第5章 トラック沖海戦第3幕 トラックの業火

第31話 トラックの業火 狂乱の空

1944年2月15日



「搭乗員整列!」


 月曜島の南飛行場に飛行長の声が響いた。清藤龍虎飛曹長は「戦艦がトラックに艦砲射撃を仕掛けに来たかな?」と思いながら整列し、飛行長の話を聞き入った。


「戦艦4隻を基幹とする敵艦隊がトラック東方より接近してきている。我が飛行第5戦隊は他の航空隊と共同してこれを撃滅する」


 搭乗員達がざわついた。龍虎のように戦艦の艦砲射撃を想定していたのは少数派のようであり、大多数は完全に寝耳に水といった感じであった。


 飛行長の話が終わり、龍虎は愛機の屠龍に向けて走った。偵察員の牧原都1飛曹の姿が見え、2人はほぼ同時に屠龍に飛び乗った。


 屠龍のエンジンであるハ102が暖機運転を開始し、龍虎は牧原に駆逐艦を優先的に狙う方針を伝えた。


「出せ!」


 エンジンの鼓動が十分に高まった事を確認した龍虎は整備員に屠龍を出すように言った。整備員が旗を振り、屠龍が滑走を開始する。


 機体が見る見る内に加速し、前脚から大地の感触が無くなった。高度計の針が回り、視界一杯に龍虎好みの夜空が現れる。


(さて、どうしたものか・・・)


 龍虎は早くも頭の中で戦略を組み立て始めた。屠龍が装備している火器の中で最大の火力を誇るのは言うまでも無く胴体下部の37ミリ斜め機銃なのだが、これを持ってしても、40センチ砲搭載艦の分厚い装甲など貫ける道理は無かった。


 ならば選択肢は自ずと2つに絞られる。


 1つ、戦艦の中で最も防御力が貧弱かつ夜間砲撃には重要な箇所――レーダーアンテナをピンポイントで攻撃し、戦艦の射撃精度を著しく喪失させる。


 2つ、戦艦を攻撃するのをそもそも諦め、戦艦に随伴しているだろう駆逐艦に攻撃を仕掛ける。


「駆逐艦だな・・・」


 龍虎は2つの選択肢を思案した結果、2つめの選択肢を選択した。機会があれば戦艦のレーダーアンテナも攻撃したいが、この夜間に戦艦のレーダーアンテナをピンポイントで破壊するというのは余りに難易度が高すぎるように感じた。


 屠龍は高度3000メートルを保ち、トラックの東方に進路を取った。今回の出撃には屠龍が20機以上出てきているはずであったが、夜間に龍虎の肉眼で発見できる距離に他の屠龍はいなかった。


「清藤飛曹長! 右下方に爆発光!」


「ん?」


 牧原の声が伝声管越しに聞こえてきた。何事かと思った龍虎が右下方を見てみると、確かに爆発光とおぼしき閃光が確認できた。


「・・・成程な」


 数秒後、龍虎は事情を理解した。最初は他の屠龍が戦艦から放たれた対空砲火か、敵の夜間戦闘機によって撃墜されたのかと思った。しかし、これは恐らく戦艦に搭載されている弾着観測機が撃墜されたのだろうと思い直した。


 米海軍は現在、弾着観測用の機体として「キングフィッシャー」という機体を用いている。この機体は普段屠龍が相手取っているB17、B24といった機体と比較して遙かに与しやすく、龍虎には思いつかなかったが、ここに目を付けた屠龍のパイロットがいたのだろう。


「他人の良い考えはそのままパクるに尽きる」


 龍虎は唇を釣り上げ、闇夜におぼろげに浮かび上がっている排気炎に向かって突撃を仕掛けた。キングフィッシャーのパイロットは危険度が高いことを承知でトラック上空に乗り込もうとしている勇者と言えたが、そのような勇者だからこそ逃がすわけにはいかなかった。


 キングフィッシャーの機首の向きが変わった。屠龍の突撃を躱すことに徹しているようであり、龍虎は射撃のタイミングをずらされた。


 機体を旋回させ、龍虎はキングフィッシャーとの距離を再び詰めた。今度はタイミングも完璧であり、龍虎は発射把柄を握った。


 12.7ミリ機関砲の砲口が真っ赤に染まり、赤い曳痕がキングフィッシャーに突き刺さった。何か細長いものが引きちぎれ、キングフィッシャーは力尽きたように墜落していった。


 他の場所でも断続的に爆発光が閃く。1人の閃きが部隊全体へと伝播し、キングフィッシャーが次々に撃墜されているのだろう。


 清藤は新たなキングフィッシャーを見つけた。そのキングフィッシャーは屠龍の攻撃を回避すべく低空へと避難しつつあった。


 龍虎は操縦桿を前に倒し、屠龍の機首が海面を向いた。夜闇での降下はともすれば海面という無限の漆黒に吸い込まれる感覚に陥る。だが、龍虎は操縦桿を慎重に動かし、屠龍が海面に激突、四散するといった事態は起こらなかった。


 高度400メートルで機体を水平に戻した龍虎はキングフィッシャーを追撃する。このキングフィッシャーはベテランが操縦しているのか知らないが、夜闇へと姿をくらますのが異常に上手かった。


「なにくそ!」


 龍虎は叫び、屠龍の機体を更にキングフィッシャーへと接近させた。キングフィッシャーの後部座席に座っているアメリカ人が見えるのではないかという程であり、龍虎はキングフィッシャーを追い抜くタイミングで37ミリ斜め機銃の発射把柄を握った。


 12.7ミリのそれより遙かに太く、逞しい火箭がキングフィッシャーに命中し、キングフィッシャーは胴体3分の1が折れ曲がった状態で海面に叩きつけられた。


「あれか!」


 2機のキングフィッシャーを撃墜した龍虎は機体を上昇させ、海面を疾走する長大な艦体を持つ新鋭戦艦を発見したのはその直後であった。


 無線電話機のレシーバーに「敵部隊発見。全軍突撃せよ」の命令が飛び込み、20機以上の屠龍は一斉にエンジン・スロットルをフルに開いたのだった。


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霊凰より








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