第21話 天空殿会議

 海を隔てた小さな島、結国ゆいこくは近くて遠い。


 島を囲む海は潮の流れが速く、大きなうずが幾つも重なり、船で渡ることは至難のわざである。一度大海原おおうなばらへ南下し、大きく迂回しないと上陸できない島であり、そんなわずらわしさから結国へ行く者はほとんどいない。また、結国から来た者もほとんどいなかった。


 しかし、そんな辺境へんきょうの結国女王ヒカリが大和国女王オオツキに会うために、三日もかけてやって来ていた。

 そして、他の同盟国からも王が集まり、山の中腹にある大和国女王オオツキの居城、天空殿大広間で待っている。


 同盟国の王が一同に会することは通常ほとんどない。しかし今回集まったのは他でもない。ザオ王朝皇帝が崩御したからであり、五つの国から王の血を受け継ぐ者を一人、生贄いけにえとして捧げる時が来ていたのだ。


 これまで、五人のザオ王朝皇帝が崩御し、今回が六人目にあたる。


 過去、五つの国からはそれぞれに一人、五人の王子、王女の命がささげられてきた。

 前回は唯国女王ヒカリが即位する数年前に長兄王子、すなわちヒカリ女王の兄が生贄となっていた。


 集まっているそれぞれの王達は、口には出さないものの、次の順番は最初に戻って大和国から生贄を捧げることになるだろうと思っていたに違いない。この順番を変えることは、固く結ばれた同盟国の絆を壊すことになりかねず、オオツキがそんな愚行を自らすることはないだろうと心から信じているのである。


 それぞれの国王はオオツキを待つ間、誰一人として口を開こうとはしなかった。オオツキの心中を察しているからであり、何かしゃべることでオオツキに不快な思いを抱いてほしくなかったのかもしれない。


 なにかをきっかけに、万に一つ、オオツキが生贄を受け入れないといえば、他の国から生贄を出さなければならないということになる。誰しも、それは避けたいのである。



 大和国女王オオツキには愛娘まなむすめが一人、セイラだけである。オオツキは近く女王の立場を譲ろうとしていた時の凶報きょうほうであった。オオツキにとっては、セイラを生贄にするくらいなら自分が逝くという覚悟であり、そのまま受け入れることは到底できるはずもない。


 もっとも、全ての王たちにとって、いつかは生贄を出さなければならない日が来るという潜在的な恐怖はあったが、皇帝はまだ五十代半ばであったことからすると想定外の突然の死なのである。


 もしかすると、誰もが予見していたかもしれないが、その恐怖から逃れたいために考えること自体を避けていたともいえよう。別の視点からいうと、そのままセイラを生贄にすることは到底受け入れられないということは他の王達も同じであり、今後の同盟国を治めていくためにも、大和国の次期女王となるセイラだけは生きていてほしいのである。が、しかし、その代わりの妙案を今は誰も持ち合わせていなかった。



 天空殿に集まっているのは、海国女王レイ、土国王ケイイチ、山国女王ハル、そして結国女王ヒカリ。同盟国五人の王が今から生贄を誰にするかという相談をしようとしているのであって、大広間は重い空気が充満している。

 まるで砂にでも埋められているような感覚のなか、息苦しく、その重さで身を動かすことすら出来ずにいた。それもそのはず、今参集している王はここ数年でその立場に就いたのであって、みな若い。それぞれに王としての経験が少なく、この難局をどう対応すべきか考えあぐねているのである。


 そのような苦しく思い空気を少しでも動かしたいと、ハルが伏し目がちに、そして今にも泣きそうな震える声でささやいた。


「五つの国の王が一緒に集まるのは十六年振りだそうですね。」


「はい・・・・。」ヒカリは在りし日の兄の姿を思い出し、苦しそうに声を絞り出した。





********* 十 六 年 前 ① *********



 ヒカリはまだ六歳であった。本当はヒカリが生贄になっていたかもしれない。

 

 その時、ヒカリの兄、ツカサもまだ八歳であった。


「ヒカリには生きてほしい。ぼくが、いきます。」


「ツカサ。お前には次の王になってもらいたい。」


「おとうさん。おかあさん。ぼくがいきます。」


「ツカサ。お父さんもお母さんも、お前を行かせたくない。」


「じゃあ、だれをいかせるの。ヒカリはぼくのたいせつないもうと。ひかりだけはだめだよ。」


「ツカサ。話を聞いて。お願いだから。」


「おとうさん。おかあさん。ぼくがきめたんだ。ぼくがいく。」


「ツカサ・・・話を聞きなさい。・・・」


「しんぱいしないで。おとうさん。おかあさん。ひとりでいくよ。」


「ツカサ、お前・・・。」


「おとうさん。おかあさん。だいじょうぶだよ。ほんとうにぼくはしあわせなんだから。」


「ツカサ・・・」


 父であり王であるアキト、母であり妃であるアワシマに毎日のように懇願していたのである。


 そのやり取りは数日続いたが、ツカサは最後まで絶対に折れなかった。何度も押し問答があった末にアキトはツカサを生贄にすることに決めた。幼いながらにそのやり取りをヒカリはしっかりと脳裏に焼き付けている。


 

 ツカサが結国を離れる日、ヒカリに微笑みながら最後の言葉を言った。


「ヒカリ、おにいちゃんはいまから、とおいところへいくんだ。ぼくがはじめて、じぶんできめたから、ほんとうに、うれしいんだ。」


「おにいちゃん。いかないで。」


「だいじょうぶ。いつかまた、おおきくなったヒカリとあえることを、たのしみにしているよ。さみしくなるけど、なくなよ。」


「おにいちゃん。いかないで。おねがいだから。ね。いかないで・・・」


 ツカサに抱き着いたヒカリをアキトとアワシマは泣きながら引き離した。



 生贄となるツカサとともに、アキトとアワシマも遠いザオ王朝へ一緒に向かった。


 最期の瞬間までツカサに付き添うということを自らに課したからである。それが親としての務めであると思っていたからであり、自らの子供を生贄にし、自分達が生き残るという地獄の選択をしたことを死ぬまで背負うことを神に誓うためである。


 しばらくして、ザオ王朝からは生贄が無事に完了した報せだけが届いたのであった。


 しかしである。


 この時、ツカサだけでなく、アキトとアワシマまでもが、ヒカリの元へは帰ってこなかった。何年も消息を探し続けたが、誰も帰ってこなかったのである。




**************************



 オオツキの参上を告げる鐘の音が山合に寂しく響き渡った。


 カァーン・・カァーン・・カアーン・・・


 天空殿の周りは、やがて来る冬の様相を呈している。、肌寒い風が吹き抜けては葉のない木が揺れている。


 奥から、オオツキが出てくると、王達の前で深く頭を下げ、テーブルについた。


「みなさん。よく来てくれました。知っての通り、ザオ王朝皇帝が崩御し、新皇帝ウルフが誕生しました。ザオ王朝からは皇帝の陵墓りょうぼに一緒に埋葬まいそうするための生贄を差し出すようにと使者がきました。私たち五つの同盟国はこれまでに五人の家族を亡くしました。そして、今回・・・」


 ここでオオツキは目を伏せた。次の言葉はセイラの名前が出ると誰もが思っていた。


 再び王達に顔を向け、この言葉は大和国女王として絶対譲らないという鋭い目をした。


「そして、今回のことですが、もう誰も出しません。」


 全員がオオツキを見返した。王たちの目は驚きというか、ザオ王朝に歯向かうという決断に悲壮感すらも漂っている。


 オオツキは言葉を続けた。


「その理由を今から説明します。数日前、ヒロトが帰ってきました。ヒロトはエンヒコと一緒に貢を届けにザオ王朝へ行きました。そこで何があったのかは分かりません。皇帝に謁見するためにエンヒコが一人でザオロン城へ行き、そこで、エンヒコは殺されました。」


