第25話 決戦
海国から上陸した五万の大軍は大和国に向けて一気に北上してきた。
おぞましい角笛は鳴り続けている。そして遂に南側の関所付近に到着すると、最後の総攻撃に備えだした。
南側の関所は大きな谷に掛けた橋がある。大和国へ渡るにはこの橋を通るしか方法は無い。五国は、ここを約二千の兵で守っているが、最後は橋を壊す計画であった。
大和国の東側の河口に上陸した本体船はその数、約千隻、おおよそ十万人の大軍である。
海国上陸組と合わせ、十五万の皇帝軍に対して、五国の兵や民で戦え得るのは五千人である。圧倒的な戦力差であり、一瞬にして戦が終わると誰もが思うに違いない。
大和国に入った皇帝軍は、「たたらば」東の防護壁へと進軍を進めた。
最後方には、荘厳に輝く神輿に乗った皇帝ウルフが降り立った。通常、皇帝はザオロン城からは出てはいけない。しかし、ウルフはどうしても大和国を見たかった。手元にある剣を作った「たたらば」をその目で確かめたかったのである。
そして、ウルフの隣には異様な姿をしたエビルの姿もあった。同じように黒い神輿に乗っている。エビルの体は赤と黒の入り混じった刺青が不気味さを増していた。エビルのその姿を見ると、確実に死ぬと理解できる毒蛇や毒蜘蛛のような文様に見える。エビルの周りはそこだけ気温が低いような、誰も近づいてはいけない妖気を発していた。
その頃、海国の鏡を持ってレイとセイラが天空殿に帰ってきた。
「お母さん。・・今、帰ってきました。」
「セイラ。レイ女王様。よく帰ってきてくれました。」
「これが海国の鏡・・・もう光ってる!」
レイが四枚目の鏡を並べると、より大きな共鳴音が鳴り響いた。
ブッウォンブォーブォーブォーン・・・・・・
「すごい。これは神の色。」オオツキは確信を得ている。
「でも、もう一枚あるんですよね?」ハルが皆に聞いたが、誰もその答えは持っていない。
「とりあえず、これを持って天辺丸へ行きましょう。」オオツキは既にその使い方を思い出している。
「天辺丸?」セイラがオオツキに確認したが、オオツキは頷いただけであった。
既に日が沈んでいた。
オオツキ達は天空殿を出て、「たたらば」に到着すると、ここで少しの休息をとった。決死の戦いが始まるのであって、「たたらば」一帯にも防御のための壁が二重、三重に設置されている。天辺丸頂上への最後の砦となる壁である。
休息をとっているオオツキに桔梗が最後の砦を守り切るという使命を告げている。
それを聞いたオオツキも頷いた。そして、桔梗と抱き合っている。
セイラ達もこれから起こることに恐怖を感じずにはいられないが、桔梗の毅然とした態度に勇気づけられずにはいられない。
カン・カン・カン・カン・カン・・・・・・・・
天空殿の鐘が、これから起きる戦いを象徴するように、大きく、早く打ち鳴らされ、一帯に緊張感が漂っていた。 多くの民たちは天空殿に避難し、これから起こる戦に身を潜めるしかない。
十五万人対五千人の戦いである。明らかに戦力が違う。
が、五国は決死の覚悟であり、東の窪地に作った防御壁に配置した約三千人の兵も士気は高い。南と東、どちらかが破られれば、全員「たたらば」まで陣をひき、最後の防御線を引く作戦である。
皇帝軍は船から大きな投石機を運んできていたが、東側の壁の前に徐々に組み立てが始まっていた。それが組み立てられるにはあと少しかかると思われるが、その後は一気に壁を壊しにかかるつもりだろう。壁の上に陣取るリュウ達の弓はまだ届かない距離にあり、早く近づけと、祈るように見守るしかなかった。
完全に闇夜が大和国を包んだころ、皇帝軍の戦いの準備が整った。
一気に攻撃してくる・・・・・そう思った。
が、しかし、ここで皇帝ウルフの
一度、大和国女王オオツキに会い、とことんいたぶってやろうという思いが腹の下から湧いてきていたのである。そう思うと居てもたってもいられないのがウルフの癖である。神輿に鞭を入れると壁近くまで推し進めさせていた。
