【KAC20232】なんやかんやでコラボカフェに行く二人
宇部 松清
第1話
「わぁ……っ!」
すごいね、萩ちゃん! と夜宵が瞳を輝かせている。天使だ。天使がいる。
「僕、こういうところに来たの初めてだよ! 萩ちゃんは?」
「俺も、初めて」
「そうなんだ! お揃いだね!」
夜宵の口から発せられる、『初めて』という言葉にドキッとする。高校二年の文化祭で長年の片想いに終止符を打ち、念願の恋人となった俺達は、たぶん、色んなことが『初めて』だ。俺の記憶が確かなら、夜宵はこれまで恋人――男女関わらず――というものがいたことはない。だから、キスもデートも何もかも、俺とが初めてなのである。
なんやかんやで夜宵の住んでいる部屋に転がり込む形となって同棲生活が始まったのだが、そこでわかったことがある。
夜宵は案外、可愛いものが好き、ということだ。
といっても、ぬいぐるみがぽつんと一つ置いてあるだけではあるんだけど。それもどうやら、
「ごめん、ちょっとはしゃぎすぎちゃったね」
席に着き、ドリンクを頼んで一息つくと、まだ興奮を隠しきれない様子の夜宵が、ぱたぱたと手で顔を扇ぎながら笑う。
はしゃいでるお前が可愛いよ。もうこの空間のどのキャラよりもお前が可愛いよ!
「良いんじゃないか? 多少はっちゃけるくらいでさ。こういうところって、皆そうだろ」
そう言って、辺りを見回す。どちらかといえば女性客が多いが、付き添いらしき男性客もいるし、小さい子ども連れのお母さんもいる。決して多くはないが、俺らのように男二人の組み合わせ、なんていうのもいるにはいる。そして、その誰もが、きゃあきゃあと黄色い声(一部野太い声が混じっているが)を発して、スマホカメラで辺りを撮影しているのだ。夜宵のはしゃぎようなんてまだ可愛い方である。
「でも、萩ちゃんは恥ずかしくない?」
きゅっと肩をすくめて、すまなそうに眉を下げる。そんな表情もはっきり言って可愛いの一言だが、さすがにここで言うのは憚られる。
「いや全然? 俺は夜宵の好きなものが知れて嬉しいよ。えーっと、なんだっけ、『はしっコずまい』? 大学の同ゼミにもさ、これのキーホルダーとかじゃらじゃらつけてるやついるし」
「それって男?」
「いや? 女だけど?」
「だよねぇ。男でこういうの好きって、あんまりいないよねぇ」
へにょ、と眉を下げたまま、困ったような顔で笑う。けれどそんな下がり眉は、運ばれてきたパステルカラーのレインボードリンクで一気に回復した。
「うわ、すごい! これどうやって作るんだろ。えっと、比重で色分けしてるってことだよね……? てことは一番下のこれが……」
ぶつぶつと俺には理解出来ない言葉を並べて、ふむふむとドリンクを見つめる夜宵は、なんだか研究所とかに勤務する研究員のようだ。こいつ、白衣とかぜってぇ似合うだろうなぁ、なんてことを考えながら、ドリンクについてきたコースターを見る。俺のはシマウマで、夜宵の方は困り眉の犬である。ハスキー犬っぽいその困り犬、ちょっと夜宵に似てる気がする。
「夜宵はどれが好きなんだっけ。持ってたぬいぐるみって……ライオンだよな?」
「全部好きだけどね、特に好きなのはライオンなんだ。ぬいぐるみがね、
そこまで言うと、ぼっ、と顔を真っ赤にして、せっかくのレインボーをぐちゃぐちゃをかき混ぜ、一気にずごっと飲む。おいおい、どうした。
「は、萩ちゃんの髪みたいだな、って、その」
「……は? え? そ、そうなん……?」
俺、そんなファンキーな頭してた!?
「その、お姉ちゃんが買ってきてくれたのも、そ、そういう話を前にしたことがあってね。その、はしっコずまいのライオンの鬣が茶色でふわふわで萩ちゃんっぽいよね、って。そしたら、その年のコラボカフェの限定のやつを買ってきてくれて。それで」
そこから、なんかハマっちゃって、と耳まで赤くして言う。キンキンに冷えていたはずのドリンクでも冷ませないほどの赤さだ。
「……っくそぉ」
そんなことを言われたら、こっちだって恥ずかしい。お前はどんだけ俺のことが好きなんだよ。むしろそんなお前が好きだわ!
