第23話 鏡

 

 五つの国の裏切りが明るみとなる生贄期日の朝、ヒカリは大和国に帰って来た。


 結国が兵を連れてきたと聞いて王達も集まり、天空殿は色めきたった。


「ヒカリ女王、来てくれたんですね。ありがとうございます。兵は何人いるのですか?」ハルが満面の笑顔でヒカリに抱きついてきた。


「兵は七人です。」


「七人!・・ですか。・・・ありがとうございます。・・・・」

 ハルはそれ以上何も言えなかった。その失望を感じ取ってかヒカリも申し訳なさそうに視線を黒い床に落とした。


 気まずい空気が大広間に広がるなか、オオツキの参上を告げる鐘が鳴った。


 カァーン・・カァーン・・カアーン・・・


 いつもは爽やかな風を届ける音色が、少し緊張した、これから戦が始まるという悲しい音色に聞こえる。


 オオツキが颯爽と大広間へ入ると、そのまま真っすぐに輪の中へ入っていった。


「ヒカリ女王、帰ってきて下さったのですね。」オオツキの声がみなを明るく包み込んだ。


 ヒカリはオオツキの顔を見るやいなや、お婆の話を一気に話し始めた。


「オオツキさま。お婆が言うには、五枚の鏡に太陽の光を集め、オオツキさまの丸い鏡に映すと神さまが助けてくれるんです。むかしオロチの時もそうしたんです。お婆は、今度も、鏡を使いなさいと言いました。」


 ヒカリはおっとりとした性格であり、このようにまくしたてるような話し方は初めてで、他の王達も呆気あっけにとられている。ヒカリはそのまま話を続けた。


「お婆は、私のお母さんの代わりにいろいろと教えてくれたの。オロチの話も本当の話。ザオ王朝が攻めてくると言ったら、鏡を使えば大丈夫だと言ったの。本当よ。」


 みな、明日にも皇帝が攻めて来るかもしれないという忙しい毎日を過ごしている。ヒカリの話を飲み込めないでいるばかりか、早く現場に戻って準備をしたいという目をしてきていた。


「この鏡です。あと四枚あるはずなの。」


 ヒカリの手の上に五角形の鏡を出した。鏡には天空殿の美しい天井が映し出されているが、普通の鏡のように見える。


 その時、ハルがヒカリの出した鏡を見て驚いた。


「それ!私も持ってる。『ツル』に登るための山国の宝です。それを見せるとオオワシが助けてくれるんです。」


 ハルは胸から一枚の鏡を取り出すと、ヒカリの鏡の横に並べてみた。


 

キーーーーーン



「たたらば」で剣を鍛える時に出るような金属音が天空殿大広間に充満するとともに、二枚の鏡が赤く光り出した。


「ひゃ!」驚いたセイラはそこに尻もちをついた。そこに居た誰もが驚かずにはいられない。


「この光の色は・・・神の光。」


 オオツキは鏡が出す赤い光が、神と対話する時の光であると気づいた。


 2枚の鏡は少し色は違うが、まったく同じ大きさで五角形の形をしている。裏面に描かれている星や文字が金色に浮かび上がっている。


「同じような鏡が、海国の王の部屋にもあります。」


 レイが小さく、心苦しい表情で言った。何故なら、今から取りに帰っても、往復二日はかかる距離であり、、万一、ザオ王朝が攻めてきていたとすると海国は既に危険な場所である。


「すぐに取ってきます。」とレイは慌てて立ち上がった。


「待ちなさい。」オオツキの厳しい声が制止した。


「でも、オオツキさま。この光は光は神の色なんでしょ。私たちを助けてくれるんでしょ。すぐに取ってきます。」


「分かっています。・・・・・セイラ、神滝の横に洞窟があるのを知っているでしょう。」


「ああ。滝の右側にある穴のこと?」


「その洞窟は海国の城まで通じています。レイさまと一緒に海国へ行きなさい。あの道なら敵はいません。」


「え!?あの穴、海国まで続いているの。」セイラは信じられない。

「そうよ。」

「うそ。」

「本当よ。」

「え~~?うそ~~!?」

「早く行きなさい!」

 天空殿にオオツキの叱責が響くと、セイラとレイは洞窟へと急いで飛び出していった。


 あわてて、ケイイチも口を開いた。


「僕も持っています。母の形見です。幸いこちらに持ってきています。部屋から取ってきます。」と言って走り出て行った。

 

 このとき、オオツキは子供のころのことを思い出していた。

 

 鏡を使ってオロチを封じる方法を微かに聞いたことがあるのである。遠い遠い記憶であり、すっかりと忘れていた記憶でもある。そして、その遠い記憶の先には何か寂しさのような温かさのような感覚を感じている。


