第26話 天辺丸の攻防

 東の壁一帯はほぼ燃え尽きそうになっているが、リュウは、ギリギリのところで踏ん張っていた。


 しかし、新たな敵が怒涛の如く押し寄せてくる。


「だめです。間もなく制圧されます。」北側を守る兵が走り込んできた。


「よし。全軍退却だ!『たたらば』まで引く!」リュウは全軍撤退を指示すると、今度は自ら北側へと斬り込んでいった。


「ハル。すまない。」(もう「タタラバ」までは無理だ。)

 体力は限界を超えている。リュウの両足、両腕の傷からは大量の血が流れだしていた。  


 既に覚悟は出来ていた。


「ハル。先に逝く。」

 

 と言うと、最後の力を振り絞り敵の中心へと突撃しようした。


 一帯が騒然とする中、上空から叫び声が聞こえた。


「リュウ!リュウ!・・・」ハルの声である。

 ハルはオオワシに乗って上空を旋回している。リュウを見つけると急降下し、間一髪のところで、リュウの体を鷲掴みにすると再び上空へと舞い上がった。


「リュウ!大丈夫?」


「・・・・・ああ。正直・・・もう一歩も動けない・・・」


「死なないで!オオツキ様が待ってる。天辺丸に行くわよ!!」

 大量の出血のせいか、リュウは意識が朦朧としていた。


 この時、南側に位置していた五万の皇帝軍も、完全に関所を燃やし尽くし、大きな谷に新しい簡易の新しい橋を架けていた。ここを超えられると一気に『たたらば』まで攻めてくる。


 遂に、東の壁も完全に燃え、大きな音をたてて崩れた。


 皇帝軍の損害も大きいが、まだ大半の兵が無傷で体力を温存している。今にも皇帝軍が一気に押し込もうと、自らの体や頭を叩いて身震いし高揚している。いよいよ壁の中に侵入してくる時がやってきていた。


 桔梗は何としても天辺丸山頂への侵入を阻止するため、「たたらば」に二重三重の防衛壁をつくっていたが、東の壁からヒロトが撤退してきたのを見て笑った。


「ヒロト。よく頑張った。ここは私に任せな!」


「桔梗さま。僕も!!」ヒロトは決死の覚悟を決めていた。その姿は急に大人おとなびて見える。


「・・・エンヒコさま・・」桔梗はヒロトにエンヒコを重ねた。


「凄い敵の数だ。」ヒロトは大軍が来ることを桔梗に告げた。


「ああ。少しだけ・・・それでいい。太陽が出るまで粘るのよ!!」桔梗もオオツキの言葉を信じている。


「それと、リュウさんが、早まるなと桔梗様に伝えるようにと・・・」


「ふっ・・・余計なお世話よ。ヒロト。絶対に守り切るわよ!」


「父さんの分まで頑張るよ!」


「ええ。エンヒコさまの仇を討つ!」


 ウルフとエビルは壁が燃え、崩れ落ちるのを笑いながら見ていたが、ついに完全に壁の向こうが見えると叫んだ


「全軍突撃だ!!」


 ウルフの野太い声が響くと、南側から進出してきた五万の兵と、東側の壁に押し寄せている皇帝軍が最後の恐ろしい地獄の底からの雄叫びを上げ、一気に流れ込んでいった。

 めざすのは天辺丸、そして頂上にいる王達の首である。ついに天辺丸は完全に皇帝軍に取り囲まれていったのであった。


 

 天辺丸の麓にある「たたらば」に、皇帝軍が次々と押し寄せ、桔梗もヒロトも懸命に防御していた。

 皇帝軍も慣れない山を登りながら攻めているのであって、頭上から放たれる弓や槍に抗うことは簡単ではない。当然に多数の死者を出しながら、一進一退を続けるのである。ただ、戦力の差は歴然であり、斬っても斬っても、射っても射っても、次々と新らしい輩が攻め登ってくる。


「くそ!きりがない。・・・うわ――!」ヒロトは叫びながら斬り続けている。


「はやく!次の壁まで登るのよ!」桔梗も叫びながら弓を射っている。


 桔梗もヒロトも体中に傷を負い、そこから赤い血潮が大量に流れ、既に二人の体力も限界を超え、気力だけでその体を動かし敵を倒していた。来た者を全て斬り、来たものを全て射った。防御線は徐々に上へ上へと移動し、ついに『たたらば』中心にまで押し迫ってきた時、ようやく闇夜が白み、朝を迎えようとしていた。



