追放賢者ジーンの、知識チート開拓記

あけちともあき

第一部 開拓の始まり

第1話 賢者ジーン

「一級賢者ジーン。本日を以って貴公の任を解く」


 謁見の間に響き渡る声。

 セントロー王国の賢者であった私は、今その職を失った。


「続けて、ジーン。貴公をこれより騎士爵に任ずる。与える領地は、北方辺境のスピーシ大森林」


 謁見の間にざわめきが満ちた。

 スピーシ大森林。

 冗談ではないぞ。

 それは何も無い、まさに辺境の辺境、世界の果てではないか。


「くくっ」


 私の耳に笑い声が聞こえた。

 視線だけで声を追うと、そこには一人の貴族がいる。


 クレイグ・バウスフィールド伯爵。

 私の腹違いの弟だ。

 私は身分卑しい蛮族の母を持つということで、伯爵家の正妻によって家を追い出された。

 父の計らいで、王国が誇る学問の城、賢者の塔へと入ることができた。

 バウスフィールド家への恨みはあったが、父の顔を立て、私は勉学に励んだのだ。


 だが、十年前、その父が死んだ。

 あとを継いだのは、私の腹違いの弟クレイグ。

 私を家から追い出した正妻の息子だ。

 そんな彼が、笑った。

 つまりこれは、クレイグと奴の母である元伯爵夫人による企みということになるのではないか?


「ジーン騎士爵」


 声が響く。

 国王、ツナダイン三世の前に立つ、大臣カツオーンのものだ。

 私に返答を求めている。


「謹んで……拝命します」


 そう答えるより他はない。

 謁見の間で伝えられるのは、決定事項なのだ。

 ざわめきが満ちる。


「かわいそうに、スピーシ大森林など人も住めぬ魔境ではないか」

「おぞましいワイルドエルフが住むと言うぞ」

「まるで国家追放ではないの」

「一体何をしたのだか」

「賢者ジーンと言えば、“手乗り図書館”のジーンだろう」

「ホムンクルスを人に変えたという、あのジーンか!」

「稀代の賢者を追放するなど……。王は何をお考えに」

「しっ、聞かれたら貴君まで追放されるぞ」


 私の耳は、ざわめきを聞き逃さない。

 そうだ。

 この場に集まった貴族たちが呟く通り、これは異常事態なのだ。

 どこかの馬鹿が企てた陰謀で、私はこの国から追放されようとしている。


「では、行くが良いジーン騎士爵。都度、開拓の状況を報告するように」


「かしこまりました」


 私は立ち上がり、一礼した後その場を立ち去った。

 最後に、クレイグとすれ違う。


「せいぜい、人外魔境の地で生きながらえられると良いな、兄上」


 この馬鹿めが。

 私は謁見の間を後にした。



▼▼▼



 一級賢者ジーン。

 それが私だ。

 バウスフィールド伯爵家の長男である。


 母は魔族と呼ばれる種族の一つ、シャドウ族。

 旅芸人であった母と、父であるバウスフィールド伯爵が結ばれ、私が生まれた。


 人と魔の混血であろうと、嫡男である。

 それが例え、褐色の肌に金色の目をした、異相であってもだ。

 次代の伯爵として教育されたが、それを継母であるカーリーは良く思っていなかった。

 やがてカーリーも男子を産み、純血の人間である弟クレイグが、次なる伯爵と決まった。


 私の立場はなくなった。


 父は私に愛情を抱いていたのだろう。

 居場所がなくなった私に、賢者の塔という行き先を用意してくれた。


 私は賢者の塔で、学問に勤しむことになる。

 幸い、頭の回転は悪くなかったようで、私は賢者としてそれなりの地位を得ることができた。

 魔族の血もあって、魔法分野における才能も私には与えられた。

 それをやっかむ者や、魔族という血そのものを忌み嫌う者もいたが。


 そして私は、賢者として研究を続ける中、全く新しい魔法、手乗り図書館を生み出したのだ。

 これは賢者の塔始まって以来の大発明だと騒がれたが、現状、私にしか使いこなせないことが判明すると、称賛の声は嫉妬に変わった。

 賢者の塔としても、手乗り図書館は活用しようが無い魔法だったのだろう。

 私の研究に対し、彼らは興味を失っていった。


 だからこそ、今回のような国外追放じみた左遷の話に、誰も私をかばおうとはしなかったのだ。


「やれやれ、まるで強盗でも入った跡のようだな」


 私は賢者の塔に帰り、己の研究室を見て呆れてしまった。

 本棚は空になり、ベッドも枕もナイフで切り刻まれ、あらゆる引き出しは開け放たれて中身を辺りに散らばらせている。

 私が賢者としての役職を失ったことを聞き、他の賢者たちが押しかけたのだろう。


 私が集めた本も、積み上げた研究成果も、そこにはなかった。

 それらは賢者の塔のものであり、そこに勤める賢者たちのものだ。

 私はこの国の居場所を奪われ、積み上げてみたものさえも奪われたのだろう。


「こうなってみれば、手乗り図書館が私にしか使えないというのは、僥倖だったな」


 私が魔力を込めると、手のひらの上にぼんやりと、小さな白い建物が現れる。

 手乗り図書館。

 私が集めたあらゆる知識が、この中に詰まっている。


「持っていくものも何も無いな。身一つで旅立つとするか」


 長く暮らした研究室に別れを告げ、私は賢者の塔を発つのだった。



△△△



 支度金を用いて馬車を買う。

 開拓に必要そうな道具を買い、馬の飼料なども詰め込む。


 人を雇おうとしたが、スピーシ大森林の開拓などという事業に、参加したがる者はいなかった。

 命知らずの冒険者であっても同様だ。


「何から何まで、一人でやる他ないか」


 全てが悪い方向に悪い方向に転がり、むしろせいせいした気分だった。

 すっかり何もかも失ってしまった。

 ついてくる者もいない。


「見ていろ、王国のばか者どもめ。私がやられるばかりだと思うなよ」


 馬車の中から、私は賢者の塔と、王城を睨んだ。

 そして、馬を走らせ始めた時だ。

 車輪が石畳を噛み、荷馬車が大きく揺れた。


「ひゃん!」


 荷台からそんな声がしたではないか。


「!? 誰かね」


 私は振り返った。

 荷台には、決して多くない私の私物と、開拓用の道具、そして飼葉が積まれている。

 誰かが隠れるところなどどこにも……。

 いやいやいや。


 飼葉を掻き分けてみる。

 すると、その中から白い顔が現れた。


「!?」


「えへへ」


 白い顔が照れ笑いをする。

 私はこの顔を知っていた。


「先輩、一人で行こうとしていたでしょう。わたし、先輩が心配で付いてきちゃいました」


 飼葉の中から這い出してくる、色素が薄いピンク色の髪。

 アーティファクトである眼鏡の奥には、赤い瞳があった。


「賢者見習い、ナオ・トゥエンティ。先輩の辺境開拓任務に同行します!」


 私の前で膝立ちになった彼女は、そう言って笑顔を見せたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る