第6話 ゴブリンの襲撃

 朝になり、今日中にワイルドエルフからの使いが来るであろうと考える。

 だが、我々の仕事は調査ではない。

 開拓なのである。

 暇があるうちに、少しでも仕事を進めておかねばならない。


「真面目ですねえ、先輩」


「不本意な仕事だが、この仕事自体は面白い。未知のものを調査し、知識を己のものとしていくことだ。私の趣味にマッチする」


「さすがですね先輩! だから賢者の皆さん、『あいつ休まずに勉強し続けるからキモい』って言ってたんですね!」


「私はそんな陰口を叩かれていたのか。しかし、仮にも賢者の地位を得ながら、研鑽を怠るとは。賢者の塔には未来が無いな」


「皆さん、研究の発表会に先輩が来ると、研究成果全部記録されるって怖がってましたからね! 先輩、変装したり会場に忍び込んだりして、ひたすら知識を集めてましたよね」


「それが賢者の仕事なのだ。分かるか、ナオ」


「そうだったんですね……!!」


 分かってもらえたようで嬉しい。

 私は朝食代わりの木の実を齧りつつ、昨日からの調査を再開する。

 本日探るのは、モンスターが残したフンである。

 大部分は既に分解されているだろうが、モンスターが食った獲物の毛や骨などが残っている可能性がある。


「先輩、わたしはどうしましょう?」


「ふむ。君の専門分野は建築だったか?」


「はい。建築と魔道具、錬金術ですね」


「では、近隣の木々を調査してくれ。開拓の折には、これらの木材で家を作ることになる」


「分かりました! お任せください!」


 嬉々として己の調査に向かうナオ。

 さて、私も調査を継続するとしよう。


 川原を探っていたところで、一つ興味深いものを見つけた。

 まだ新しいであろう、我々のものではない排泄物だ。


「エルフのものか? いや、それにしては……」


 私は専用の道具を用い、排泄物を分解した。

 生物の骨片、未消化の毛が出てくる。

 排泄物のサイズからして、人間大かそれ以下の生物のものだ。

 そして、質的には動物のそれではなく、人に近い。


「森に人間が? いや、毛ごと食らうならば、それはもっと野生に近い存在のもののはずだ。骨片が残っている。丸呑みにしているのか? ふむ。仮定としては……猿。あるいはゴブリンか」


 ゴブリンとは、小型の亜人種とされている。

 緑色の肌をしており、人間の子供ほどの大きさ。

 性格は凶暴で、群れをなして他の知的種族を襲う。


 知的種族と言うよりは、モンスターと呼んだほうが分類的には近いのかもしれない。

 冒険者が彼らと遭遇することが多く、その生態は徐々に明らかになってきている。

 例えば……彼らは夜目が利き、さらに視覚以上に嗅覚を重要とする、とか。


 私の前方の茂みが鳴った。


「昨日のワイルドエルフが、ゴブリンを見逃したとは思えない。ということは、ゴブリンは彼らが去った後でこちらにやってきたということだ」


 私は荷物を探る。


「そして我々が襲われなかったということは……あのアロマがゴブリンを遠ざけたのだろう……!」


 取り出したのは、アロマの元となる木片が詰まった瓶。

 手近な小石を瓶の中に入れシェイクする。そして、すばやくピンセットで摘みだした。


「ギャッギャアッ!」


「ギャアッ!」


 私が一人と見てか、ゴブリンが姿を現した。

 数は四匹。

 手には棍棒や石を持っている。

 私が知るゴブリンと比べて、原始的である。


「来ると思っていたぞ。だが、こんなこともあろうかと、ゴブリンの動きは熟知している」


 私はアロマで匂いをつけた小石を握り込む。

 その手を前に突き出すと、ゴブリンたちの顔が歪んだ。


「ギャアッ!?」


 やはり、強烈な匂いが苦手なのだ。

 野生動物や、モンスターは強い匂いによって退けることができる。

 だが、ゴブリンはある程度の知性を持ち、退けたとしても学習して襲ってくるから厄介なのである。


 そして彼らが知的生命体であるというところに、人間との根深い断絶がある。

 ゴブリンの文化は、利用と復讐である。

 それらを重んじる彼らの価値観は、我々人間社会と相容れない。

 アロマによって退けられた彼らは恨みを抱き、何度でも襲ってくるであろう。


 握りしめた小石を、取り出した布に包む。

 他に小石を詰めて重しとし、これを振り回す。


「ギャ、ギャアッ!」


 振り撒かれる強烈な匂いに、ゴブリンが後退る。

 無論、私が陣取るのは風上である。

 強烈な匂いがどんどん流れていく。

 匂いに敏感なゴブリンは、涙や鼻水を出して、大変辛そうだ。


 私は彼らに歩み寄ると、小石を詰めた布を振り下ろした。

 遠心力によって、強力な打撃武器となった布。

 一撃されて、ゴブリンが昏倒する。


「ギャッ!?」


 慌ててゴブリンが反応しようとするが、動きが鈍い。

 嗅覚を潰され、涙で視覚の性能を低下させられたゴブリンは、本来の戦闘能力の半分も出すことができないのである。


 一匹、また一匹と殴り倒し、四匹は残らず地面に転がった。

 ゴブリンは、赤子の頃から人間社会の価値観を植え付けて育てたのでない限りは、我々が望むような更生は不可能である。

 殺すのが最善の選択となる。


「ナオ! こちらに来たまえ!」


「はーい! ……って、うわあ! ゴブリンが倒れてるじゃないですか! 先輩がやったんですか?」


「うむ。ゴブリンへの対処方法は既に確立されている。不意を討たれなければ、誰でもできるさ」


「一対四で勝つのは誰でもできることじゃないんじゃないかなあ……」


「何を言うんだ。正しい知識を持ち、正しいやり方をすれば、学習したゴブリン以外は必ず倒せる。それこそが知識というものの強さだぞ? さあナオ。ゴブリンの生態についてレクチャーしよう。見ていたまえ」


「先輩、ここで講義を始めるんですねえ。相変わらずだなあ」


「君、まさかかわいそうとは言うまいな」


「一応わたしも、賢者の端くれですから。講義を始めてください!」


 こうして、ワイルドエルフを待つ間、ゴブリンを使って実学に励む我々なのだった。

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