 桔梗は最後の決断をしていた。


「ヒロト!オオツキ様のところへ行きなさい。」


「桔梗様・・・。」ヒロトは桔梗の覚悟を見抜いていた。


「大丈夫。もうすぐ日の出よ。もう少しよ。」


「桔梗様、私も残ります!」


「ダメ。あんたが死んだらエンヒコ様に合わせる顔が無いわ。早くみんなを連れて行って!」


「桔梗様・・・」


「はやく行くのよ。奴らが来る。早く!」


「くそ~~~!!もんな頂上へ引くぞ!!!オオツキ様を守れーーーー!」


 ヒロトが泣きながら、頂上に向けて歩を進めるのを見送ると桔梗は屋敷の横にある貯水槽へとよじ登った。



「エンヒコさま。やっと貴方のところに逝けます。ヒロトは大丈夫ですよ。」


 超水槽横のある舵を渾身こんしんの力で回しだした。ギギギときしむ音とともに、舵がゆっくりと回り出すと屋敷に向いていた可動式の排水溝が徐々に動き出していた。桔梗の両腕からは、力を入れるたびに傷口から血しぶきが飛ぶ。もう痛いという感覚すらない。全ての力を出し切って舵を回し続けた。


 そして、ようやく排水溝の口が高炉こうろの排気口に着くのを確認すると、今度は超水槽の栓を引き抜いた。大量の水が真っ赤に燃える高炉に流れ込んでいくのを見ると空を見上げた。太陽が東の空に顔を見せようとしていた。



「よかった。間に合った。」


 ゴゴゴゴゴドドドドドドドドドッカーーーーーー!!!大音量とともにたたらば一帯が大爆発した。


 そこに集中攻撃に集まっていたザオ王朝の大軍は大爆発とともに飛んでいく。



 タタラバの爆発を眼下に見下ろし、オオツキの目には涙が溢れている。

 「ああっ・・・桔梗・・・」


 


 燃え盛る「たたらば」を見ながらリュウは座り込んで項垂うなだれている。もう一歩も動けそうにない。変わり果てた「タタラバ」を見つめ、桔梗の笑顔を思い出していた。


「あなたが何よりも大切にしていた『たたらば』が・・・・。」

 

 リュウは茫然と見つめるしかなかった。


 大爆発が、一時の静寂を取り戻していた。何が起こったのかが分からない皇帝軍も進軍を止めざるを得なかった。


 大和国に太陽の光が差し込んできた。


 神々しく、美しい日の出である。


 一夜にして変わった世界を見て、太陽も驚いたに違いない。


 状況を理解すると、タタラバの周囲を避けるようにして、再び皇帝軍が、天辺丸頂上へと進軍してきた。


 オオツキはじめ、王達も太陽の光を確認するとほこらの周りに集まった。


 四枚の鏡が共鳴し合い、これまでにないほど異様な赤い光を放っている。その時、天辺丸の祠からも小さな音が漏れ、微かに光っているのが見える。


「・・・もしかして。」

 セイラが走り出し、石積みに飛び上がると祠を開けた。すると中から五枚目の鏡が出てきたのである。


「あった。あった。五枚目の鏡。お母さん大和国にもあった!!光ってるわ!」

セイラはすぐさま鏡を取り出し、みなの元へ駆けよった。


 五人が歓声を上げて喜んだが、もうあまり時がないことも分かっている。


「これで五枚そろった!」

「ではやりましょう!」オオツキが再び皆の背中を押した。


 ヒカリも一瞬喜んだ。が、先に進むことをためらっている。

 オオツキは、真っすぐに石積みの方へ歩き、その上に上ると、皆の方へ向き直った。


「では、始めて!!さあ、鏡に太陽の光を反射させ、私のこの鏡に当てなさい。」というと両手を自分の丸い鏡に添えた。


 それぞれが、太陽の光を反射させようとした時


「待って!!!」ヒカリが叫んだ。


「このまま太陽の光を当てるとオオツキ様は神様のところへ行くことになるの!!!」


 一瞬何を意味しているのか、誰も理解していなかったが、その意味が分かったセイラが叫んだ。


「そんな。そんなことは聞いてない。・・・ダメ。お母さん。ダメよ。」セイラの叫びにオオツキは目を見開いて応えた。


「セイラ。これは私の願い。私は神のもとへ行く。こんな幸せなことはないの!これが私の願いだから!」


 セイラはその場で泣き崩れた。しかし母オオツキの気持ちも理解していた。


「セイラ。もう時間が無いわ。もう一度言います。これは私の生き方なの!」


「でも・・・。」


「セイラ!!!」


「分かった・・・・・」(あとで魔法を使って絶対助ける!)

