第3話 ここをキャンプ地とする
ストーンゴーレムが斧を振るう。
人間の数倍に及ぶ力で叩きつけられた斧は、幹に深い傷をつける。
このまま切らせていると、木は半ばからへし折れ、でたらめな方向に倒れてしまうことだろう。
それを、ある程度まで進行したところでクレイゴーレムに代わらせる。
力は弱いが、繊細な斧使いにより、木が倒れる方向をコントロールするのだ。
「川の上に倒れては困る。今回は森の外に向かって倒れるようコントロールする」
「なるほど! クレイが頑張ってる間に、ストーンが別の木を切るんですね!」
「そういうことだ。ストーンゴーレムだけなら、仕上げを我々がやらねばならなかったところだ」
「力仕事ですか! わたし、結構力があるんですよ!」
ナオが腕まくりしてみせた。
色素が薄い二の腕は、触ってみるとぷにぷにしている。
力こぶができてないぞ。
「うはは、先輩触ったらくすぐったいです……!!」
「力がなさそうに見える。私の方が力が強いだろう」
「そんなことないですよ! 腕相撲しましょうよ!」
そのようなわけで、作業進捗の合間にナオと腕相撲をすることになってしまった。
△△△
「負けたあー」
「……驚くほど弱かった」
三戦して、三回とも私が一気に押し切った。
私は魔族の血が混じっているため、並みの人間よりも腕力がある。
だが、それにしてもナオは腕相撲が弱い。
スーパーベビー級である。
「君には重いものは持たせないようにするからな」
「大丈夫! 大丈夫ですからー!」
ナオの大丈夫は疑ってかかることにしよう。
腕相撲をしている間に、必要な分の木々は切り倒されたようだった。
勝負の合間合間で、私がゴーレムに指示を出していたからだが。
ちょうど、馬車が通れるくらいの隙間ができあがった。
「ゴーレムよ、“汝から命を奪う”」
ゴーレム二体を縮小し、荷物に突っ込んだ。
ナオはぶつぶつ言いながら未だに力こぶを作っているので、彼女を荷台に載せて馬車を走らせる。
川沿いは、ちょうど馬車が通れるぐらいの広さだった。
上流から流れてきたらしい小石が多くあり、ガタガタと車体が揺れる。
「小石があるということは、この川は氾濫することがあるのだろう」
「そうなんですか?」
「見てみたまえ。小石が丸くなっている。これは川の水で上流から運ばれる際、石どうしがぶつかり合って角が削り取られた証拠だ。そして川べりに散らばる石は、水が増量したときに運ばれ、嵩が減った後に取り残されたのだろう」
「へえー、なるほどです! じゃあ、この小石があるところは危ないっていうことですか?」
「ああ。スピーシ大森林では何が起こるか分からない。キャンプを張るなら、小石がなくなる境目が良いだろう」
途中で、丁度良いスペースを発見した。
太い木がへし折られた跡のようであり、木の根だけが露出しているところだった。
「ここがいいだろう。ここをキャンプ地とする」
「はい! テント張りますね! あ、草も生えてる! 良かったねえ、ゴンドワナー」
ナオが馬を撫でた。
「……ゴンドワナ?」
「馬の名前です! 可愛いですよね、ゴンドワナ」
「可愛い、という名前ではないような……あ、行ってしまった」
荷物を取りに、ナオは馬車に戻ってしまった。
ゴンドワナは私を見て、ぶるるっと鼻息を噴き出す。
どうやら、ナオの名づけに異論は無いようだ。
「お前がいいなら、それでいいか。さて……。その間に、ここを調べねばな」
過去の調査隊の記録と照らし合わせる。
それによると、ここには確かに大木が立っていたようだ。
だが、今は枯れた根しか残っていない。
今に至るまでの間で、何かがあったのだ。
「根の枯れ方からして……そう遠い過去ではないな」
僅かに残った幹の残骸は、ここで何があったのかを教えてくれる。
「木が枯死して折れたのではないな。これは、生木をへし折られたのだろう」
指先が触れても、幹が凹まない。
柔らかくなりきっていないのだ。
つまり、腐食してから時が浅い。
「これだけの木を力任せに折る、何者かがいるということか。手乗り図書館、呼び出しを掛ける。状況と照らし合わせ、同様の状況を作り出せるモンスターを選定」
私の手のひらから現れた図書館が、白い光を放つ。
そしてすぐさま、何パターンかのモンスターの絵が提示された。
「オウルベア、ダイアウルフ、アーマーボアか」
フクロウに似た頭を持つ巨大な熊、オウルベア。
混沌の力を得て変異した巨大な狼、ダイアウルフ。
毛皮が固まり鎧となった巨大な猪、アーマーボア。
どれも、国外では有名なモンスターばかり。
木をへし折った何者かは、これらのどれかか、あるいは近しい存在であろう。
「確定させるには情報が不足しているか。キャンプがてら、調査を続けるとしよう」
ひとりごちてから、思わず笑ってしまった。
「いかんな。私の仕事は開拓だった。それなのに調査に熱を上げるとは、学者気分が抜けていないな」
「先輩、何を一人でぶつぶつ言っているんです? わたしはここですよう」
テントを抱えて、ナオがやってきた。
それなりの大きさがある資材のはずだが、スーパーベビー級の腕力しかないはずのナオが抱えている。
……本当に思った以上に力があるのだろうか。
謎だ。
その後、私とナオでテントを作り、スピーシ大森林開拓のための第一の拠点としたのだった。
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