風紀委員は風紀の乱れを見逃さない

@flanked1911

第1話

 20世紀、人類は二度の世界大戦を引き起こした。

 未曽有の死傷者を目の当たりにした人々は、もう二度と戦争なんてしないと胸に誓い、世界平和を目的とした国際機関、多くの平和条約を結んだ。


 だが、それはほんの束の間の事だった。

 大戦の戦後処理は、さながら子供達のパイの取り合いのように醜く、自分勝手な自己主張の連続で、そんなものがまとまるわけはなかった。

 領土や利権でいがみ合った世界は資本主義の合衆国を中心とする西側諸国連盟と共産主義を主張する連邦を中心とする東側条約機構に分断し、激しく対立した。


 西と東、二つの勢力は来るべき大戦争の準備を着々と進めていた。


 しかし、その波に乗らなかった国々もあった。

 中立国の面々だ。

 彼等は敢えて両陣営に参加・協力しないことで、戦争から逃れようとした。


 だが、目まぐるしく変わる世界はさながらオセロ盤のようにシロかクロか、資本主義ブルー共産主義レッドか、その二つの選択を迫った。


 丁度、西ヨーロッパと東ヨーロッパの境目の中立国、ベネチア共和国はまさに対立の最前線となっていた。



 ◇


 雀たちが電線の上で歌声を奏でる気持ちの良い朝。

 西と東の対立は過去最大の危機的状況にある……そんなニュースが流れていても、ベネチアの朝の大通りは車が行きかい、道行く人波で活気にあふれていた。

 特に学生が多い、この大通りを行った先にはベネチア国際大学があるからだ。

 ヨーロッパの中でも有数の大きさで、中立国ならではの自由な学風で広く知られている。

 そんな希望にあふれている青年たちの中、一人頭にフードを深くかぶったパーカー姿の男が早歩きで群衆を掻き分けて大学へと向かっていた。

 彼は大きなリュックを背負い、余程重いのだろうか、猫背になりながら少し汗をかいていた。


 そして、フードから垣間見えた口元には不気味な笑みが張り付いていた。


「きゃっ、ごめんなさい」

「自由主義者に死を、自由主義者に死を、自由主義者に死を……」


 誰かと当たっても、ぶつぶつと呟きながら大学へと歩き続ける男。


 彼は勉学に通う為に歩いているのではない、リュックの中身は手製の爆発物だ。

 大学で爆破テロを行おうとしていたのだ。


 ベネチア武装蜂起連盟、彼らは冷戦の中で中立・自由を謳うベネチアを軟弱と考え、暴力行為をもってその体制を破壊せんとするテロ組織だ。

 今まで、彼らは小さな騒ぎしか起こさず、世間からは知られていなかったが……それも今日限りだ。


 平和ボケしている学生たちごと大学を爆破し、その屍を以ってで大々的に連盟は蜂起を宣言する。

 今日こそが、革命の日だ!


 ……と、男は考えていた。


 その瞬間まで警戒は怠らない。

 気を引き締め、フードを深くかぶりなおし、男は行き交う人々に警官が居ないか、車道からパトカーが来ないか落ち着きなく周囲を伺っていた。


 大学の正門が見え、男は歓喜に震えた。

 もう少し、もう少しだ……。


「すみません、私たちのサークルに興味がありませんか! 」


 男の進路を邪魔したのは、活発そうな女生徒の声だった。

 彼を学生と勘違いしたのか、サークル勧誘のビラを配って来たのだ。

 フードの切れ目からちらりと見えた女生徒は大層美人に見えたような気がするが、男は乱暴に女生徒を押しのけた。


 だが、今度は大学から歩いて来た男子生徒と激しくぶつかり、しりもちをついてしまった。


「おっと、ごめんよ」


 男子生徒は一言だけ詫びると、立ち止まることなく歩き去った。


「おい、てめぇ! 」

 

 カッとなった男は、思わず立ち上がった。

 

 結果、ふわりとフードが頭から離れ、おかっぱ頭の男の素性が露になった。


 次の瞬間、突然、大学前の路地から猛スピードで現れたバンがドリフトしながら乱暴に停車した。

 後ろ向きに止まったバンの後部ドアが勢いよく開き、中からサブマシンガンをもった男達が飛び出てきた。


「間違いない、通報にあった男だ! 」

「警察だ! 皆そいつから離れろ!」

「動くな! 地面に伏せろ! 」


SWAT特殊部隊だと……! 」


「え、何、何? 」 「映画じゃね、すっげー! 」


 周りの学生たちは騒ぎ出すか、きょとんと固まっている。

 銃を構えた特殊部隊が男へじりじりと迫る。 



 仕方がない、計画通りじゃないが、ここで爆弾を起爆するしかない。


 馬鹿共を巻き添えに出来る筈。

 男は決心し、ポケットの中の起爆機能を備えた携帯電話に手を伸ばした。


 が、しかし。


「な、ない……! 」


 男は真っ青になった。

 ポケットの中の携帯が無い。

 落とした? こんな大事な時に? いや、さっきまではあった筈……!




 さっきぶつかって来たあの男子生徒の仕業だ!




 バっと振り返り、男は群衆の中から男子生徒を探そうとする。

 だが、人波に消えたあの男子生徒がどんな顔で、どのくらいの身長だったか、声すらも、当然名前も、よく分からない、全く覚えていない!



 詰んだ。



 男にはもはや歯を噛みしめて、後悔するしかなかった。


「幽霊だったのか……!? 」


「両手を挙げろ! 早く! 」

「撃つぞ! 」


 警官達がすぐ側まで迫り……ついに男は両手を上げ、地面に跪いた。


 ◇


 かくして、大学での爆破テロという最悪の惨事は阻止された。

 警察は学生を名乗る人物からの通報により、寸前で止めることに成功したのだ。


 更にそれから数時間後、またしても学生から通報があった。

 警官達がその通報の住所に駆け付けると、そこはベネチア武装蜂起連盟のアジトで、構成員達は皆意識を失った状態で既に拘束されていた。

 気が付いたらこうなっていた、誰にやられたのか分からない。構成員達は悔しそうにそう口をそろえた。


 結局、は名乗り出ることが無かった。


「まるで学校を守る風紀委員じゃないか」


 メンツ丸つぶれの刑事たちは頭を抱えるしかなかった。

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