リュウにとっては弓矢が届く絶好の機会ではあった。しかし相手は皇帝であり、神輿の上で丸腰である。戦闘ではなく話し合いだということは見て取れる。エビルに対しては憎悪があるが、皇帝に対してはそれほどの恨みもない。心の根が優しいリュウは丸腰相手に射ることは出来ようもなかった。
壁の上に向けて皇帝が野太い声を響かせた。
「俺は皇帝ウルフである。大和国の女王と話がしたい。最後の願いを聞いてやろう。」
「オオツキ女王はここにはいない。」リュウが弓を構えながら言った。
「待ってやろう。連れてこい!!」ウルフは既に快楽の中に入りつつある。
「・・・・・すぐには無理だ。ここから遠い。」
「・・・・・いいだろう。待ってやる。」
「・・・・・分かった。今から伝えに行く!」というと、リュウは構えを解いてオオツキの元へと急いだ。
「たたらば」では、五人の王が、これからの手順について相談していた。
太陽の光をオオツキの鏡に当てるということは、当然、朝までは持ちこたえねばならない。しかし、太陽が昇るまでには、まだ相当な時間が必要である。どう持ちこたえるのか。それが問題である。
が、しかし、ウルフの申し出に光明を得た。まさに絶体絶命のピンチを助ける申し出なのである。
「これで、時間を稼げます。」オオツキが皆に向けて笑っている。
「しかし、オオツキさま。行けば殺されるかもしれません。」リュウは心配そうに答えた。
「はい。でも太陽が出るまで頑張るしかありません。」
「オオツキさま。」ヒカリが泣き出しそうになっている。
「お母さん。私も一緒に行きます。」セイラの青い瞳からその覚悟が見える。
「大丈夫。みんなで頂上に行き準備をしておいてください。」と言うと、リュウと共に東の壁へと向かって行った。
東の壁では、全ての者、敵も味方もオオツキが壁に現れるのを待っていた。
冬の冷たい空気が漂う中、激突を前にした兵士たちの体から湯気が湧き立っている。時間だけは過ぎていくが、来るべき瞬間に向けて、その場にいるすべての者が高揚してきているのだ。
そもそも、ウルフは極めて短気である。相手の時間に合わせるということをこれまでの人生でほとんど経験せずに生きてきた。ただし、今回のオオツキを待つ時間は楽しくて仕方がない。これ以上の愉悦は今後の人生において無いかもしれないとまで感じている。オオツキをどのような言葉でいたぶるか、それを考えるだけで全身の細胞が喜んでいる。そしてオオツキが現れたときに、どのような恐怖を感じているかを想像するだけで、快楽の波が次から次へと押し寄せているのである。
数時間を経た。さすがにウルフも苛つきそうになる、絶妙なタイミングでその時が来た。
壁の上に松明を持ったオオツキが現れた。
騒然としていた谷が一瞬にして静寂に包まれる。壁の上に立つオオツキの目は険しく、決して心を許さないという表情をしている。
「私は大和国女王オオツキです。」
皆はじめて、オオツキの姿を見ている。(あれが大和国の女王か。美しい・・・。)
その存在は完全に圧倒する威力がある。恐怖を微塵(みじん)も感じていない様子にウルフは少し興覚めした。
が、しかし、これからもう一度快楽が押し寄せてくるという期待のほうがまだ勝っている。
「どうだ。この軍を見て勝てると思っているのか。今なら命だけは助けてやろう。謝れ、ここに降りてきてひざまずけ!」
オオツキの表情は微塵にも変わらない。いや、むしろその決意や覚悟が増したかのように周りの空気が怒りで揺れている。
「ウルフ皇帝。私たちは決めたのです。私たちのまま生き続けると。」
「はははは・・・・・面白い。・・俺の前に
ウルフは自分の言葉に酔い、愉悦のなかにいる。
野太い笑い声が谷一帯に響き渡ると、壁を見つめる十万の皇帝軍が呼応した。
「ウルフ・ザオ!!ウルフ・ザオ!!ウルフ・ザオ!!・・・・」大和国中に響く地獄の叫び声である。ウルフは大きく右手を上げて静寂を取り戻した。
オオツキは改めてウルフに向けて言った。
「ウルフ皇帝。私たちは私たちのまま、生きます。どうか国へ帰ってください。」
