第31話 こんなことで、幸せになれるんだね。

 通い慣れた通学路。変わりのない春の風。

 クリーニングから戻ってきた制服は少しだけ固く、いつもより動きにくさを覚える。いや、実際少しだけ緊張しているのかもしれない。


「あ、おはよう」


「うわ、おはよう」


「……おはよう」


 桜は満開を超えて、はらはらと散った花びらが校門前を淡く彩っている。校門前でちょうど二人の少女が片やにこやかに、片や嫌そうに挨拶してきた。


「っていうか、なんか遅くない?」


「うん、わたし達と同じ時間に登校するの珍しい……というか初めてかも? そんな日もあるんだね」


「校門前で立ち話をするな。邪魔になる」


「あーはいはい。三メートルは離れろよ、お前と一緒に登校してきたとか思われたくないし」


「そのあたりを気にするの、もう色々と手遅れな気がするなぁ……」


 金髪の少女は近寄るなとばかりに大袈裟に手を振り回し、黒髪の少女はやや呆れ顔でさっさと校門を通って先に歩き出す。

 心地よい風に乗った花びらが、先を歩く二人の少女の間を舞う。


「クラス分け、離れてたらどうしよう」


「休み時間に会いに行くよ。でもやっぱり一緒がいいよね。最後の一年だし」


「あ~~……やだなぁ、将来の事なんてなんも考えられないよ」


「お嫁さん、お嫁さん」


「ちょっと! もう!」


 高校三年生。

 ある者は進学し、ある者は就職し、人生の大きな分岐点であり、将来の選択を迫られる最後の一年。


「ねぇ、君は?」


「僕は、――――」


 春のような柔らかい笑顔を向けられて、言葉は止まる。

 答えは思いつかない。続く言葉も見つからない。

 それでも、薄桃色に彩られた道は、続いているから。きっと、どこにでも行けるはずだ。

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