第24話 決戦前夜

 海国の浜辺には、ザオ王朝から来た無数の船が上陸していた。


 王宮も既に占拠されてはいるものの比較的手薄な状況である。敵の監視をなんとかいくぐりレイは王の間に到着した。


 鏡は王の間の壁に埋め込まれている。外の兵や見回りの兵を気にしながらも、静かにナイフで掘り進め、ようやく鏡を取り出すことができた。


 そして、最後に愛した風景を見納めておこうと王宮の浜辺を見た。

 

 集結した皇帝軍の数に目を疑った。上陸している船は約五百隻、皇帝軍は五万人を超える数であり浜辺は完全に埋め尽くされている。


 浜辺に集結している五万の軍だけでも愕然としたが、心が凍り付くような、もっと恐ろしいものを見てしまった。まだ沖に更に多くの船が集団で東へ通過しているのである。その船団は一気に大和国の河口近くまで行くのだろうと想像できた。


「いったいどれほどの軍が攻めてきたというの・・・早く帰らないと・・・。」レイはガクガクと足が震えだしていた。


 洞窟は海国王宮の真裏にある崖まで通じていた。その入口は完全に岩と岩が重なり合った陰であり、木々も生い茂っているためか、そこに洞窟があることは誰も分からない。しかし、万一ここを発見されると、大和国最深部まで攻められてしまうのも事実である。


 セイラが岩陰で声を潜めて待つなか、鏡を持ったレイがようやく帰ってきた。

「セイラさん。やったわ。」

「さっ!早くかえりましょう!」

 二人とも敵陣の真ん中で、急がずにはいられない。


 しかし、やっと帰れるという安堵が気のゆるみを生じさせてしまった。レイの足が岩に触れ、洞窟の入口に積んであった石が崩れてしまったのである。数名の狗魔族がこの物音に気付き騒ぎ出した。

「誰かいるのか!」

「海国のやつらか。」

「探すんだ!」

 数名の狗魔族が音の方へ近寄り、しきりに岩が崩れたあたりを探している。そして、岩の裂け目から奥につながっている道のようなものがあることに気付いた。。


 狗魔族の一人が奥に進むと、影のなかに穴がある。外から見ただけでは単なるくぼみにしか見えないが、その穴に顔を突っ込むと通路のようになっている。更に一歩中に入ると、真っ暗な洞窟の奥で松明の明かりが先に進んで行くのが見えた。確かに誰かが逃げていると分かる。


「誰かいるぞ。逃げるな!」と叫び声が洞窟内に響き渡ると、中に生息していたコウモリが一斉に外へと飛び出した。

「うわぁーー」たまらず狗魔族も悲鳴を上げた。


「見つかったわ。急ぎましょう。レイさま。」

「はい。」

 その騒ぎを聞きつけた、皇帝軍が数十人と集まり、どんどんと洞窟内に入っていった。

 長く狭い洞窟である。セイラとレイは疲れていたが、立ち止まることは出来ない。すぐ後ろを敵が追ってきていた。このまま最後までついてこられることが一番問題であることも理解している。しかし、この鏡を絶対に届けるという強い思いのほうが先である。 最後の力を振り絞り、洞窟を大和国に向けて駆け上っていくしかない。


 もっとも、追いかける狗魔族にとって、前を逃げているのは海国女王と大和国王女とは思ってもいなければ、この洞窟が大和国最深部まで続いているとも考えていない。前を逃げる松明を追い込んでいるだけのことである。

 

 何度も追いつかれそうになるが、その都度狭い通路や、石を崩すなどして追っ手をはばむ。体が細いセイラとレイは隙間という隙間を通り抜け、危機をくぐりぬけていた。


 しかし、最後の最後、もう少しで洞窟の出口というところは長い長い登り坂となっている。この時、既にセイラとレイは体力の限界を超えていた。懸命に手と足を前に運び、確実に出口へと近づいていたが、遂に狗魔族に追いつかれてしまった。


 先頭の黒い刺青が入った右手がセイラの左足首をつかんだ。狗魔族の恐ろしい手がしっかりと左足首に食い込んでいる。


「つかまえたぞ。・・・女か。」「いやあー!」


 セイラは渾身の力を込めて、右足で狗魔族の手と頭を数回蹴り込んだ。

 

 蹴られた狗魔族は、たまらず手を放した。後ろに続いていた数人の仲間を道連れに、狭い坂道を転げ落ちた。

 その一瞬の隙に二人がようやく、洞窟から出てきた。

「出てきた。」

「よかったー!」

「お帰りなさい。セイラさま。レイ女王さま。」ヒロトをはじめ多くの兵士たちが安堵の表情で出迎えていた。


「ヒロト、敵が追いかけてきている!この洞窟を閉じるのよ!大きな石を洞窟の中へ!早く!」と叫んだ。


 幸いにも、滝つぼの周りには大きな石がたくさんある。そして、ケイイチに付いてきていた土国の力強い民たちが連携して石を運びあげると、穴に石を投げ込んでいった。

 

 追いかけてきた狗魔族も、狭い洞窟に無数の石を投げ込まれ、完全に埋まりきるのを待つ以外になかった。投げ込まれた石はそれぞれにかみ合い、とても動かせるものではない。ここまで追って来た皇帝軍も来た道を帰るしか仕方なかったのである。



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