 ケイイチが間借りしている建物は天空殿大広間から一度外に出て、少し離れた場所にある。

 急いで部屋に着くと土国から持ってきた大きな木箱を幾つも開けては中を探した。そうしてようやく小さな箱の一番下から麻袋を取り出した。すでに赤く光っているのが分かる。


「これは。どういうことなんだ!?・・・・神さまが助けてくれるっていうの!?」


 そして、鏡の入った麻袋を手に外へ飛び出し、もと来た道を戻ろうとしたが、すぐに視界の奥にある異変に気付き足を止めた。

 ケイイチの部屋から西を望むと、遠くに『ツル』の頂が見える。雪山の頂にある鋼の塊が赤く発光しているのである。さっきオオツキが言った神の色をしているのである。ケイイチは何かとんでもないことが起こるという不安とともに、もしかすると本当に神が助けてくれるかもしれないという期待が微かに芽生えている。

 

 大急ぎでケイイチが大広間に走り込んでくると、三枚目の鏡を並べた。

 

 ブゥワンーブゥワンーブぅワンー・・・・・


 より一層共鳴音が大きく振動し、さっきよりも光が強くなっている。


「それより、『ツル』を見て。同じ色で光ってる。はやく。」とケイイチは皆を急かした。

 全員、一斉に走って広場に向かったが、『ツル』を見るなり絶句した。頂が赤く輝いている。


「はじめて見た。あんなに光ってる。」


 ハルは自分たち山国が守り続けている『ツル』の本当の姿を見て驚いた。


「あと一枚は海国にあるとして、五枚目はどこにあるの?」


「それぞれの国にあったということは、やはり大和国にあるのではないですか?」ケイイチがオオツキとセイラに話を向けたが、二人とも分からない様子である。


「五枚揃ったとして、そのあとどうするの?」ケイイチはヒカリに聞いてみた。


「お婆が言っていたのは・・・・・オロチを閉じ込めた時と同じ方法ということ。・・・女王様の丸い鏡に向けて太陽の光を反射させるのかなぁ・・・」


 ヒカリは満面の笑みを浮かべたあとに、何か思い出したように少し戸惑った。そして心の中でつぶやいた。


(そういえば、そのあと、女王さまは・・・・神さまのところに行く・・・)  


 ヒカリは急に怖くなり口に出すことができなかった。

 





 翌日、天空殿大広間は大勢が走り回り慌ただしい朝となっていた。関所を守る作業の状況や食事の手配など、一元的に情報を集め、次々と指示が出されている。生贄期日の翌日であり、そろそろ大陸から攻撃があるかもしれない。


 その日の昼過ぎ、遂に山国の『ツル』から見える情報が届いた。


「大陸から多くの船団が島の南側を海国に向けて来ています。皇帝が攻めてきたものと思われます。」


 天空殿大広間に集うオオツキ、ケイイチ、ハル、ヒカリ、ヒロト、リュウは、もう海国近くまで来ているということに愕然がくぜんとしている。


「海国は今、セイラさまとレイ女王がいる。すぐに迎えに行ってきます。」ヒロトはいてもたってもいられないと立ち上がったが、オオツキがそれを止めた。


「ヒロト。セイラ達を信じましょう。洞窟の前で待っていてください。」


「でも。・・・」


「大丈夫です。セイラ達は帰ってきます。」


「わかりました。オオツキさま。」


 ヒロトは傍らにある剣を掴むと、急いで天空殿を出て行った。ケイイチもじっと待つことは出来ない性分であり「私も神滝に行ってきます。」と複数の民を連れてヒロトを追って行った。


「私は東の壁で敵を待ち受けます。」とリュウも傍らにある弓を取るとハルの顔を見て小さく頷き、目と目で固い絆を確認し合うと走り出た。


「南から攻めてくるということは、『ツル』に残っている兵をすべてこちらの守りに向かわせます。」とハルも出ていった。


 さっきまで慌ただしかった大広間はオオツキとヒカリの二人だけとなった。ヒカリは朝からずっと黙ったままである。先実も一睡もできずに今になっている。お婆が言った「神さまのところへ行く」という意味を考えている。


「ヒカリ女王。大丈夫ですか。随分疲れているようだけど。少し休んできたら。」オオツキはヒカリが心配になっている。


 ヒカリは意を決したようにオオツキに向き直り、泣きながら話し出した。


「うう・・・オオツキさま。申し訳ございません。・・・ううう・・・お婆は言いました。・・・・五枚の鏡に光を集めて、オオツキ様の鏡に当てると、神さまが助けてくれると・・・でも・・・でも、・・・・オオツキ様は神さまのところへ行くことになると・・・・それは命を捧げるということなんじゃないかと・・」


 もう言葉が聞き取れないくらいに泣いている。そこで、はじめてオオツキは小さい時のことを思い出した。


「・・・ヒカリ女王。ありがとう。私はもう決めているの。この国を守るということを。その時から何も変わりません。心配しないでください。このことは、時が来るまで、秘密にしておいてください。」


 そう言って、そっとヒカリを抱きかかえた。


 ヒカリは暖かいオオツキの胸にうずくまり泣き続けた。



 大和国に集結し戦えることが出来る兵や民は約五千人である。いよいよ大和国全体が臨戦態勢に入っていった。

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