第27話 宿願
ウルフを乗せた船は、一路ザオ王朝に向けて、急いで帰っていた。これ以上にない疲労がウルフを襲い、船底にある皇帝の船室で死んだように眠っている。
どれほどの時を経たのか、ウルフは悪夢を見ていた。というより先ほどまで見た現実を、夢の中で再現しているのである。
しかし、夢の中の戦いはさっき見た現実と違う物語を進んでいた。ウルフは最後の最後、船に乗る直前に赤い亡霊達に捕まっているのであった。手も足も無数の亡霊達につかまれ、身動きが取れないのだ。
「・・ううう。助けてくれ。助けてくれ。あっちへ行け。・・・」必死にウルフは叫んだ。
夢の中にいながらも、わずかに海の音と船の中にいる揺れを感じている。ようやく悪い夢の中にいることに気づきだしていた。
「・・・そうだった。・・・これは夢だ。」
苦しさのなかに、やっと得た安全という温かさがウルフを包み込んでいる。ウルフは少しほっとして笑った。そして、起きようとした。が、全く体が動かない。夢の中同様に手も足も全く動かないのである。
「ん。・・・なんだ、これは!」
眠りから覚めたばかりで、照準が定まらず、部屋の中がぼやけている。場所は確かに船の中であり見慣れた場所である。
しかし、自分の手、足がそこから動けないようにロープで縛られている。足元には椅子に誰かが座り、こちらを見ているようであった。
「誰だ、お前は。」ウルフの野太い声が怒りとともに発せられた。
「俺だよ。」
赤黒い異様な顔が立ち上がった。エビルである。
「なぜだ。お前も生きていたのか。」
「俺が、あの中に行くわけない。遠い後ろから見させてもらったよ。しかし、まさかこうなるとは思ってもみなかった。」エビルは残念そうにウルフを見ていた。
「これは、どういうつもりだ。こんなことをしても船にいる兵がお前を殺すぞ。」
「くくくくく・・・。」
エビルは笑いを堪えている。ウルフは何が何だか理解できなかった。
「ウルフ。すでに船は俺の仲間が制圧している。船にお前の兵はもういない。」
そういうと、手に持っていた皇帝の剣を抜いた。
「大和国の剣、どれくらい切れるか試してみよう。」
かつてウルフが老人に言った言葉と全く同じ言葉を、いや、全く同じ声色で言った。
「ま、待て。どういうことだ。」
「ウルフ。俺がなぜ、こんな
「・・・・・・・・」
ウルフはエビルが言っていることが何を言いたいのかという検討もついていない。
「ウルフ。俺とお前は双子の兄弟なんだよ。本当は俺が皇帝だったかもな。」
ここまで聞いてもウルフは全く呑み込めないでいる。
「どういうことだ!?バカなことを言うな!」
「お前が生まれたすぐあと、おれはこの世に生まれた。が、その存在を隠された。この悔しさがお前に分かるはずもない。」エビルが発するその声は、完全にウルフの声そのものであった。
「・・・・・・・・」
ようやくウルフはエビルの姿かたちをまじまじと見返した。刺青で異様な姿をしているが、中身は完全に自分に瓜二つであることを確認した。
確かに、目の前にいる赤と黒に染められた容姿からは見抜くことができなかったが、中身は鏡に映した自分である。
「俺たちが兄弟。お前が双子。なぜ今まで・・・。」
「俺を生んですぐに俺の母親・・・いやお前の母親でもあるが、俺の命を救うためにその存在を隠した。そして母親はそのあと死んだ。ただそれだけのこと。」エビルは多くを語るつもりもなかった。
「・・・分かった。これからは二人でやっていこう。おれとお前でザオ王朝を大きくしよう。」
「・・・二人で・・・くくくくくははははは。お前のような無能と一緒にはできるはずもない。」
「・・・いいから、これをほどいてくれ。」
「ははははは・・・」
「頼む。助けてくれ。俺の命は預ける。助けてくれ!!」
「お前の命、それは、俺が今まで生きてきた目的そのもの。今日から俺が皇帝になるのだからお前の命は不要。」
「頼む。助けてくれ・・・」
剣はウルフの胸を貫いた。
遠のく意識の中で、ウルフはようやく殺されるということを実感していた。
そして、今まで、自分が何人もいたぶり、殺してきたが、初めてその気持ちを理解していた。
「たしかに、よく斬れる」というと、エビルはウルフの体から突き立てた剣を引き抜いた。
「ようやく、これで、世界はおれのものだ。ようやく、おれのもとに帰ってきた。ははははははははは・・。」
船底にウルフともエビルとも言える声が響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます