第5話 友情物語①

「もー!なんでまた反省会なの!?いいとこだったでしょ!」

「流石の俺でもわかる。お前そろそろ取り返しつかなくなってきてるぞ」

三度目の屋上での反省会。憤慨する陽歌とは対照的に幸樹はやつれてきていた。

「なにがよ!もうここまで恥を晒したんだからいっそのこと正面から見込みのありそうな人にアタックを──」

「オーケーわかった。気概は買った。だからもう大人しくしててくれ頼むから」


キーンコーンカーンコーン


お昼休憩が終わる合図の鐘が学校全体に響き渡った。

「む、確かお昼終わりそうだと鳴るんだったかしら。仕方ない、放課後に持ち越しね」

「やめてください止まってくださいお願いだから」

教室に戻ろうとする陽歌を全力で引き留めようとする幸樹。だが陽歌もどちらかと言えば腕力はある方で、幸樹を引きずったまま教室へと向かう。

「え、ちょ、力強──」

「心配ない心配ない!今の私に失うものはもう無い!」

そのまま教室に到着すると、教室には既に次の授業を行うため教師が教卓で準備をしていた。

「ん?あぁ君達二人が転校生の……早く座りなさい。もう授業が始まりますよ」

「遅れてしまい申し訳ありません。ご指導よろしくお願いします!」

「礼儀正しいですね」

「はぁ……」

満面の笑顔の陽歌と対照的にテンションが落ち続ける幸樹。覚束ない足取りで幸樹は自席へと戻る。そうなると当然、隣の席である甘口が隣に位置するため否が応にも幸樹の視界に入ることになる。

「…………ッフ!」

(あ、今度はおもしれー女とか言わないんだ)

甘口は陽歌を見て不敵な笑みを浮かべるも、あくまで大人しく授業を受け続けていた。

幸樹にとってようやく訪れた、心休まる時間だった。

(授業で心休まるって何?)

教室に、教師の声のみが響き渡った。


 幸樹と陽歌は吉祥会で高校の勉強も教わっていたため、授業の内容に関して置いて行かれることは無かった。学習内容に多少の違いはあれど二人にとっては些細な問題である。

それよりも幸樹にとって気になる事があった。

(こいつ…さっきからめっちゃヨウのこと見てね?)

隣の席の甘口が陽歌から視線を外さずにいることがどうにも引っ掛かっていた。

先程の一幕もあり、幸樹にとっては最も警戒すべき相手である。

「えー…薩摩藩のトップであり、長州藩と手を結んだ幕末の武士は……三嶋!」

「はい、西郷隆盛です」

幸樹は教師に指名されると同時に立ち上がり回答する。

「せ、正解…」

「「「おぉ…」」」

教師が呆気にとられ、クラスメイト達は感嘆した。だが幸樹はそれどころではなく、すぐに着席し隣の甘口の様子を探る。

すると、甘口が幸樹を見つめていた。

「え」

「ふ~ん。やるね」

「あ、どうも」

甘口の称賛に幸樹は素直に応える。

(え、何故上から?)

幸樹は疑問に思うも、授業はそのまま続く。

「新政府軍に抵抗したが、函館戦争で敗れ降伏した武士の名は──」

「はぁい!榎本武揚です」

「え?せ、正解…」

何故か指名されてもいない甘口が突如挙手しながら答える。無論教師は呆気にとられ、クラスメイト達は先程とは違う様子で感嘆した。

「すげぇ…またアピールしてる…」

「授業中に指名されて答えただけで好感度上がるとマジで思ってる小学生男児感は確かにヤバい」

「ていうか先生困ってんぞ」

「ふっふっふ、何故僕だけ逆に評価下がってるんだろう」

良くも悪くもクラス中の視線を集めた甘口。それは陽歌も例外では無いようでチラチラと自身の後方にいる甘口の方を見ていた。

(ぐっ!まだこいつのこと気にしてんのか…)

それに気づき更に警戒度を上げる幸樹。

アピールに熱心な甘口。

呆れるクラスメイト達。

自分の授業がウケてると勘違いした教師。

「大日本帝国憲法はある国の憲法を参考に──」

「ドイツ!」

「早っ!まだ聞いても無いのに!?」

幸樹が先に仕掛け。

「で、あるからしてぇー」

「イタリアーーヌ!!」

「問題じゃないよ!ていうか回答の癖強いな!」

甘口が追随する。このやりとりは授業が終わるまで続き、その度にクラスメイト達の視線を集めまくっていた。

(こうちゃん……二人共デビュー失敗祈念日ね、今日は)

幸樹の内心など知る術がない陽歌は、ただただ困惑しこれからの学生生活を憂うばかりだった。


 放課後の教室は、部活に向かう生徒やさっさと帰宅する生徒、勉強している生徒やただなんとなく帰らない生徒など様々な様相を呈していた。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

「ふっ…ふっ…ふっ~~…」

憔悴し、それぞれ自席で息を整える二人の男子生徒の姿があった。

というか今日の注目度トップの二人だった。

「初日でここまで僕に付いてくるなんて…さては君もおもしれー男だな?」

「あんたほど面白い奴いないだろ絶対。てかいいのかよ?」

「何がかな?」

「ヨウだよ。さっさと教室出て行ったけど?」

陽歌は六時間目の授業を終えると居た堪れなくなったのか一目散に教室の外へ飛び出していた。

幸樹は追いかける素振りを見せない甘口の事を不審に思っていた。

「あぁ…彼女ならまた明日も会えるから無問題さ。それよりも…」

甘口は顔を幸樹の方へ向け、笑みを浮かべた。

「僕は今、君と話がしたいんだ。三嶋幸樹君」

「え…」

思わぬアプローチに目を丸くする幸樹。それを盗み聞いていた周囲の生徒たちはまたぞろ小声で囁いていた。

「まさかアイツ、遂に男に……」

「フラれすぎると見境なくなるっていうか、プライド無くなるんだな。覚えとこ」

「お幸せに」

「君達?流石の僕もそろそろ泣くよ?」

「な、なんで俺なんだ?」

幸樹はへこんでいる甘口に向き合うように体の向きを変える。陽歌ではなく何故自分に興味を持ったのか?幸樹には理解できなかった。

「簡単な話さ。あれだけ熱く競い合った相手に興味を持っただけのこと。君は違うかい?」

甘口はそう言い、じぃっと幸樹の目を見る。口元は笑っているがその眼差しは真剣そのものだった。

「俺、その……今まであんま友達とかできなくてさ。もしかしたら嫌な思いとかさせるかもしんねーけど…」

「君はさっきまでの僕を見てなかったかい?君よりもクラスの連中の方が百倍不快で失礼な発言のオンパレードだけどね」

「あぁ、まぁそれは……」

否定できず幸樹は目を逸らす。甘口は静かに、幸樹の続く言葉を待っていた。

「えと、ヨウ共々仲良くしてほしいっつーか、色々学校の事とか教えて欲しいっつーか…」

ポツリ、ポツリと言葉を紡ぐ。

拙くとも確かに心の籠ったその言葉たちは、甘口の耳に届いた。

「星矢だ」

「え?」

「甘口星矢。初めてだよ、こんな僕に引かず真っ向から渡り合おうとする奴は」

星矢は右手を幸樹の方に差し出した。

「おもしれー男め」

だが幸樹は意図を汲み取れず困惑する。

「え?えーっと?」

「うん?握手さ。友達なら別に変な事じゃないだろう?」

「あ、と…友達…」

幸樹は自分の右手を見つめる。一旦彼の右手チェックが入った。

(手汗無し汚れ無し修行で出来た血豆は…引かれないか?)

「…っふ」

「ん?」

「あっはっはっは!いや、君も本当に面白いやつだ!笑われることはあっても、ここまで誰かを笑ったのは初めてだよ!」

「な!俺は別に笑わせようとしたわけじゃ──」

「ごちゃごちゃ言わない!」

「いで!」

星矢は勢いよく幸樹の手を掴むように強引に握手した。備えていなかった幸樹は突然の右手の衝撃に顔を歪める。

「笑われ者同士、仲良くしようじゃないか。友達になってくれ、幸樹」

手の次は、言葉による衝撃が飛んできた。

幸樹は今、生まれて初めて吉祥寺の外で握手を交わしそして──

「あぁ!お前もおもしれー男だぜ星矢!」

生まれて初めての友を得た。

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