第8話 魔狼の話

「ようこそ、外から来た者よ」


「ああ。お招きに感謝する長」


 ここはワイルドエルフの村。

 と言っても、見た目は森の中の開けた場所、という印象だ。

 生えた木々の半ばが膨らみ、そこが家になっているのだ。


 入り口は木のうろ。

 そこからぶら下がった蔦を使い、入室したのである。


「ぜえ、ぜえ……。先輩、インドア系なのに妙に体力ありますよね」


 蔦を登ったことで、体力を使い果たしたナオが、汗だくでぐったりしている。


「フィールドワークも賢者の務め故な。そして私は研究に行き詰まった時、体をいじめて気分転換するのだ」


「……変態さんですか?」


 なんと人聞きの悪い。

 我々がやり取りしている間、長はじっと待っている。

 苛立った様子もない。

 逆に、エルフ兄のトーガは胃をキリキリさせながらこちらを睨んでいた。


「長の前だぞ!!」


「おっと、これは失敬した」


「良い良い。わしはもう千年近く生きておる。たかだかこの程度の時間、どうということもない」


 エルフの長は、見た目こそ中年に入りかけの男性であるが、これで既に老人らしい。

 エルフの外見の老化はさほど進まないようだ。

 私は手乗り図書館に記録する。


「先輩何気に図太いですよね」


「そうか? それで、長。我々を呼んだ理由というものは何かね? 私としては、エルフの村にやってこられたことは大変嬉しい出来事なのだが」


「ああ、それはな。精霊が言うのだ。お前たちは悪しき者ではないとな」


「ほう? 精霊が? 精霊とは、我々の世界で言う魔力に等しいものだと理解しているが、魔力は力でしか無く、そこに意思は介在しないはずだが」


 私の疑問に、長は笑って答えた。


「それは、人間が精霊を使いこなせぬだけよ。わしらエルフは精霊に名をつけ、己の名と結びつけて使役する。それは知っておろう?」


「うむ。なるほど。人間と君たちエルフでは、魔力に対する親和性が全く違うということか」


「そういうことよ。それは魔族であるお主も、魔なる生まれの存在であるそこの娘も変わらぬと思うが」


 ほう。

 それはつまり、人間の側で魔力の使い方を覚えた我々は、本来の魔力を扱えていないということか?

 私の思考をよそに、長が言葉を続ける。


「おぬしらを呼んだ理由は一つ。おぬしらが宿泊しておったところがあっただろう。あれを成した者のことよ。そう、魔狼よ」


「あれか。私の調べでは、ダイアウルフに近い、もっと大型の狼型モンスターであるということまでは分かっているが。狼型で最大のモンスターがダイアウルフである以上、それは私が知らないモンスターということになりそうだな。詳しく教えてくれないだろうか」


「うむ。あれは、言葉を話す魔狼よ。十年と少し前に、突如ふらりと森に現れた。それより、魔狼はわしら試練の民と争いながら、森で生きておる。名を、マルコシアスと言う」


 聞いたことがある名だ。

 だが、それはモンスターとしてではない。


「なぜ、名が分かったのかね?」


「奴が現れた時、わしらは何者かと問うた。そして奴が答えた。そこから、我らと魔狼の争いが始まったのだ」


「長、少々失礼する」


 私はこの場で、手乗り図書館を起動した。


「検索。キーワード、マルコシアス」


 手乗り図書館は、白く輝き出した。

 やがて、図書館の上に提示されるページ。

 ナオがそれを覗き込み、ほえー、と変な声を出した。


「これ、王国の五百年前の記録じゃないですかー。なんですかこれ? えっと、エイジャー男爵が悪魔教団と契約して呼び出した悪魔……マルコシアス。巨大な狼の姿をして、王都の一部を口から吐く炎で焦土に変えた、と」


「史学専攻の賢者リュビスの研究会に顔を出してな。これは当時の冒険者と、王国の騎士団によって退治された。マルコシアスは全ての疑問に答える力を持つと言われていてな。これを用いて、エイジャー男爵は貴族の間での立場を上げようとしていたのだが、マルコシアスの力の側面を呼び出してしまい、制御に失敗してこうなった。もちろん、エイジャー男爵家は失敗の責を負って取り潰し。男爵本人は処刑された」


「へえー。これ、まずいですねえ」


 私とナオの言葉を聞いて、エルフ兄妹の顔色がみるみる悪くなっていく。


「そ、そんなものが十年も、森の入口をうろついているのか」


「森が焼かれちゃう……!!」


「むう……!」


 長も、苦々しげに唸った。

 森で暴れているらしき魔狼とやらが、それほど恐ろしいものだとは思ってもいなかったのだろう。


 だが、エルフたちがマルコシアスの危険性を知らなかったのは何故だ?

 相手は、王国の一部を焦土に変えた、恐るべき悪魔だ。

 それがこの森に出現して、十年もの間ワイルドエルフと争っていると言う。

 だと言うのに、ワイルドエルフがマルコシアスを語る口ぶりに、そこまで切実さは無かった。


「長。ここ十年で、森が燃えたケースはあるかね?」


「い、いや、無い。我ら試練の民が管理する上で、ほんの僅かでも、火の精霊を立ち入らせる事はないぞ」


「そうか。悪魔マルコシアスの権能は、質問に答えることと、炎を吐くこと。これら二つの側面を持つのだが、国を焼いたのが力の側面であるならば、もしや今、この森に来ているのは……。長。エルフの誰かは、マルコシアスと言葉を交わしたかね?」


「まさか。あのようなおぞましい魔狼と、話すようなことがあるものか」


 やはりか。

 であれば、この件は解決できるかも知れんぞ。

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