おそらく逆鱗にふれた

尾八原ジュージ

友人の話

 友人が引っ越しをした。新居は東京23区内で私鉄の駅から徒歩十分以内、築浅のロフト付き1DKで、家賃はなんと驚きの三万円台だという。

 それ普通の部屋じゃないだろというと、案の定彼はニヤニヤと笑った。

「俺さぁ、入居するときに『絶対ロフトで寝るな』って言われたんだよ。管理会社に」

 で、さっそくロフトに布団を持ち込んだという。

「お前、人の話聞いてた?」

「いや、そう言われたら逆にやるしかないと思って……」

「即やるなよ。で、なんかあった?」

「あった。寝てたら手首が出た」

 友人はチョキを逆さにして、人差し指と中指で歩くような仕草をしてみせる。

「手首ぃ?」

「さすがにこんなコミカルな感じじゃねえけどな。でもマジで動くっていうか、歩くんだよ。その手首」

 ホラーコメディ映画『アダムス・ファミリー』のキャラクターを思わせるようなそれは、見た感じ女の右手だという。ほっそりとした指に桜色のマニキュア、薬指には華奢な指輪をつけているのだそうだ。

 友人には失礼かもしれないが、むさくるしい男の一人住まいにはおよそ不釣り合いな幽霊に思える。もっとも当人はそんなことは気にしていないらしく、

「見つけたら追いかけるようにしている」

 とのこと。

「何それ」

「だって追いかけると逃げて面白いんだもん。こーやって指立てて、パーってさ」

 まさに『アダムス・ファミリー』である。

「元々結構すばしこかったんだけど、追いかけてたらちょっと速くなったぞ。こないだなんか俺の手があいつにちょっと触ってさ。そしたらもう逃げるのなんの、最速記録よ」

「何やってんだよマジで」

 幽霊の手は、冷えたこんにゃくのような手触りだったという。


 このように異様な図太さと変態性を発揮していた友人の訃報が飛び込んできたのは、それからふた月ほど後のことだった。

 自宅アパートのロフトで亡くなっていたらしい。死因は窒息死。

 遺族によれば、喉の内部に爪で掻きむしったような傷がびっしりとついていたという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おそらく逆鱗にふれた 尾八原ジュージ @zi-yon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説