 

 セイラはやっとの思いで立ち上がると太陽の光を集めだした。レイ、ケイイチ、ハル、ヒカリも涙を流しながら、それぞれに太陽の光を反射させ、オオツキの鏡に集中させていった。


 五つの光をオオツキの鏡に当てると金色の光となった。本来はオオツキの鏡を反射するはずが、その光はオオツキの体の中に入っているように見える。そしてオオツキの体全体が金色に輝きだしている。次の瞬間、オオツキの鏡から『ツル』山頂めがけて光線が走った。その光は赤く燃え上がるような神の色である。


 そして、『ツル』山頂の鋼の塊にその光線が当たると、今度は鋼そのものが光を蓄えながら更に大きな輝きを放ちだしていた。そして、これまでに聞いた事もない重厚な音が世界中に轟くと、太陽めがけて光の玉を打ち上げた。


ドドドゴゴゴォゴォゴォーーーーーーー・・・・・・


 あまりの眩しさに兵も民も狗魔族もエビルもウルフも目を覆うしかない。やがて太陽がより強い閃光を放ち、瞬間に真っ暗な世界が訪れた。


 閃光のあとの暗闇は、ありとあらゆる生き物から視界を完全に奪っている。敵も味方も目の奥に微かな痛みと白い残光を残し、しばらくの間全く身動きが取れないでいる。こうなっては一歩たりとも身動きがとれないのであって、視界が戻るまで待つしかない。


 やがて目が暗闇になれ、ようやくうっすらと目の前の世界が開けてきていた。


 皇帝軍の目の前には、暗闇の中から赤い妖艶な光がいくつも漂っているのが分かる。光の主は、赤く朱で染められ、鎮魂の儀で神のもとに返された死者達であった。

 

 次々と地中から浮き上がるかのように立ち上がってきている。みな、在りし日の姿で蘇ってきた神の軍である。


 赤い朱で塗られた神の軍は落ちている剣や槍を拾うと、次々と皇帝軍に襲い掛かかり殲滅していった。皇帝軍もそれぞれに剣や槍で応戦しているようであるが、赤い亡霊達はその剣や槍では殺せない。斬っても、突いても、亡霊には何の意味もない。斬っても、突いても、その身体を通り抜け、殺せないのである。


 全軍の最後尾に陣取っていたウルフは目の前に現れた赤い亡霊達に絶句した。その亡霊達に生身の人間は屈するしかないということを瞬時に理解している。


 そして、この戦いの面白くない結末が分かるとウルフは逃げた。赤い亡霊たちに次々と殺されていく自軍を背中に一人東の方へとひたすら走った。そして、何とか自分が乗る船にたどり着くと、船に残っていた兵達に命令した。


「早く出せ。早く。船を出すんだ!!」


 ウルフの乗った船がなんとか岸を離れていくなか、遂に遠くに見える戦いは赤い光に覆われ、皇帝軍は壊滅状態になっている。


「・・・まさか。あれは何なんだ!?」ウルフは今起きたことが信じられないでいるが、起きたことをなんとか理解しようと努力している。


 ウルフが遠くに見つめる先で、遂に十五万の皇帝軍は壊滅していた。


 さっきまで、真っ暗闇だった世界に、再び太陽の光が差し込んできていた。赤い光が神のもとへ帰るかのように空に向けて次々に昇天していくのが見えている。赤い光の中に見える顔は、それぞれに自分達は生き切ったという納得した表情のようにも見える。


 その時、船の上にいるウルフは、今自分が生きているのか、死んでいるのかさえも疑心暗鬼であったが、やがて、完全に太陽の光が戻り、赤い亡霊達が空の彼方へ消えていく様子を見て、生き延びたことを確信していた。


「・・・生き延びた!・・・・神もこの皇帝は殺せまい。ははははは。」


 ほっとしたような苦笑いを見せながらも、生き延びた安堵が全身を覆っている。

 大敗である。が、しかし、何とか生き延びた。それだけがウルフの最後の自尊心を支えていた。自分が負けるなどあり得ないのであって、たとえ相手が神だとしても、自分の思い通りにならないことが許せないでいた。

 しかし、この恨みを返す方法など、どこにも無いということも腹の底から理解している。今はザオ王朝に帰るしか道はなく。行き先を指示すると船底へと消えて行った。


 

 天辺丸の頂上ではセイラが死力を尽くしている。

 

 何度も、何度も、何度も・・・・・魔法をかけている。


「どうして・・・どうして、なぜ効かないの!?いやーーー!」


 セイラの腕の中にオオツキは僅かに呼吸をするだけである。

 いつもなら、見る見ると元気になるはずが、オオツキの回復は遅い。


「セイラ・・・ごめんなさい。私には・・・魔法は効かないの。これは神が決めたこと。」


「おかあさん・・・・」


「セイラ泣かないで。これが私の願いだから。どう生きていくかを私は選んだの。」


「おかあさん・・・・」


「わたしは本当に幸せ。最後にそう思えた。」


「おかあさん・・・・」


「そうよ。・・・」


 オオツキは優しい母の目をしていた。そして、神の世界に旅立った。


 最後にセイラはオオツキに聞きたかった。自分の父のことを。そのことを感じてか、オオツキは「そうよ。」と言った。


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