「ひっ」レイが悲鳴を上げた。


「どうして、エンヒコさまが殺されたのですか。」ケイイチは心から尊敬するエンヒコが死んだことが信じられないでいる。


 オオツキは首を横に振り、話を続けた。


「エンヒコが殺された理由は分かりません。でも、皇帝の死に関係があります。」


「まさか、エンヒコさまが皇帝様を!?」ハルが驚いたように聞き直した。


「それはあり得ません。エンヒコがそのようなことをするはずがありません。しかし、皇帝様の死とエンヒコの死は同時だったことは確かです。」


「エンヒコ様と皇帝が同時に・・・」(どうゆうこと・・・分からない・・・)ハルは頭の中が混乱してきた。


 オオツキは話を続けた。


「つまり、皇帝は私たちに対して何らかの責めを求めてくる可能性があります。」オオツキの話に、みな、頭の整理をするのに必死である。


「でも、今、生贄を出せと言ってきているということは、使者が言うように皇帝様は病気で亡くなられたということになりませんか。」とヒカリが冷静に聞いた。


「はい。私も初めはそう思っていました。しかし、どうしても真実が知りたくて。・・・だから、エンヒコの魂を呼び出し何があったのかを聞いたのです。」




**********  数 日 前  **********



 天空殿大広間でオオツキとセイラは、疲れきって、変わり果てたヒロトを見て泣いている。


「ヒロトよく帰ってきてくれました。」オオツキもセイラも既にエンヒコに何かあったことを察知して泣いているのである。


「オオツキさま。父さんはザオロン城で殺されました。」


「エンヒコが・・・死んだ!?・・・・何故?」


「何故かわかりません。・・・でも、父さんはこうなることを事前に予想していました。」


「エンヒコが・・・」


「お城へ行く前に、自分が死ぬと言ったんです。だから、僕を残して、一人でザオロン城へ行きました・・・」


「そうですか。死ぬことを知っていてエンヒコはお城へ行ったのですね。」


「はい。その時は知らせるから、すぐ帰るようにと言いました。オオツキ様。お父さんに何があったか。僕は知りたい。お願いです。お父さんを呼び出してください・・・」


「何があったのか。・・・エンヒコに教えてもらいましょう。今からエンヒコの魂を呼び出します。セイラいいですね!」


「はい。分かりました。私もエンヒコに会いたい。」


 死者と話をすることは大和国女王にとっては難しいことではない。セイラも何度か経験があり、すぐ準備にとりかかった。


 大広間の真ん中にたっぷりと水が入ったたらいを置き、その中にオオツキが丸い鏡を入れた。セイラは鎮魂の儀で使う神聖な水を数滴盥に注ぐと瞬間に水が白く濁ったのである。

 さらに、あたまの髪に結んでいた朱色に染めた麻糸を取り外すと、たらいの白い水に沈めた。また水は色を変え、赤い朱色に染まりきった。

 オオツキは盥のなかから鏡を取り出すとセイラに首に掛けた。そして、セイラの頬に優しく両手をあて囁いた。


「セイラ、エンヒコの魂を呼んで、何があったのかを教えてもらいましょう。」


「はい。お母さん。」そういうとオオツキは大きな声でセイラの肩に念を送り込んだ。


「エイッ!」「エイッ!」「エイッ!」


 そして、セイラの頭から朱色の水をかけた。白い麻織物は真っ赤に染まり、燃えているようである。鎮魂の儀で死者にそうしているように、全身が朱に染まっている。

オオツキはセイラの後ろ側に回ると念を送り込んだ。


「オオカミサマ、エンヒコを呼び出してください。ドウカオネガイシマス。マモリタマエ・キヨメタマエ・・・・・」

 やがて、セイラの体が徐々に赤く発光しだした時、オオツキが大きな声でエンヒコを呼び出した。


「エンヒコ。ここへ、降りてこい!!」


 その瞬間、セイラの身体がふわっと宙に浮いた。


「エンヒコ。オオツキです。エンヒコ、聞こえますか?」


「お父さん。ヒロトです。お父さん!」

「エンヒコ。応えて!・・・・・・エンヒコ!」



 やがて、セイラの口から、エンヒコの声が聞こえてきた。


「オオツキサマ。オオツキサマ。スミマセン。このような失態・・・。」


「父さん。」ヒロトはセイラを見つめ、目を真っ赤にして泣いている。


