第2話 旅は道連れ

「なぜ君が同行を……?」


 私は戸惑った。

 一人で辺境開拓の任に就くことになるだろうと、思った矢先である。

 それが、思わぬ同行者がいる。


「もちろん、先輩が心配だからです! それに、先輩はわたしの命の恩人ですから」


 この元ホムンクルスの娘は、最初からなぜか、私を先輩と呼ぶ。


「命の恩人……。私は君の命を救ったことは無かったように思うが?」


「助けてくれたじゃないですか! わたし、ホムンクルスのままだったら、一年くらいしか生きていられなかったんですから!」


 ああ、そうか。

 私の手乗り図書館は、未知の知識を吐き出すことがたまにある。

 ナオは、手乗り図書館から得られた命を与える知識に従い、私が作り変えた存在なのだ。


「おかげでわたし、こうして賢者見習いですけど、人間と同じように暮らせるようになったんです。魔法だって使えるようになったんですよ。ぜんぶ先輩のおかげです!」


「いや、それほどのことはしていない」


「してます!! なので、私はいつか、先輩をお助けしたいって思ってたんです! その時が今なんです! お助けします!」


「近い近い……!」


 ナオに迫られて、私はたじたじだ。


「スピーシ大森林は危険だぞ。命を落とす可能性もある。それでもついてくるか、ナオ」


「当たり前です。もともと先輩から与えられた命ですから。それを先輩のために使って、何がおかしいんですか」


「君の命は君だけのものだと思うが?」


「ホムンクルスの命は、それを作った賢者のものです! だから、命を私のものにしてくれた先輩のために、私が命を使うのは正しいんです!」


「口が上手くなったな……」


「えへへ、それほどでも」


 結局私は彼女に押し切られる形で、同行を認めることになった。

 だが、悪い気はしない。

 一人ではなくなったからだ。


 騎士爵となった私は、使用人を雇う権利を与えられていたので、ナオはその範疇として扱える。

 さしずめ、彼女は私の最初の家臣だろう。


 こうして、私と彼女の旅が始まった。



□□□



 スピーシ大森林までの道のりは、遠い。

 遠いが険しくはない。

 北の国境まで行けば、その外側全てがスピーシ大森林だからだ。


 旅は平坦なものではなかったが、およそ二週間ほどかけて無事に国境線まで辿り着いた。


「見渡す限り、緑色ですね」


 眼鏡の奥で、ナオが目を見開いている。

 彼女の瞳の上には魔法の輝きが宿り、視力を強化しているのが分かる。

 ホムンクルスである彼女は、人間よりもずっと魔法的な存在だ。

 意識するだけで魔法を行使することができる。


「ああ。スピーシ大森林とは、即ちセントロー王国北部辺境全てを指す呼び名だ。これを開拓しろと、国は私に言っているわけだな」


「むちゃくちゃな……」


「そう、無茶なのだよ。そして誰も開拓に成功したものはいない。故に、君以外に私の任務に付き合おうという者がいなかったのだ」


「でも、今はわたしがいますもんね」


「そうだな」


 明るくて、根拠の無い自信に満ちたナオ。一緒にいると元気付けられるではないか。

 そして、彼女の自信の根拠は、私が用意できる。


「まずは川を目指そう。過去に大森林へと挑んだ、第二十三調査隊の記録によれば……」


 手乗り図書館を呼び出す。

 そこには、私が記録させた資料が映し出されている。


「馬の足で一日。つまり、馬車であれば三日で到着する。水場は必ず必要になるものだ。その地を確保してから、開拓に移るぞ」


「はい!」


「これまでおよそ三十回に及ぶ調査隊が残した記録が、全て手乗り図書館に記してある。さらに、このユグドラシア大陸で現在確認されている動植物、鉱物の記録もある。何か見つけたならば、私に即時報告を行ってくれ」


「はい! さすが先輩です!」


 手乗り図書館とは、私の研究室と王国図書館をまるごと持ち歩くようなものだ。

 人類の常識の範囲でなら、分からないことは何も無い。


 私は手乗り図書館を常時展開しながら、森へと侵入した。

 大森林の外側を馬車で走りつつ、流れ出している川を探す。


 第二十三調査隊が、リターンと名づけた川は、森から出て森の中に戻っていっていると言う。

 そしてその周囲は開けており、馬車が通れるほどのスペースが空いているのだ。


「ふむふむ……」


 ナオが眉間にしわを寄せ、手乗り図書館が映し出す記録を読んでいる。

 簡単な絵が描いてあるが、どうも現実の地形がそれとは違う。


「おかしいですね。全然川が見えてこないです」


「ああ。そろそろ見えてきてもいいはずだが。……いや、待て」


 私は馬車を停めた。

 地面に降りて、森の木々を眺める。


「記録と比較すると、森の形が変化している。第二十三調査隊の頃よりも、森が前進しているのではないか?」


「あっ、そうかもです!! ええと、記録があてにならないなら、どうしたら……」


「ナオ、水を探知する魔法ディテクトウォーターは使えるか?」


「あ、はい! 一瞬だけしか効果はありませんから、怪しい所で使うしかないんですけど」


「だったら、ここが怪しい。見ろ、森がここだけ出っ張っている。森から出て、森に戻っていく川を覆い隠すとしたら、こういう形になると思わないか?」


「確かに……! やってみますね。詠唱短縮。水探知魔法ディテクトウォーター


 ナオが目を閉じると、彼女の周囲で目に見える魔力が生まれた。

 まるで波紋のようなそれは、ふわりと広がっていく。


「……! ありました! 出っ張った森の中です!」


「よし!」


 行動を開始する。

 馬は置いていき、私とナオで木々の間に踏み込んでいくのだ。

 まるで壁のようにみっしりと生い茂った木々と繁み。

 これを鉈で払いながら進むと、先から水音が聞こえ始めた。


 見えたのは、木々に守られるように流れる川の姿。


「水です!」


「ああ。どうやらこの辺りだけ木の密度が濃いようだ。川の流れにあわせて、森が広がっていくのかもしれない。馬車が通れるように伐採するぞ」


 私は荷物から、石の人形を取り出した。

 これは、ストーンゴーレム。

 キーワードを唱えることで、人間サイズまで巨大化し、一定時間単純作業をさせることができるのだ。


「ゴーレムよ。“汝に命を与える”」


 地面に放られた人形が、足から着地する。

 そして、みるみる大きくなった。


「負けませんよ! ゴーレム、“汝に命を与える”!」


 ナオが呼び出したのは、土の人形だ。

 クレイゴーレムであろう。

 パワーではストーンゴーレムに劣るが、繊細な仕事が可能になる。


「……石の方が良かったかな」


 ちょっと考え込むナオ。


「いや、これでいい。私に任せてくれ。力仕事のストーンゴーレムと、繊細な作業のクレイ。組み合わせて仕事をさせるぞ」

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