第4話 モンスター調査

「先輩、何してるんですか?」


「ああ。木がへし折られた跡でな。犯人であるモンスターを絞り込んでいる。この周囲の木々が無事なのに、この木だけが折れている。そして腐食して自然に折れた跡もない」


 私が根のあたりで地面をほじくり返していると、興味を抱いたらしいナオがテントから出てきた。


「そんなの調べて何になるんですか?」


「この跡地は、第二十七調査隊の資料によれば、大人二人が手をいっぱいに伸ばして、やっと抱えられるほどの太さの木であったようだ。これを折るだけの力を持ったモンスターと言えば、気になるだろう。恐らく、この森の生態系でも上位に位置する存在だ」


「あ、確かに。森で一番恐ろしいモンスターっていうことになるかもしれませんね! わたしもやります!」


 ナオが小さいスコップを取り出す。

 園芸用ではないか。

 だが、彼女の手を借りれば作業は1.2倍ほどの速度で進むだろう。


「頼む」


「任されました!」


 二人でさくさくと、地面をほじくる。


「先輩、何を探したらいいんですか?」


「具体的には獣毛だ。これだけの強さで木を折ったのだ。根や、それに付着した土にモンスターの毛が貼り付いている可能性が高いだろう。毛が一本でも見つかれば、その性質から手乗り図書館で照会ができる」


「分かりました! 毛~、毛、でろー」


 二人でどれほど、木の跡地を耕したであろうか。

 私は小さな熊手を使っていたのだが、その先端にゴワゴワとした太い繊維質が絡みついたのだ。


「取れたぞ!」


「ほんとですか!? うわっ、くちゃーい!」


 ナオが鼻をつまんだ。

 確かに、臭い。

 長い間土の上にあった獣毛は、腐敗を始めているようだった。

 これをピンセットでつまみ、手乗り図書館にかざす。


「サンプルを提示する。該当するモンスターを検索」


 手乗り図書館が、ピカピカと光った。

 やがて、一匹のモンスターが選択される。


「ダイアウルフに酷似、か。狼に属するモンスターがこれをやったということだな」


「狼ですか。狼って、本で読んだ知識では、群れる動物だったと思いますけれど、もしかしてこんな大きなモンスターが群れで……?」


「いや、群れでこれだけの強力なモンスターがいては、生態系が崩れてしまうだろう。それに、先程も言った通り、この木の他は折られていない」


「? じゃあ、狼のモンスターは一匹だけだったとして、どうしてこの木を折ったんでしょうか」


「ここが、第二十七調査隊のキャンプ地だったからだろう。モンスターが狼系だと分かった以上、答えは簡単だ。人間の臭いがついていたからだろう」


「へえ……。それって……わたしたちもまずいんじゃないんですか?」


「まずいだろうな。第二十七調査隊から歳月が経過しているが、かのモンスターが生きていた場合、我々のにおいを追ってやってくると考えて間違いあるまい」


「……先輩、それを分かっててここでキャンプを?」


「ああ。どれほどのモンスターかは分からないが、種類さえ分かれば対応の方法が判明するというものだ」


「対応方法? こんな木をへし折るくらい、力が強いモンスターに……? 先輩、モンスターを退治できるような魔法を使えましたっけ」


「私は探査、調査系魔法のみしか使用できない。狼系のモンスターを近寄らせないために、魔法など必要ないぞ」


 荷物を探る。

 取り出したのは、瓶詰めになった木片である。


「それ、なんです?」


「こんなこともあろうかと、スメリアの香木を、特製のオイルで精製した強力なアロマを用意していたのだ。今は密封されているが、この封を取れば……」


 蓋を外すと、強烈な香りが溢れ出す。


「うわーっ!」


 ナオが鼻をつまんで転倒した。


「鼻が! わたしの鼻がーっ! せ、先輩ひろいひどい! ホムンクルシュの鼻は敏感らろりなのにーっ!!」


「分かったか? これは、ダイアウルフすら嫌がって近づかない、強力な香りを発生させる。効果はおよそ一週間ほどだろう。それまでに、対象となるモンスターを発見し、脅威を排除するのだ。さもなくば、我々がモンスターの胃袋に収まってしまうこととなるだろう」


「そ、それは困りまふね……」


 鼻を赤くして、立ち上がるナオ。

 服が土でドロドロだ。


「ナオ、テントで着替えてくるように。その衣服は川で洗濯をし、干しておくんだ」


「あ、はあい。先輩、覗いちゃダメですからね!」


 ナオは素直に、テントに戻っていった。

 私はアロマを持って、テントの周囲を歩き回る。

 強力な香りを、たっぷりとこの辺りにつけるためだ。

 まずはテントの周り。

 そして少し離れた土手を歩き、さらに小石が散らばる川原へ。


「こんなところだろう」


「先輩!! なんで!! 本当に覗かないんですかっ!!」


 テントから、ナオの怒声が響いた。


「? どうした、ナオ」


「どうしたもこうしたもありません! わたしが読んだ本では、男性は覗くなと言われたら覗きたくなるもののはずです!」


「覗くなと言われたら覗くわけがあるまい」


「うーっ! だーかーらーっ! 先輩はロマンとか、そういうものが無さ過ぎるんです! もう少し、感情を持ったホムンクルスに夢を見させてください!!」


 難しいことを言う。

 私にどうしろというのだ?

 ナオは、ただでさえ薄桃色をした肌を真っ赤にして、ぷりぷりと怒り、川へ洗濯に行ってしまった。

 そうだ。

 安全に洗濯やトイレも済ませられるよう、川べりにもアロマを撒いておかねばな。

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