ウルフの酔いは一気に覚めつつあった。この女と話していても拉致があかないことを感じていた。これまでの言葉でいたぶってきた者と根本的に何か違うと感じている。
しかし、小国の分際で皇帝に歯向かうなど許されるはずがない。少し甘い言葉をかけたこと自体に、そして無駄な時間を費やしたことに対しても、生まれて初めて自分で自分を殺してやりたいとも思い始めていた。
しかし、今欲しいのは自分が追い求めている、究極の快楽であり、それは今、目の前にいる大和国女王が怖れる姿、ひれ伏す姿、皇帝を敬う姿だと思うと切れかかった自我をもう一度だけ奮い立たせた。
「分かった。これが、最後だ。オオツキよ。今、下に降りて謝れば、全て水に流そう。そのまま帰ってやってもよい。どうだ?」
「ウルフ!!!ここは
ウルフの怒りは、今までしたことも無かった我慢に我慢を重ねたことで、もともと小さい理性を完全に壊した。
「オッ・オッ・ツッ・キッ!!!望み通り!!この国を焼き払ってやろう!!!」
ウルフの野太い声が宣戦布告の合図となった。
ここまでのやり取りを聞いたところで、覚悟を決めてリュウが一矢を放った。矢は皇帝の顔をかすめると
ウルフは頬の血を見ると更に激高した。
「許さん!!!」
神輿に鞭を入れ反転し、大きな声で叫んだ
「総攻撃だ!」
リュウも叫んだ。
「オオツキ女王。天辺丸へ行ってください。ここは我々が防ぎます。早く!」
「リュウさま。お願いします。」
「早く。天辺丸へ!!」
「ありがとう。」
オオツキが、天辺丸に向けて出て行ったのを見届けるとリュウは壁にいる全軍に叫んだ。
「みんな!太陽が昇るまで守り抜くぞ。矢を討ち続けろ!」
「おうーーーー。」
皇帝軍も一気に動き出した。高さは壁の半分程度まではあろう投石機が壁の近くまで寄せられ、次々と石が壁に投げつけられた。木を貫き、中にまで石がどんどん投げ込まれ、中の兵も傷ついている。
次に、皇帝軍は壁に次々と梯子(はしご)を掛け、壁を登っていこうとするが、ヒロト達も登らせまいと懸命に防御している。リュウ達も弓矢を雨のように撃ち込み、あと一歩というところで侵入を防いでいた。
「くそ。敵が多すぎます。」
「どんどん矢を放て!持ちこたえさせる!太陽が出るまで耐えるんだ!」リュウはこれ以上にない速さで敵を射抜いていた。
壁の中心はギリギリのところで何とか持ちこたえていたが、山と接する端は遂に皇帝軍がよじ登ってきている。
「ヒロトさま。北側が打ち破られそうです。」兵達が遠くで叫んでいる。
「分かった!北側へ行く。後方の兵を呼んでくれ。」
ヒロトも懸命に打ち破られそうになった場所を見つけては交戦した。狭い窪地であり、皇帝軍も攻めあぐねている。死者が次々と壁の下に積み重なっていく。しかし、皇帝軍の攻撃は当然に激しさを増していく。
しばらく、石と弓矢という空中戦が続いたが、業を煮やしたエビルがウルフに近づいて耳打ちした。
「ウルフ皇帝様。埒が無い、壁ごと燃やしてしまいましょう!」
「・・・よし、火を放て!!」
皇帝軍の投石器は、ウルフの命により石から火玉に変えられた。
火玉にはとげがあり、たっぷりと油が塗ってある。木の壁のあちこちに引っ掛かかると、そのまま勢いよく壁を燃やし始めたのである。想定外の攻撃にヒロト達もどうしようもない。壁の上にいるリュウ達も足場が燃え出し、その場からの撤退が脳裏によぎった。
しばらく攻防は続いていたが、いよいよ壁が崩れるのも時間の問題となっている。
「ダメだ。リュウさん。ここはひとまず「たたらば」まで戻ろう。」
ヒロトも懸命に 堪えていたが、遂に撤退をリュウに促した。
「分かった。先にみんなを連れて行くんだ。ここは山国の部隊で時間を作る。俺も後から行く。桔梗様に伝えてくれ、早まるなと。」
「何のことリュウさん。」
「いいから、早く行け!」」
「分かった。リュウさん先に行く。必ず来てね。」
「ああ。」と笑顔で言うと、リュウは壁を守る兵達の最前線へと出て行った。
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