夜宵に負けないくらいの赤さになっていると断言出来る顔を覆って悶絶していると、恐らく、何か失言してしまったと思ったのだろう、「萩ちゃん、引いちゃった……?」と泣きそうな声が聞こえてきた。
「引かない! 引いてない! 引くわけがない!」
「えっ、三段活用……?」
「何段活用かは知らねぇけど、とにかく引いてない! むしろ、その、なんていうか、夜宵がすげぇ可愛いって思っただけ!」
そう言って、俺もドリンクを一気に飲んだ。すげぇ甘いなこれ。正直何味かもわからん。美味しいけど。
「よし、そん時のお返しってことで、弥栄さんにもお土産買ってこうぜ。弥栄さんは何が好きなんだ?」
そう言って、貴重品だけを持ち、立ち上がる。俺に続いて夜宵も席を立った。グッズ販売コーナーに行き、手頃なサイズと価格のぬいぐるみを物色する。ボールチェーンがついているので、バッグに付けることも出来るやつだ。
「お姉ちゃんはね、ラーテルが好きって言ってた」
「ラーテルなんていんの……? あぁ、これか。しかしまたなんでこんなマイナーな動物を……。ライオンもそうだけど、こいつら言うほど端っこが好きな生き物なのか……?」
「現実の動物とは違うからね。ここのキャラはそういうコンセプトなんだ」
「成る程なぁ、ラーテルねぇ」
全体的にゆるふわな雰囲気の中、こいつだけやたらと勇ましい顔をしている。
「なんかね、いまお付き合いしてる人に似てるんだって」
「このラーテルが?」
むぎゅ、と持ち上げる。うわ、すっごいもちふわだな、これ。
「そうみたい」
「へぇ。弥栄さんがねぇ。ていうか、ラーテルってどんな動物なんだ?」
「ええとね、ほら、ラーテルってこのキャラでもそうなんだけど、割と身体は小さくて可愛らしいでしょ? でも、性格は案外凶暴で、怖いもの知らずなんだ。自分より大きい猛獣なんかにも立ち向かうんだって」
「すげぇ。怖いもの知らずっていうか、命知らずな気もするけど」
「まぁ、実際のラーテルはそんな感じだけど、はしっコずまいのラーテルはね、とにかく声が大きくて、人の話をあんまり聞かなくて、空気が読めなくて、ちょっとお馬鹿さんなんだけど」
「駄目じゃん」
なんかあれだな、ウチの身内にいるな、そんなやつ……。
「だけど、力持ちで優しくて、いつも明るくて、みんなに元気を与えてくれるんだって。ラーテルがいるだけでその場が一気に明るくなっちゃうんだって。お姉ちゃんはそんなところが好きなんだって」
「成る程なぁ」
ますますあいつに似てるな。あいつっていうか、兄貴なんだけど。
でも、まさかな。弥栄さんみたいな清楚系美人とウチの
うんうん、と一人納得していると、夜宵はうんと声を潜めて、とっておきの秘密を打ち明けるようないたずらっぽい笑みを浮かべた。
「
「――は?」
「お姉ちゃんがお付き合いしてるの、椰潮さん」
「ぅえっ!? ちょ、嘘。マジで!?」
どこが良いんだ、あんなの!?
っていけない。身内を貶めるのは良くない。曲がりなりにも血の繋がった兄貴だし、そんな兄貴を好きだという弥栄さんを否定することにもなってしまう。
「というわけで、僕、お姉ちゃんにこのラーテル買ってくよ」
「お、おう。……あっ、そんじゃあさ、俺、夜宵にライオン買ってやるよ」
「ほんと? 嬉しい! じゃあ僕も萩ちゃんに何か買いたい。……あっ、でも萩ちゃんはこういうのあんまり好きじゃないよね?」
押し付けちゃうのも悪いよね、なんてやっぱりちょっと寂しそうに笑って、きれいに並べられているラーテルの中から、恐らく一番良いと思われるものを選んでいる。これかな、と選び取ったその手に軽く触れて、「いや」と言った。
「萩ちゃん……?」
「夜宵が好きなもの、俺も欲しい」
「そ、そうなの……?」
「そう」
「えっと……それじゃあ、萩ちゃんもライオンにする?」
「いや俺は――」
と、ライオンの隣に並んでいた、困り眉の犬を指さした。「あれ」
「これ?」
「そ。その犬。なんか夜宵っぽい」
困り顔のキャラが似てるなんて言ったら気を悪くするだろうかなんてことも考えたけど、似てるものは仕方ない。
すると夜宵は、ふっ、と吹き出した。
「これね、犬じゃないんだ」
「え? じゃ、何?」
「狼だよ」
「マジ!?」
「そっかそっか、萩ちゃんには僕が狼に見えるんだね」
「えっ、いや、その……!」
「男はみんな狼、なんて言うもんね。萩ちゃんのこと、食べちゃうぞー! なーんて、あはは」
あははじゃないよ!
むしろこっちが美味しく頂きたいわ、そんな可愛い狼!
ていうか俺ライオンだしな!? 狼なんて返り討ちだからな!?
っつーか、シマウマもラーテルもライオンも狼も、どいつも別にそんな端っこにいる動物じゃないだろ!
と、心の中でそう突っ込む。
その後、どうやら俺らの会話が聞こえていたらしい女性から、「もし良かったら、お二人のコースターと、私のライオンと狼のコースター、交換しませんか?」などという、コラボカフェあるあるらしい交渉をされ、願ったり叶ったりだとそれに応じた俺達は、たくさんのお土産を買って帰路についたのだった。
【KAC20232】なんやかんやでコラボカフェに行く二人 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa
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