第4話

「ジークという男子生徒の演説行為も最近は無くなり、トラブルに巻き込まれていた女子生徒もメンタルが回復しつつあります。


 これにて一件落着、全てベルさんのお陰ですね」


 ホワイトボードにまとめられた人物相関図に花丸を描いたアンジェリカは、事務椅子に座るベルに微笑んだ。

 ここは本校舎にある旧C資料室。

 旧、そしてCが意味することは、此処が昔の資料室で、尚且つ3つ目の資料室だったということだ。

 端的に言えば、此処は飾り気がなく、狭くて、誰も訪れないような校舎の片隅にあるくたびれた一室ということだ。


 そこをアンジェリカとベルは、風紀委員会の拠点としていた。

 一応はサークル活動の体を取っている。

 ただ、華やかなキャンパスライフでこんなつまらなそうで、面倒な仕事をだれがやるというのだろうか?

 実際、風紀委員は彼等二人しかいない。




 しかし、これでいいのだ。



「一件落着。

 ……表向きには、ね」


 アンジェリカの説明を静かに聞いていたベルは立ち上がると、ホワイトボードを表から裏に反転した。

 表面には学園の人間関係を簡単にまとめた図が書いてあったが、反転して現れた裏面にはベネチア周辺を示した地図が張られていた。


 先程まで喜んでいたアンジェリカも神妙な顔つきになり、席に着いた。

 今度はベルがホワイトボードの前に立ち、口を開いた。




「過激な貴族主義を広めようとしているジーク・ハインリッヒだが、彼は何者かに操られているようだ。



 恐らく、裏にいるのは連邦だ」


 ベルは地図を指し示す。

 ベネチアの隣国にして、ヨーロッパ諸国がたばになっても敵わない巨大な領土を誇る国家。

 東側同盟の宗主国、連邦。


「僕たちは……。

 我々は学び舎の秩序を守る風紀委員として、如何なる勢力の干渉も阻止する。

 それが、我々の使命だ」


 ベネチア国際大学、風紀委員会。

 別名、ベネチア共和国大統領直諜報部隊、コードネーム"風紀委員会"。

 彼等は今日も学校の風紀を守っている。






 ◇



 アンジェリカ・ハイルランドの母は、現職のベネチア大統領だ。

 アンジェリカは大統領令嬢であり、諜報員スパイでもある。

 こんな大それた事実を知っているのは、極一握りの人間だけだ。


 

 アンジェリカの身の危険も案ずる者もいたが、彼女の意思は固く、彼女の母も了承した。

 能力を疑問視する者も居た――これにはベルも含まれた、しかし、大統領令嬢だけあり、頭脳明晰で若者とは思えない冷静さを持っていた。

 何より、大統領令嬢という身分は使える。

 アンジェリカはたった今も、その身分を利用していた。


「あら、ジーク・ハインリッヒさん」


「誰だ? っ、お前は!? 」


「ええ、ずっと昔パーティでお会いしたことがあったと思います」


「あ、ああ、そうだな」


 アンジェリカは、廊下ですれ違ったジークに声をかけていた。


 前の事件の時、ジークはベルの事ばかりに意識が言っていて、アンジェリカの存在には気づいていなかった。

 情報を聞き出すにはジークに接触する必要があるが、ベルが聞きだすのは困難になった為、アンジェリカを接触させた。


「だが、ふん……軟弱な国家の指導者の娘に話しかけられたくはないな」


「そう言わないでください……。

 大統領の娘だからといって、この国の全てを肯定できるわけではありません。


 例えば、最近受けた講義で、連邦の歴史などにも興味が出てきたところなのです」



「ほう、連邦に興味があるのか。

 ふ、君は哀れだな、知り合いは多いのかもしれないが、こんな国の知り合いではな。

 僕は連邦の有名な議員と文通を交わしているのさ」


「それは本当ですか、是非とも、私にご紹介いただけませんか」


 ぐいっと積極的に迫って来たアンジェリカにジークはたじろいだ。


 悲しいかな。

 ベルが指摘した通り、ジークは交友関係が薄く、特に女性経験が薄い。

 顔を上気させ、さっきからべらべら喋りすぎているのも、思わず調子に乗ってしまっているからだ。


「あいにく、君のような小物と話すほど議員先生は暇じゃないんだ。

 だが、どうしてもというなら、先日、先生から頂いた手紙を見せてやっても」


「是非」


「あ、ああ。

 仕方ない、見せてやろう。

 これが先日届いた……あ、あれ、ない」


 ジークはコートのポケットの中を漁るが、そのお手紙は無かった。

 丁度、その時、講義が始まることを告げるチャイムが鳴り、ではまたの機会にと、自然な流れで二人は解散した。



 去っていく二人は無念そうな表情を浮かべていた。

 だが、考えていることは全く別の事だった。 


 


 ◇




 部室にて、緊張から解放されたアンジェリカは脱力し、机に突っ伏していた。


 丁度、そこにベルが現れ、アンジェリカは少し申し訳なさそうに告げた。



「ベルさん、ごめんなさい。

 証拠を手に入れられませんでした」


「いや、此処にあるよ」


「えっ」


 ベルの手元には洒落た便箋があった。


「君が上手くジークを油断させてくれたからだ。

 今からこれを解析して――」


「ちょ、ちょっと待ってください。

 いつの間に? 」


「ジークが君に手紙を見せようとした時だけど? 」


「居ました!? 」


 アンジェリカが珍しく、目を丸め、驚いた声を上げたので、ベルも少しだけ驚いた。


「本当はずっと不安で、人波の中をずっと探していたのに……」


「それは……当然、ジークに僕の存在を気づかれてはいけないからだ。

 後ろから掏った。

 安心してくれ、いつでも助けられる位置にはいる。

 僕は君を死なせはしないよ」


「そ、そ、それはありがとうございます……。

 な、なんか、この部屋暑くないですか、ちょっと、窓あけようかな。


 あは、あははは」




 上気した顔をベルに見られないよう、アンジェリカは慌ただしく立ち上がった。


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風紀委員は風紀の乱れを見逃さない @flanked1911

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