第2話

 大学の正門から本キャンパスへのメインストリートは戦場だ。

 通りすがりの学生を熱心に熱心に勧誘するサークル員、仲間とバカ騒ぎする男達、和気藹々と立ち話に花を咲かせる女生徒を眺め、ベルはそう思った。


 道行く皆の中、ベルという男子生徒は影のように見えた。

 皆が個性を争うように派手な髪形や色をキメているなか、彼は社会人のような地味な七三分けで、真っ黒だった。

 人ごみの中で派手にリフティングをかます目立ちたがりが居る中、彼はベンチに座ってただ文庫本を読んでいるだけ。

 身長も平均的、服も地味。


 無個性、ベルはその言葉が似合う男だった。


 爆破事件から一か月。

 最初こそは特別警備の為に構内を警官が巡回し、ピりついた雰囲気が漂っていたが、今では日常が帰って来ていた。

 ベルの足元に鳩がやって来て、ちょこちょこと歩き回る。

 まるで危機感が無い、ベルは眉間にしわを寄せた。


 誰かの足音が近づいてきて、鳩が飛び立っていった。


「そんな顔をしていては、幸せが逃げてしまいますよ」


「君のせいで、鳩は逃げてしまったようだけど? アンジェリカ」


「アンジェとお呼びください」


 アンジェと名乗る女生徒はスカートを手で抑え、上品な仕草でベルの横に腰かけた。

 ブロンズのストレート、紺色のワンピース、その女生徒もベルと同じで派手では無かった。

 しかしながら、その顔立ちは大変整っており、すらりとしたプロポーションは地味という印象を与えず、清楚な印象と育ちの良さを感じさせる。

 その容姿とベルに向ける笑みは、慈愛と包容力を感じさせた。

 上品で大人びた印象というのも当然かもしれない、彼女はこの国の大統領の娘だからだ。


「ねぇ、あの二人ってどういう関係? 」


「週刊誌案件だったり? 」


 道行くの中には、不似合いな二人を見てコソコソと噂話する者も居た。


「前にも言ったけど、君はあまり目立つことをしない方がいい」


「いいではありませんか、私とお喋りしてくれる方は少ないのです」


「大統領御令嬢と話したい人間なんて、山ほどいると思うけど? 」


「大統領御令嬢話したい人なら、ね……」


 そう呟いたアンジェの笑みは、少し寂しげな笑みだった。


「それなら、いい。構わない」


 ベルは文庫本に目を落としながら、そっけなく呟いた。

 アンジェはさっきとは違い、純度100パーセントの笑みを浮かべた。

 暫し、風の音だけが流れる心地よい静寂が流れていたが、それは騒がしい騒音により流された。


「我が国は偉大な歴史を取り戻さなければならない! 今のベネチアは見るに堪えない――」


 メガホンで拡声された声は大学中に響き、ベルの鼓膜も震わせた。


 瞬間、ベルの脳裏に走馬灯のような記憶が浮かんだ。



 ――かの国は我が国に下る気は無いようだ。

 戦争、戦争、戦争!

 ――世界から忌々しい資本主義を取り除かねばならん。

 戦争、戦争、戦争!

 ――多くの血を流したいわけじゃないが、軍事侵攻が一番手っ取り早い。

 戦争、戦争、戦争!


 ――何、君にはほんのちょっとの仕事を頼みたいだけだ。

   ほんの少しだけ、窓を開けて、風通しを良くしてほしい。 

   ベルコフ。


「ベルさん、どうかしましたか? 」


 アンジェリカが不思議そうな表情でベルをのぞき込んで居た。


「いや、少しうるさくて参ってただけだよ」


 ベルは文庫本を懐にしまうと、立ち上がった。


「迷惑だ。

 それに、構内のメガホンでの主義主張は禁止されている。行こうか」


「雰囲気を壊すなんて、本当に迷惑な人たち……」


「ああ、過度な主義主張は大学の自由な雰囲気を壊すことになる」


「いえ、そうではなく……はい、わかりました」


 暫くの間、拗ねた様子で前髪を弄んでいたアンジェだったが、観念したかのように立ち上がった。


 彼らの活動が始まった。

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