第7話 友情物語③

そのカラスが一度羽ばたけば、暴風が大地にいる彼女らに襲い掛かった。

「うわっ!」

「高遠さん伏せて!!」

凛が春の肩を掴み屈ませる。陽歌は身を守るでもなく屈むこともせず、ポケットをまさぐっていた。

「何をしているの?貴方も早く伏せて──」

「えっと、こうちゃんの番号は……」

陽歌は凛の言葉を聞かず、懐から取り出した携帯を操作し電話をかけ始める。

「もしもし、こうちゃん?」

「ヨウか?外にいるのか?」

携帯から幸樹の声が聞こえてくる。声音に焦りがあるように思え、幸樹もこの事態を既に把握しているのだろうと陽歌は踏んだ。

「うん。そっちは今教室に?」

「ああ。何はともあれこのままじゃ被害が出る。門前様の教えの通りまずは──」

「うん。結界ね」

陽歌は携帯に耳を当てたまま走り出した。

「え、雨井さん!?」

「ちょっと!?今動くのは危険よ!」

「二人はそのままそこにいて!絶対動いちゃダメよ!」

地面に伏せ体を丸めた二人に対し、陽歌は走りながらそう告げた。

状況がわからぬまま二人は走り去る陽歌の背中を見送ることしかできず、すぐにその背は茂みの中へと消えて行った。

「い、行っちゃった……」

「一体、何が起きてるの?」

二人のそんな呟きも、すぐにカラスの鳴き声にかき消された。


 電話を受け、幸樹は携帯を耳に当てながら教室を移動していた。

「ヨウは今どこ向かってる?」

「とりあえず校庭。こうちゃんは?」

「屋上。見晴らし良いし、うってつけかなって」

「わかった。でも相手は空中にいるし、今回は円筒型よね?」

「だろうな。吉祥会に連絡は?」

「まだ」

「じゃあ俺からしとく。とにもかくにも、今は結界の形成を第一優先だ!」

「了解!」

電話を切り、全速力で屋上へと向かう。

階段を駆け上がり屋上へと続く扉を開け放つと、空を飛ぶカラスの輪郭がより鮮明に捉えられた。

「あれが……霊怪」

カラスは三つ目三本足で、瞳はぎょろぎょろと忙しなく動かしていた。

幸樹は携帯を操作し吉祥会へとメッセージを送る。


 御使い各位

吉祥高校上空にカラス型の霊怪出現。応援を求む。


簡潔に内容のみを記し、送信する。

「さて、と。張るか」

幸樹は合掌し、目を閉じ念じる。


 陽歌は校庭まで走る。

「ここらでいいかな?こうちゃんはもう始めてるか」

陽歌も幸樹同様合掌し、目を閉じ念じる。

幸樹と陽歌の二人の体が淡い光で包まれ、その二人を起点に光はそのまま広がり最後は二人から発せられた光同士が衝突し、融合した。

その形は正しく円筒で、上空にいたカラスも範囲内に収まっていた。

陽歌は一息つく。

「ふぅ…。本番は初めてだけど上手くいってよかったぁ~。」

その直後、携帯が鳴り陽歌は応答する。

「とりあえず第一段階はクリアだな」

「えぇ。あとはアイツをどう鎮めるかなんだけど」

「飛んでるのが厄介だ。修さんみたいな遠距離タイプがいたら楽勝なんだろうけど…」

「言っても仕方ないわ。まずは変身して、それから考えましょ!」

「だな」

二人は携帯を切ると、同時に合掌し天に手をかざした。

その手にはかつて五年前の時と同じ刀が突如として現れ、姿も五年前同様侍を想起させるような装いへと変わっていた。

「はぁ!!」

幸樹は一度大きく屈み、カラス目がけ跳躍した。

見る見るうちに距離が縮まっていくが、目前の所でカラスが突如羽を大きく動かし風を巻き起こす。

風は一直線に飛んでいた幸樹の勢いを大きく弱め、カラスは幸樹目がけ羽を振り下ろす。

「っち、やっぱ飛んでんのやりづれぇ!」

幸樹は刀で羽を受けるも、そのまま地面へと上空から叩き落される。

「こうちゃん!」

陽歌は刀を収め即座に幸樹を受け止めるため走り出す。幸樹も刀を収め、体を丸める。

「ほっ!」

「サンキュー」

「なんの」

陽歌は幸樹を受け止めると、地面に下ろす。

「いきなり無茶するわねー」

「まぁ上手く体に張りつけられたら儲けもんとしか考えてなかったから。案の定無理だったけど」

「危うく地面に叩きつけられるところだったというのに…」

「校庭にヨウがいたから万が一のときは拾ってもらえるかなって」

「信頼が重いわよ~。失敗したら目の前で幼馴染ミンチになるところ見なきゃならないじゃない」

