第5話 遭遇、ワイルドエルフ

 夜中、テントの周囲に仕掛けていた魔道具が反応した。

 侵入者を感知して音を鳴らす猿のぬいぐるみである。

 手にしたシンバルが、シャンシャン打ち鳴らされる。


「しまった!」


「なんだこれ!?」


 慌てる声が聞こえた。

 これは、エルフ語か。

 幸い、こんなこともあろうかと、私はエルフ語の会話も読み書きもマスターしている。

 私は寝袋のまま起き上がった。

 これは、私が外注して作らせた、着たまま動ける寝袋である。


「落ち着き給え」


 私が姿を現したので、テントの外にいた彼らは一様に緊張したようだった。


「妙な臭いがすると思って来てみれば、な、なんだお前は!」


「人間じゃなかったの!? こんなモンスター見たことがないよ!」


 そこにいたのは、二人のエルフ……ワイルドエルフである。

 通常のエルフ種は、半ば人に交わりながら暮らしている。

 ワイルドエルフとは、人と交流せず、昔から変わらない文化を守りながら生活する古いエルフ種だ。


 彼らは顔に、染料で迷彩をほどこし、全身も毛皮を木々や草の色に染めていた。

 手にした武器は、弓矢と手槍であろうか。

 どれも、刃物の部分は鋭く研がれた石でできている。


「私は人間だ。これは寝袋。落ち着き給え諸君」


「ネブクロ……!? それに、お前は人間と言うが、その肌色に目の色。闇族ではないのか?」


 私がエルフ語を話したことで、彼らの警戒心は少しだけ薄らいだようである。


「私は半分だけ、君たちが言う闇族、シャドウの血が混じっている。今寝袋を脱ごう。待っていたまえ」


 私が寝袋のボタンを外し、脱ぎ捨てていくと、ワイルドエルフたちから「おお」「本当に脱げたよ」と驚きの声が漏れた。

 別に、私が寝袋を纏った姿の生物だと思っていたわけではあるまい。

 これほどボリュームがある衣装が、簡単に脱げてしまったことに驚いたのだ。


「自己紹介をさせてもらっても?」


「自ら名乗るか。良かろう、名乗れ」


「私はジーン。このスピーシ大森林を開拓し、領地とせよとの命を受け、セントロー王国からやってきた者だ」


「領地……。人間が、土地を己のものにするという言葉だな? 土地は誰のものでもない。偉大なる祖霊が守ってきたものだ。それを、祖霊ならぬ身が所有するなど、傲慢に過ぎる」


 ワイルドエルフから返ってきたのは、実に彼ららしい言葉だった。


「ああ。そのことについて、君たちとも話し合いが必要だろう。どうだろう。立って話すのもなんだ。こちらから食料を出すから、座って話さないか?」


 二人のワイルドエルフは、戸惑いを見せた。

 まさか、侵入者にお茶しよう、と誘われるなどとは思ってもいなかったのだろう。


 二人は視線を交わしあい、唇を薄く開いて、そこから小鳥のさえずりのような音を立てた。

 口笛で会話しているのか。

 興味深い。

 この会話ならば、法則を知らない者に理解することは不可能だろう。

 私はこの知見を、手乗り図書館に記録した。


「!? なんだ、それは」


 突然現れた手乗り図書館に、驚くワイルドエルフ。


「これは、私が作った本のようなものだ。見聞きしたことを、これに記録する」


「……語り部、みたいなものか。人間は分からん。そして、このことは我らの部族に報告する。お前が人であれば、ここで排除するところだった。だがお前は人ではない。闇族をどうするかは、部族の判断を待たねばならない」


 おや。

 どうやら魔族のシャドウとワイルドエルフは、悪い関係ではないらしい。

 そして、今までの調査隊が失敗したのは、ワイルドエルフによって殺されたパターンも多そうだ。


「ほわー……。先輩、外で独り言ですか? だめですよ、独り言をする暇があったらわたしとお喋りしてください」


「また出てきた!」


「精霊力が働いていない! 人間ではないよ!」


 テントから顔を出したナオを見て、ワイルドエルフたちが慌てた。


「彼女はホムンクルスのナオ。我々人間が魔法によって作り出した存在だ。君たちの言葉で言うならば、精霊力で呼び出した妖精となるだろうか」


「ほう……ふうーむ……」


「兄さん、このことも部族に報告しないと……」


 兄弟……いや、片方は声が高いな。

 兄妹であろうか。


「ほえー? お客さんですか?」


「まさか、侵入者が二名とも人間ではないとは……。これは我らで判断できぬ。いいか、二人とも。この地で待っていろ。明日には戻る!」


「兄さん、早く離れようよ! ここ、臭くて無理!」


 モンスター避けの香の力であろう。

 妹の方は今まで我慢していたようだが、ついに限界が来たらしい。

 鼻をつまんで、真っ先に駆け出していく。


「おい待て、シーア! ええい、仕方ないやつだ。まだあの魔狼がうろついているかも知れぬというのに! いいかお前たち! ここで待っていろ! 逃げるのではないぞ!! シーア! 待て! 待てと言うのに!!」


 行ってしまった。

 闇の中、二人のエルフが木々を駆け上がり、枝の間を走っていくのが見える。

 シャドウ族の血を引く私は、闇を見通す目を持っているのだ。

 彼らがどこに向かっていくのかも、はっきりと分かる。


「あの方角がワイルドエルフの集落というわけか」


「せんぱーい。まだ夜遅いじゃないですかあ。寝ましょうよう」


 半分夢の中といった様子のナオが、大あくびをする。

 そうだな。

 ワイルドエルフはすぐに戻ってはくるまい。

 我々は睡眠を取り、明日に備えるとしよう。

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