第28話 王の帰還
天辺丸の頂からは『ツル』がよく見える。そこにオオツキと桔梗の墓がつくられた。
「ザオ王朝はまた攻めてくるのでしょうか。」ケイイチがオオツキの墓に聞いてみた。
「完全に殲滅したし、しばらくは来ないでしょう。」ヒロトが希望的にいったが、その確信はない。近く皇帝軍の報復が当然にあるとは考えている。
しかし、その時は神の軍が助けてくれるとは思っていない。というよりも次は神の軍で戦うことは出来ようもないと思っている。
「今回は死者が甦り助けてくれましたが、みな、天に昇っていきました。それに鏡も光っていません。」
ハルが胸から出した鏡を見て、やはり戦いは終わったと言った。
「もう二度とこの鏡は使いたくはありません。そのせいでオオツキさまは亡くなりました。私が余計なことを言わなければオオツキさまは死なずに・・・」ヒカリはまた泣きだしていた。
「いいえ。ヒカリさま。母はそれを自ら選んだのです。五国の未来を・・・そして私達の命を守ったのです。母は本望だったのです。」
セイラはもう泣いていない。むしろこれからのことが気になっていた。どう五つの国を再生していくか、そのことで頭がいっぱいになっているのだ。
「僕も絶対に鏡は使いたくない。誰も犠牲にしたくはない。」
再びケイイチがオオツキに墓に誓うと、みなも一様に頷いていた。
しばらくの間、それぞれの王や生き残った民達も大和国内に留まっていたが、いつまでも大和国に残ることはできないと考えていた。
なぜなら、国王は、それぞれの国の王なのであり、その民はみな自分の土地を持ち、自国の王を慕い、自国の王に従いたいと思うのであって、いつまでも大和国のなかで生きたいとは思っていない。
それぞれの王も、そして民達も、すぐにザオ王朝の報復があると心配していても、最後は自分の国でその時を迎えたいと考えるようになっていた。自分たちの先祖が眠る土地に、自分たちが生きてきた土地に帰りたいと思っているのである。それはどう生きたいかというのではない。むしろ最後をどう死にたいかという考え方かもしれない。
一番最初にその思いに至ったのはケイイチだった。天空殿広場に淡いピンクの花が咲き出した。ケイイチが奥に見える『ツル』を見ながらセイラに思いを伝えた。
「セイラ女王様、私は土国に帰ろうと思います。間もなく種を撒く時期となりました。今帰らないと、来年は食べるものも無くなります。」
「ケイイチ国王。ありがとうございました。・・・・でも、もし、・・・いいえ。ありがとうございました。」セイラは残ってほしかった。が、しかし、その気持ちを伝えることはしなかった。
「これからも、五つの国は同盟国です。何かあれば必ず駆け付けます。」この言葉もケイイチの本心である。
セイラは、すべての民に残ってほしかった。心細かったのである。母を亡くし、自分が大和国女王となった今、これからどうしていけばいいのかが全く分からないのである。しかし、ケイイチや土国の民の気持ちも理解していたからこそ、その思いを飲み込んだ。翌日、土国の民はみな北へと帰っていった。
ケイイチが土国へ帰った翌日、山国女王ハルもセイラに最後の挨拶へ来た。
「セイラさま、このような時に国に帰ることをお許しください。オオツキ様にもお詫びしなければなりません。ごめんなさい・・・」ハルが悲しそうにオオツキを偲んだが、昨日とは違って、セイラの表情は想定外に明るい。
「いいえハルさま。お母さんは、どう生きるかを決めるのは自分なのだということを教えてくれました。お母さんの一生はうそ偽りのない真実です。最後まで自分の思うように生きて、最後に自分が選んだと言いました。本当に幸せな人生だったに違いありません。
そして、私たちも、どう生きるかを自ら選ばなければ意味がありません。お母さんはそれを望んでいたんだと、私もやっと分かったような気がします。」
そのセイラの言葉に、ハルも納得していた。ハル自身も、これからの国難にどう対応するかということも、自分で対処する覚悟が出来ているのである。
ハルはリュウとともに山国へ帰っていった。
ハルの帰国した理由は自国の再建とは別にもう一つあった。というよりこちらの問題がハルにとっては最優先だったかもしれない。それはリュウである。
ハルとリュウはお互いに命すら捧げ合えるという結婚を誓った仲である。しかし、父である王をエビルに殺されて以来、悲しみとともに復讐を第一義に生きてきた。ハルは、もう一度リュウと向き合いたいと考えていたのだ。
しかし、リュウの考えは違っていた。
「ハル、今、山国へ帰っても、また皇帝軍が攻めてきたら勝てない。五つの国がこの大和国に留まるべきです。どうかセイラ女王と話をしてください。」
リュウの言葉は全て正論である。
でもハルの心がそれを受け付けようとしない。
もちろん、ハルも理解しているのであるが、リュウの気持ちが自分から離れていっているのではと心配になったのかもしれない。
ハル自身もここに留まり、大和国とともに戦うべきだと父に言われているようで心が締め付けられている。しかし、ハルからすると苛立ちの原因を一度目の前から排除したかった。二人だけの静かな時を、もう一度、取り戻しかったのである。
ハル達が帰った翌日、レイもまた、海国へ帰っていった。
レイは、オオツキの言葉をそのまま理解したからであり、最後の瞬間をどう生きるかを決めたからに他ならない。そのまま大和国で留まることも考えたが、海とともに生きてきた民が、山で暮らすことが出来るはずもないと分かっていたからだ。
更にいうならば、自分自身が海国王宮のテラスから日々見た大好きな風景が懐かしく、忘れられないのである。例えそれが最後の日でも、あのテラスでずっと居たいと思ったのである。五つの国は今、それぞれの思いのもとに、それぞれの道を歩みはじめようとしていた。
神領の子 仲西千春 @nakanishiciharu
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