「そうなったらハンバーグにでもしてあげて」

「嫌~…カニバリズムー」

「幸樹!!」

二人の背後から声がかかり、振り返ると星矢が顔を青ざめながら呼吸を荒げていた。

「あら、彼は……え、結界内にまだいたの!?」

「あぁ。お前の言う通りアイツはやっぱり──」

「雨井さんも、何をしている!?早く…ってあれ?何だいその格好?」

星矢は二人の恰好に疑問符を浮かべ、状況の整理を始めた。

その横に、二人の少女が駆けつける。

「雨井さん!」

「高遠さんにかげりん!二人もこっちに来てしまったの?」

「そんなこと言っている場合じゃないでしょう!?今すぐ避難を…って、え?」

「あれ?雨井さん、それ…」

春と凛が駆けつけるも、星矢同様陽歌と幸樹の恰好に混乱しているようで二人とも静止してしまう。

「あー、これはその……」

「ヨウ!マズイ、霊滓が出始めた!」

幸樹の呼びかけに陽歌は顔を前へ戻す。すると、校庭中に黒く、灰でできたような異形の怪物が次々と現れていた。

五年前の時と同じ、幸樹と陽歌を襲った怪物──霊滓──である。

「あぁもう!霊怪の方で手一杯なのに」

「とにかく、後ろには一般人もいる。俺がこいつらの相手するからヨウは三人を早く結界の外に」

「わかった!」

幸樹は抜刀し霊滓へと走り出す。それと反対方向に陽歌は三人へと向かう。

「甘口君、高遠さん、かげりん!三人は今すぐ結界…学校の敷地外まで走って!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!君たちは!?雨井さんと幸樹はどうするつもりだ?」

「なんか刀持ってるけど、それで戦うの?」

「私達なら大丈夫!心配いらないわ」

「そうもいかないわ!何が何だかわからないけど、危険な事だってことだけはわかる。とにかく貴方達も避難して、後は警察なり…自衛隊とかに任せるような事態でしょう!?」

陽歌の勧告にも三人は引き下がらず、春と凛は陽歌の手を取り共に外へ避難させようとする。

「そ、それは大丈夫と言いますか~私達じゃないと意味ないと言いますか~…」

「何言ってるの!早くこっちへ──」

「ぼ、僕は幸樹を連れ戻してくるよ!」

「あ、待って甘口君!」

星矢は顔中を汗まみれにしながらも幸樹へと向かって飛び出した。

陽歌は星矢を止めようとするも春と凛に腕を掴まれ身動きが取れなくなってしまっている。

「二人とも離して!私達は本当に大丈夫だから!」

「戦わない選択だってあるんじゃないの?二人が体を張らなきゃいけないなんておかしいよ!」

「その通りよ。二人が普通と違うのはわかったけど、危険なことに変わりないでしょう!?」

「危険だけど私達しか対処できない事態だし、このままじゃ──」

「幸樹ー-ー-!!」

突如、校庭に響く程の声量で幸樹の名を呼ぶ星矢。思わず全員が星矢の方を向く。

「は、はやく、君も逃げるんだ!!」

「星矢!?お前、なんで──」

「友達が体を張るなら、僕は体を張って助けたい!」

星矢はそのまま幸樹に向かって全速力で走り続ける。霊滓がそれに反応するかのように星矢に向かって歩き始める。

「星矢!」

幸樹は身を翻し星矢の方へ駆け出す。


ガアアアァァァァッッ


突如、再び地面を震わせるほどの絶叫がその場にいる全員を襲った。

「うわっ!」

「きゃあ!!」

星矢、春、凛の三人は思わず体を丸め耳を塞ぐ。

幸樹はその間も走り続けた。片手で片耳のみを塞ぎ、刀を持つ手は尚も近くの霊滓を切り続けていた。

陽歌は好機と思い、春と凛を一息に両肩に担いだ。

「え、雨井さん!?」

「何のつもり!?」

「二人には悪いけど実力行使!まずは二人だけでもこのまま外へ出す!」

「お、下ろして!」

「無理!」

陽歌はそのまま駆け出そうと、脚に力を込める。


バサァッッ


大きな羽音が聞こえたと思った次の瞬間、空から大型のカラスが落下してきた。

鋭い嘴は────星矢を捉えていた。

「え、え?」

星矢は恐怖からか、先ほどの鳴き声に当てられたのか腰を抜かし動けないでいた。

「星矢!!」

幸樹は全力で手を伸ばす。星矢へ届くように。

カラスの嘴の先端が、星矢へと降りかかる。

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