは双眼鏡を用いて上空を見た。夜間のためはっきりと確認することは出来なかったが、それでも20機程度の敵機が部隊に近づいてきているようであった。


 ハストベットは砲術長に対空射撃の開始を命令しようとしたが、ニック1番機の動きに異変が生じたのはその瞬間であった。


 ハストベットはてっきりニックは全機「ノースカロライナ」に襲い掛かってくるものとばかり考えていたが、ニックの大多数は機首を「ノースカロライナ」の周りを航行している駆逐艦に向けつつあった。


「不味い!」


 艦橋にいた幹部乗員の一人が叫んだ。


「どうした!?」


「ニックの胴体上部または胴体下部には推定40ミリクラスの機関砲が装備されています! ニックの目的はそれを用いて駆逐艦にダメージを与えることです!」


 その幹部はニックの目的を見破り、ハストベットに報告した。それを聞いたハストベットは即座に部隊に所属する駆逐艦全艦に対空射撃を開始するように命じた。


 フレッチャー級駆逐艦の「アンソニー」が、「ワズワース」が、「ウォーカー」が艦上を真っ赤に染め対空砲火を撃ち上げる。ニックが1機、2機と火を噴いて墜落してゆき、勢いづいた対空砲火が更に盛んになる。


 だが、ニックを全機撃墜することは出来ず、最初にニックから放たれた射弾に襲われたのは「ワズワース」だった。


 めくるめく閃光が「ワズワース」の前甲板に走り、何かが破壊された破壊音と轟音が「ノースカロライナ」にまで聞こえてきた。


 ハストベットが「ワズワース」に双眼鏡を向けてみると、「ワズワース」の第1主砲塔の根元辺りが焼けただれ、切り刻まれている様が確認できた。ニックから放たれた射弾はあろう事か駆逐艦の主砲塔1基に痛烈な一撃を与えたのだ。


 その「ワズワース」に新たなニックが襲い掛かる。そのニックは右翼から黒煙を噴き出しており、ハストベットの目から見ても今にも墜落しそうであったが、それでもニックは「ワズワース」との距離を詰めつつあった。


 「ワズワース」の艦上数カ所に閃光が閃き、ニックの機体を搦め捕った。そのニックは右翼、そして左翼が立て続けにもぎ取られ、誰もがそのニックの撃墜を確信するには十分な状態となっていた。


 だが、驚愕の出来事が起こった。両翼を失い、空気抵抗が少なくなったことでニックの機体は急加速を開始し、そのまま「ワズワース」の艦上に滑り込むように激突したのだ。


 ニックの重量は推定5トンを優に超えており、フレッチャー級駆逐艦の紙装甲はこのパイロットの命をエネルギーとした痛烈な一撃に耐えることは出来なかった。


 ニックの胴体は「ワズワース」の艦内に突入し、そこで機関砲に搭載されていた機関砲弾が一斉に誘爆した。誘爆の衝撃によってニックの残骸が四方八方に飛び散り、「ワズワース」は内部から急速に破壊されつつあった。


 そしてこの時、「ワズワース」以外にも3隻の駆逐艦がニックの攻撃を受けており、その3隻は「ワズワース」程ではないにしても何らかの損害を被っていた。


 駆逐艦の半数近くにダメージを与えたと判断したニックが1機、また1機と攻撃目標を「ノースカロライナ」に切り替えてきた。


「ランプマン、射撃開始!」


「アイアイサー! 射撃開始!」


 ハストベットは、「ノースカロライナ」砲術長リーランド・R・ランプマン中佐に下令した。「ノースカロライナ」に装備されている5インチ高角砲20門、28ミリ対空機銃60門が火を噴き、ニックの周りで立て続けに爆煙が躍る。


 吐き出される火箭が3機のニックを叩き落とし、艦上から歓声が上がる。


「『ブラウンソン』被弾!」


 「ノースカロライナ」が対空射撃を行っている間にも更に1隻の駆逐艦が被弾した。「ブラウンソン」は艦橋に集中的に被弾しており、艦長以下の幹部乗員の大半が射殺されていた。


「ニック急接近!」


「伏せろ!」


 「ノースカロライナ」の対空砲火をくぐり抜けたニックの下腹に閃光が走り、ハストベットは反射的にそう命じた。全員が同時にかがみ、ハストベットも床に這いつくばるように伏せた。


 何かが被弾したのだろう、破壊音が聞こえてきた。その破壊音は先に「ワズワース」が被弾したときのそれよりも小さいものであったが、ハストベットは妙な胸騒ぎがした。


「被害報告!」


 ハストベットは即座に被害報告を求め、結果は案の定であった。この時、「ノースカロライナ」は夜間射撃の命とも言えるレーダーアンテナをピンポイントで破壊されてしまっており、キングフィッシャーもあらかた失ったこの状況下では、トラックに対する艦砲射撃は不可能であった。


「『ノースカロライナ』と被弾した駆逐艦4隻は他部隊と合流する。損傷の激しい『ワズワース』は雷撃処分。残りの駆逐艦4隻はモエン島(春島)を目指せ!」


 ハストベットは断を下し、一先ず「ノースカロライナ」は後退したのだった。

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