第30話 守りの1日目 昼戦から夜戦へ

1944年2月15日



 トラックに対する空襲は10回に渡り繰り返され、最後の敵機がトラック上空から去ったのは、現地時間17時15分の事であった。


 トラックには春島、夏島、秋島、冬島、月曜島、火曜島に計10カ所の飛行場が存在していたが、半数に当たる5カ所から黒煙が噴き上がっている。


 春島の第1飛行場の損害は特に激しい。数十発の爆弾が滑走路、格納庫、兵舎、掩体壕、機銃座、司令部棟に命中し、そのことごとくが破壊されつくしている。特に同飛行場に着陸していた零戦44機、彩雲1機、鍾馗1機、飛燕1機が使用不能になったのは大きな痛手であった。


 残りの4カ所の損害は春島の第1飛行場程ではなかったが、それでも修復に丸2日はかかりそうであった。


 第11航空艦隊司令長官草鹿任一中将は、夏島に置かれている司令部において、幕僚達と共に戦果と損害状況の把握に努めていた。


「まず、戦果は・・・」


「戦果よりも損害と残存兵力を先に教えてくれ。今はそっちの方が重要だ」


 田宮京弥首席参謀が報告を始めようとしたが、それを草鹿は即座に遮った。田宮はまとめられた書類のページをめくり損害報告を開始した。


「まず、飛行場の損害は春島第1飛行場、夏島第2飛行場、冬島飛行場、月曜島北飛行場、火曜島北飛行場が使用不能。米軍はこの5カ所に攻撃を集中させたようであり、他の5カ所の飛行場は無傷で残っています」


「海軍の残存機は零戦199機、彗星20機、天山35機、99艦爆39機、97艦攻33機となっています。陸軍の鍾馗、飛燕、疾風の残存機に関してはまだ陸軍の方から報告が上がってきていません」


「港の方はどうなっている! 第8次空襲、第9次空襲で一部の敵機が軍港内の艦に攻撃を加えたのと報告があったが!」


「トラックに配属されていた4個駆逐隊に関しては、空戦開始前に空襲圏外(トラック西方)に避難させていたので損害はありません。環礁内で対潜警戒に当たっていた海防艦、哨戒艇は沈没15隻以上との事です」


「成程な・・・」


 草鹿は小さく呟き、田宮は戦果報告に移った。


「まず、10次に渡る迎撃戦によってF6F101機、ヘルダイバー93機、アベンジャー50機撃墜、F6F77機、ヘルダイバー44機、アベンジャー21機撃破の戦果が挙がっています」


「そして肝心の攻撃隊は敵『丁』部隊を集中攻撃し、正規空母1隻、小型空母1隻、駆逐艦4隻撃沈。巡洋艦2隻、駆逐艦5隻撃破の損害を挙げています」


「成程分かった」


 草鹿は報告された損害を元に、トラックがあと何日持ちこたえられるかを考えた。恐らく残り1日乃至は1日半が限界であると草鹿は結論づけた。


「残り1日の間に機動部隊が来てくれないと苦しいですな・・・」


 参謀長の富岡定俊少将も草鹿とほぼ同じ結論に至ったのだろう、苦しそうに呟いた。


「機動部隊はちゃんとタウィタウィ泊地の出撃したのだろうな?」


 草鹿が質問をぶつけたが、これに答えることの出来る幕僚はいなかった。第2、第3、第4艦隊は現在厳重な無線封止を実施しており、誰もその現在位置を把握することが出来ないのだ。


「司令官。我々は明日以降の事を考える前に、の事を考える必要があると考えます」


 ここで発言したのは楠木亮太少佐だった。この参謀はまだ11航艦に配属されて日が浅かったが、その見識の深さに草鹿も一目置いている人物であった。


「楠木少佐。敵機動部隊の艦載機が夜間攻撃を仕掛けてくるというのかね?」


「小官が警戒しているのは敵水上部隊の夜間艦砲射撃です。敵機動部隊に7隻の新鋭戦艦が随伴している以上、米軍がこれらの艦を用いてトラックの残存飛行場に艦砲射撃を仕掛けてくる可能性は十分に考えられます」


 楠木の指摘に司令部内は騒然となった。トラックに配属されている艦艇で戦闘に使用出来そうなのは、先に西方に避難した4個駆逐隊と現在使用可能な艦爆、艦攻100機余りといった所であり、これでは多数の新鋭戦艦を阻止することなど不可能であった。


「機動部隊の護衛に2~3隻の戦艦は残すとしてトラックにやってくるのは4~5隻。これを阻止するためには陸軍の協力が不可欠です。司令官、月曜島の陸軍第3航空軍司令部に話を通しておく事を進言します」


「それが最良の選択のようだな」


 楠木の進言に満足した草鹿は、迷わず受話器を握りしめたのだった。



 同じ頃、楠木の予想通り米海軍第5艦隊司令部では、新鋭戦艦を用いてのトラック攻撃が決定されており、以下の艦艇が参加することになった。


TF38.8(臨時創設部隊)

戦艦「ノースカロライナ」「ワシントン」「インディアナ」「アイオワ」

重巡「ニューオーリンズ」「サンフランシスコ」

軽巡「バーミングハム」「クリーブランド」

駆逐艦36隻


 トラック環礁に戦艦、巡洋艦といった有力艦艇は存在しないことを第5艦隊司令部は把握しており、第5艦隊司令長官レイモンド・A・スプルーアンス大将はトラックの全飛行場の壊滅を確信していた。


 だが・・・


 だが・・・


 この夜戦の推移は混迷を極め、後に歴史書に「トラックの業火」と記されることとなる凄惨な戦いが幕を開けるのだった・・・



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