「ヒロト、ヤクソクドオリカエッタナ。ホメテヤル。よくやった。」


「父さん。どうして。死んじゃったの?」ヒロトは泣きながら聞いている。

「エンヒコ。・・・・何があったのですか?」


「オオツキサマ。コウテイハ、ウルフに斬られて、コロサレタ。その汚名を私に負わせ、私を斬りました。狗魔族です。」


「狗魔族!?どういうこと?」ヒロトは頭が混乱してきた。


「エビルがウルフと一緒にいました。エビルがウルフと一緒に動いています。」


「エビル!?エンヒコそれは本当ですか?」オオツキもヒロトも言葉を失った。


「ホントウデ・ス。狗どもの仕業ですぞ・・・・ミナデチカラヲアワセレバ、勝てます・・。」


 その時、セイラの声が苦しそうにつぶやいた。

「う。う。お母さん。もうダメ。」するとセイラがストンとその場に倒れ込んだ。

「セイラ。大丈夫!?セイラ!セイラ!・・・」



***************************

 

 

 王達が集う天空殿大広間にセイラとヒロトが入って来た。エンヒコの魂に聞いた事を話し出した。


「父さんは、僕が最後の約束を守ったことを褒めてくれた。言ったとおり、生きて帰ってきて、オオツキさまに知らせたことを褒めてくれたんだ。これは僕と父さんの約束だった。父さんはみんなで力を合わせれば狗魔族に負けないと言ったんだ。」


 ヒロトは泣きながら父の思いを伝えた。

 が、ケイイチがいぶかしそうにヒロトを見た。

「なぜ、狗が出てくるんだ。もう壊滅させたじゃないか。」と少し怒ったかのように言い切った。


 オオツキはケイイチをなだめるような目をして数回頷くと、続けて静かに話し出した。


「そうなんです。エンヒコは狗魔族というのです。エンヒコは新皇帝ウルフに殺されたと言いました。そしてその場にエビルがいたというのです。今度のことはウルフとエビルが仕組んだようなのです。」

 みな、エビルの名前を聞いて体中に怒りがふつふつと湧き出している。


 続けてセイラが話した。


「私の体にエンヒコの魂が入ってきました。エンヒコが見たものが私には見えました。ウルフが皇帝を剣で刺して、エンヒコを切るところを見ました。そしてウルフとエビルが並んでいる姿を見ました。」


「とても信じられません。」ハルは頭を抱えている。しかし、オオツキとセイラの言葉は誰よりも信じられる言葉でもある。


 オオツキが再び、王達に目を向けて、その決意を話し出した。


「私たちは、これまでも懸命に生きてきました。そして、これからも懸命に生きていきます。どう生きていくのか、どう生きようするのかが大切です。それに、エビルが絡んでいる以上、皇帝は必ずここにやってきて戦いになるでしょう。最後の最後まで、思うように生きたい。どうかみなさまの力を貸してください。」


 このオオツキの言葉に全員の覚悟が決まっていた。皇帝と戦うというよりも、憎きエビルを倒すということを決意したといえる。そして、どう生きていくのか。何を守るのか。命ではなく生き方そのものを守るという強い覚悟で団結したといえる。


 生贄を送る期限は数日後である。つまり生贄が届かないことを知った時が、五つの国の裏切りが発覚する日。

 ザオ王朝の大軍が数日後には攻めてくるかもしれない。その時までに戦いの準備を終えなければならない。


「たたらば」では桔梗が剣や矢じりを急いで製造している。


 山国は西側からの攻めを守るため『ツル』の周囲に約五百人の兵を残し、民を含めてすべて大和国内に移動させ、関所の補強を始めている。


 土国では長期戦に備えての備蓄として、国中の作物を刈り取り、食料をすべてを大和国内へ運び込んでいる。


 海国もすべての武器と民を大和国内に移動させていた。


 大和国は西を『ツル』の山で防御し、北と南も自然の谷や川で大軍が攻め入ることは容易ではない。問題は東側で、川が海まで流れ込んでいる。遮るものは何もなく完全に無防備である。そこで、「たたらば」の東側にある狭い窪地に木を組んだ城壁を作ることにした。この防御壁が決戦の場所となる。

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