第30話 どうにもならないのに、どうにもできない。×映画館
俺は映画を映画館で観るのが好きだ。
内臓まで響くような爆音の劇場も、香りや風、熱の感じる臨場感が味わえる劇場もいいが、視界いっぱいに広がる大画面は物語への没入感がたまらない。
だがしかし、映画館は公共の場だ。
同じように映画を楽しみに来たたくさんの客の中には、まぁ迷惑な客も紛れ込んでいたりする。同じ時間帯にかぶったら、それだけで台無しにされる場合もある。
「えー、マジで見るの? 俺こういうの無理なんだけど」
「どこでも付き合ってくれるって言ってたのあんたでしょ」
「はー、まじむり、最悪」
一組のカップルが俺の席に近いところで並んで座った。派手な格好しているカップルは声を抑えながら会話をしているが、劇場内は静かなため声が丸聞こえだ。男の方は乗り気ではなかったようでやたらと溜息が多い。
嫌な予感がしたが、何事もなく楽しめるように祈りながら上映時間を待つ。
子犬は、老父と共に幸せに暮らしていた。
枯れ木のような手が慈しむように柔らかな毛を撫でるたび、犬は幸せそうに目を輝かせた。
「はぁ……」
やがて老父は病魔に苛まれる。子犬に出来る事はなく、季節は過ぎていく。
「う……」
動かなくなった老父の傍らで尻尾を垂らしながら犬は寄り添っていると、老父を探し続けていたという孫の少年が訪れる。
少年の手によって老父は手厚く弔われ、孤独だった犬は少年と暮らし始める。
「う、ぅ…………」
やがて青年になり、成犬となった犬の生活に暗雲がかかる。
青年も、老父と同じ病魔に苛まれてしまった。
ドライスックの霊薬があれば病気を治せる。それを知った臆病な犬は、冒険の旅に出た。今度こそ、家族を助けるために。
……カップルの彼氏の方は、冒頭から霊薬探しの旅に出て、青年の元に帰るエンディングまでずっとうるさかった。
嗚咽と、鼻をすする音と、漏れる悲鳴。
彼女からもらったハンカチを噛み締めて必死にこらえようとしているのは伝わったが、全部聞こえた。
「だがらッ、無理だっで、言っだだろお! 俺、泣いでめじゃぐぢゃ、他の客に、うぐっめいわぐになるがらっでぇえ」
「でもこの映画観たかったんでしょ? どうだった?」
「よがっだぁあ」
ロビーでカップルがそんな会話をしていた。
マナーと配慮をしたカップルを迷惑とは思わなかった。
まぁ「ハンカチ噛んでれば大丈夫よ」という会話から、すぐそばのカップルがハンカチを噛みながら映画を観ていると知った俺は、なんか落ち着かなかったけれど。
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