第3話


「近代化というのは名ばかりの嘘だ!

 ベネチアが最も輝きを放っていたのは、貴族の時代だ! 」


「くすんだベネチアに価値などない!

 今こそ、正しい在り方に戻るべきだ! 」


「そうだ! 」



 数名の男子生徒たちがまるで選挙の演説のようなお立ち台を用意して、声高らかに理想を語っていた。


 だが、演説の中心人物である黒縁の古風な眼鏡をかけた青年は苛立っていた。

 誰も聞く耳すら持たない……!

 貴族の末裔である彼にとってそれは屈辱の極みだった。


 こう見えても、彼はベネチア国際大学に期待を胸に膨らませ入学してきた青年だった。

 きっと、大学では育ちの良い青年たちが集まり、勉学を共に切磋琢磨していくのだろうと。

 だが、彼が今見ている現実では、髪を派手に染め上げた男子たちが女々しくじゃれ合い、女子たちがメイクの話ではしゃいでいる。




 なんて、愚かな連中だ。 


 自分の先祖の世代だったらあり得ないこと、古き良き時代に戻さなければ!


 ……と、彼らは考え、声を上げている。




 だが、耳を貸す者は少なく、誰もが関わらない足早に去っていく。


 誰か聞く者は居ないのか、青年は群衆の中に目線を漂わせる。

 その時、一人の眼鏡をかけた少女と目が合った。

 今年入って来た新入生だろうか、一人で心細そうにキョロキョロと周りを見渡していた。

 まるで田舎者の庶民じゃないか、場違いだ!

 貴族を気取る青年には彼女は大変腹立たしく映った。


「そこのお前! 」


「わ、私、ですか……!? 」


 青年は眼鏡の少女に迫ると、ぐいっと腕をつかみ上げた。


「い、痛い……!」


「お前のような情けない人間は大学に相応しくないな!

 どこの田舎の、誰の馬の骨だ! 答えろッ! 」


「だ、誰か助けて……」


 青年の取り巻きも女生徒を囲み、彼女は恐怖で目じりに涙を滲ませ、道を行きかっていた生徒達は騒然となった。

 だが、割って入るような勇気のある人間は居なく、青年は気が大きくなった。



「そうだ、庶民は平伏しているがいい!


 どうせ、貴様らは誰かに言われなきゃ行動も出来ない!

 誰も、僕ら貴族を復興を阻止できない――」


 青年が高らかな言葉と共に少女を掴む腕に力を入れようとした時、横から割り込んできた風紀の腕章が付けられた腕がそれを振りほどいた。


「止めろ。

 メガホンの使用、それに、生徒への暴行は立派な違反行為だ」


「何者だ!? 」


「僕はベル、風紀委員だ」


ベルに風紀違反を咎められた青年は拳を握り締めた怒声を挙げた


「風紀委員? なんだそれは!? ここは高学じゃないんだぞ! 」


「確かに僕も君の言う通りだと思うよ。 

 生徒にルールを守らせる為の生徒活動なんて、それこそ高校生で卒業するべき幼稚なシステムだ。


 幼稚な人さえ、居なければ僕だってやりたくないだよ。


 ジーク・ハインリッヒ」


ベルは幼い子供にいい聞かせるように、青年ジークに語りかけた。

その態度にジークは苛立ち、ベルに詰め寄った。

田舎娘の少女は事態について行けず棒立ちし、群衆たちはその様子を遠巻きに見守っていた。


「僕を幼稚だと言ったか!? 

 待て、どうして僕の名前を知っている? 」


「毎朝、メガホンで名乗られたら嫌でも覚えてしまうよ。


 いや、実際、君の家は有名なんだろう? 」


「そ、そうだ。

 僕ハインリッヒ家の……」


「有名っていうのは、200年ぐらい前の話なんだろうけど」


ベルはクスリと失笑した。

群衆ギャラリーたちの中からも笑い声が漏れた。


「な、なんだと! 」


湯沸かし器のように顔を赤くしたジークはベルの胸ぐらにつかみかかった。

取り巻き達もジークを囲む。

その隙に、アンジェリカがジークの死角から忍び寄り、恐怖で放心状態の田舎娘の腕を引っ張って彼女を連れ出した。


ベルはその様子をジークに悟られないよう横目でチラリと見送ると、胸ぐらをつかまれた状態で不敵で挑発的な笑みを浮かべた。


「君達は家の名を気に入っているみたいだけど、それは自分が無能であることを隠したいだけじゃないのかな? 」


「何が言いたい!? 」


「今の世の中は資本主義だ。

 家の名前なんて無くても、自分を高めれば、高めるだけ、お金を稼ぐことができる」


「資本主義なんて、邪悪で馬鹿な考えだ!

 そういう考えが、弱くて頭の悪い人間を作り出す! 」


「こういうことは言いたくないんだけど、ジーク君、君の成績はあまり良くないだろう?

 それに身体も鍛えているようには見えないし……こんな宣伝活動をするよりも、スポーツをやって体作りをしたほうが良い」


ベルは穏やかな笑みでジークにアドバイスを送った。

だが、ジークはその態度に激高した。


あまり高くない成績と運動神経の悪さは、それはジークにとって壮大なコンプレックスであった。


更にそれを群衆に聞かれ、失笑されたからだ。



「調子に乗るな!

 貴族主義の考えを持つ者は僕だけではない!


 お前達のような庶民の人間の言葉等意味がない! 


 のお方さえも僕の考えを支持しているんだ! 」


 

あの連邦という単語を聞いたその瞬間だけベルの目つきが変わったことを、感情を爆発させたジークが気付けるわけが無かった。

ジークは感情のまま、ベルに勢いよく拳をぶつけに行った。


だが、その拳がベルの頬を捉えることはなく、精一杯の力で放った拳はベルの左手により簡単に止められてしまった。


「は、放せよ! 」


大汗を垂らしながらジークは叫んだ。

けれども、ベルに手首ごと捕らえられたジークの腕は、どれだけ引っ張ってもびくともしなかった。

ジークは殆ど逃れようと、地団駄を踏んだが、それでも腕が解放されることは無かった。


「お、おい、お前達! 」


「え、あ、い、いや、でも……」


取り巻き達に助けを求めたジークだったが、喧嘩なんてしたことのない彼らはベルに怖気づいて動けないでいた。




そんな彼らを嘲笑う群衆たちの声が何重にも聞こえ、ジークは頭部から湯気が出る程、頭が沸騰した。




「笑うな! 笑うな! 笑うなぁ! 」




そんなジークに、ベルは嘲笑も、失笑もなく、ただ無表情に告げた。




「いい加減、未来に生きろよ。


 でなきゃ、死ぬぞ」




ベルが動いた。


直後、ジークの身体は宙に舞った。


そして、そのまま、地面にたたきつけられたジークは気を失った。




「やった! 」 「ブラボー! 」


「ざまぁみろ! 」


「ね、あの人かっこよくない!? 」




爽快な断罪ショーに喝采や拍手が上がった。




「なんの騒ぎだ! 」




が、ようやく騒ぎを聞きつけてやって来た大学の職員たちによって、群衆たちはちりぢりに逃げ出した。




そんな中、当の張本人ベルは何事もなかったかのように群衆の中に消えていった。


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