第22話 結国

 戦いがそこまで来ていた。

 同盟国のためにも何か役に立ちたい。と思ってはいる…。


 でも、なにもできることが無い。


 結国女王、ヒカリだけが自国へ帰っていた。

 そして、そのまま小さな島に留まることを決めた。


 オオツキも他の国王も、そのことについては仕方ないと思っている。


 そもそも結国は武器すらほとんど持ち合わせておらず、戦いも経験したことがない。ヒカリは、最後の時を、父アキトや母アワシマ、そして兄ツカサとの思い出がある地で過ごしたいと考えていた。


 

 もうひとつ理由がある。結国で母親代わりであるお婆の命が尽きようとしていた。

 お婆は、ヒカリにとって最後の拠所よりどころである。


 ヒカリは六歳の時より、兄ツカサに付き添ってザオ王朝へ行った両親を待ち続けたが、十五歳になって止む無く女王に即位した。


 しかし、ヒカリは王家のしきたりも歴史も何も知らなかった。それを教えるべき王家の者が誰もいなかったからである。そこで、島で一番経験が豊富な最高齢のお婆が教育係に選ばれた。 


 お婆は、愛情を込めてすべてを教えていった。そのお婆が今、神の元へ逝こうとしているのである。


「お婆、しっかりして。まだ死なないで・・・・」


 ヒカリはお婆の手を握りしめたが、意識は遠いところにいっている。かまわずヒカリは泣きながら懸命に話し続けた。


「私の人生はお婆のお陰で救われたの。ありがとう。もう少しだけ生きて。お願い。」


 お婆の反応は弱い。


「お婆、もうすぐザオ王朝が攻めてくるの。お願いだから私のそばにいて。私どうしたらいいのか分からない。生きていてほしいの。」

 

 握りしめていたお婆の手が、少しだけ動いた。


「お婆。私よ。ヒカリよ。お婆。私を置いていかないで。ね。お願い。ザオ王朝が、狗魔族が・・・・私どうしたらいいのか分からない・・・」

 ヒカリは涙ながらに訴えている。

 

 お婆は尽きようとしていた天寿を少し我慢し、残っている力で言葉を紡いだ。


「・・・ヒカリさま。大丈夫。・・・覚えていますか。オロチ。鏡を使いなさい。・・・。」それが、お婆の最後の言葉となった。

「お婆あーーーー。おばーーーー。」


 


 ヒカリは失意の中にいた。

 

 心の支えとなる人がもうこの世界には誰もいないという淋しさに押し潰されそうになっている。


 少しでも父や母、ツカサの思い出を蘇らそうと、小さいころ、家族で食事をしていたダイニングへ入っていった。しかし、父や母、兄との思い出はあまり覚えてはいない。

 むしろ、お婆と一緒に食事をしたり、遊んだことだけが思い出されるのである。どうにもならない悲しみが一層大きく押し寄せた。


 ふと、ダイニングにある父の椅子に座った。


 そこから見える景色は、大きなテーブルの右側が母の席、左側はヒカリの席、そして正面に兄ツカサの席がある。

 次に、兄の椅子に座ってみたいと思った。兄から見える父や母そして自分はどう見えていたのかを知りたかった。この世に生を受けて、間もなくこの世を去る時の兄の思いと自分の思いを重ねたかったのだ。


「おにいちゃんは、あの時、死ぬ前にどう思っていたの・・・」


 座ったツカサの椅子は当時のままで、今のヒカリからすると少し小さい椅子であった。

 

 正面に見える父の座る椅子を眺めた。


 玉座は白い大理石で出来ており威厳がある。温かさと安心感、全てを受け止めてくれる広さと深さが感じられる。その玉座の背もたれ部分に、小さな五角形の鏡が埋め込まれている・・・・・


 その鏡が何かを語りかけてくる。そう、お婆が最後に言った言葉・・・・・


「鏡を使いなさい。」


(たしか、お婆は、死ぬ間際に鏡を使えと言った。オロチ、オロチ、オロチ、あっ、大和国のオロチ!)

 

 ヒカリは遠い記憶を思い出していた。




******** 遠 い 記 憶 *********


「ヒカリさま。お婆の話をよおく聞いてください。大和国のオロチの話です。」


「おろち」


「そうじゃ。とおい昔、大和国で人を食らうオロチがいたんじゃ。それはそれは大きなオロチじゃった。」


「ふーん・・・・」


「女王さまが神さまにオロチを封じてほしいとお願いしたんじゃ。太陽の光を使うから、それは大きな大きな力じゃ。」


「へー・・・。」

 

「太陽の光を鏡に映して女王さまの鏡に当てると神さまが出てきて助けてくれたんじゃ。カミのゴコウじゃ。 」


 お婆の口調は子守歌のように優しい。聞いているとヒカリはどんどん眠たくなる。


「・・その鏡はどこにあるの・・・」


 目を擦りながらヒカリはお婆に聞いてみた。


「五つの国にあるんよ。」


「いつつ・・・。」


「鏡は、五枚あるんよ。五枚の鏡に太陽の光を集めて、女王さまの鏡に当てるんよ。」


「女王さまの鏡って・・・」


「ああ。オオツキさまの丸い鏡よ。」


「ゴコウって・・・・」


「ごこうじゃよ。五つの光。」ヒカリは半分眠りながら聞いていた。


「オロチは・・どうなった・の・・」


「オロチは天辺丸に閉じ込められたんよ。」


「・・・ふーん。・・・。」


「そして、光をあてられた女王さまは神さまのところに行くんじゃよ。・・・・」



***************************



 ヒカリは、頭の奥の奥に隠れていたお婆の話を思い出し、はっと我に帰った。


「五枚の鏡で太陽の光を集め女王さまの鏡に当てると神さまが助けてくれる。」そう何度も何度も自分に言い聞かせた。


 一方で、どうやって鏡を使うのかはまだよく分からない。ただ、お婆が死ぬ間際に言った「鏡を使いなさい」という言葉を信じるしかない。


 ヒカリは王の椅子に埋め込まれている鏡を、後ろ側から押し出して取り外した。


 その鏡は五角形の形をし、裏面は星の形が浮き上がり、見たことも無い不思議な文字のようなものが刻印されている。

 表は普通の鏡のようである。覗き込むと疲れ切った自分の顔が映し出されている。その鏡の中の自分に向けてヒカリは言い聞かせた。


「ここに鏡は一枚しかないけど、あと四枚、五つの国にある・・・はず。早くオオツキさまに知らせなくちゃ!」


 気持ちは急いていた。ザオ王朝が裏切りを知る生贄の期限がもうそこに迫っていたのである。


「もう時間がない。」


 ヒカリは鏡を大事に握りしめると、護衛兵に向けて叫んだ。


「すぐに出発します。大和国へ行く準備をしてください!!!」


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