第6話 友情物語②

羞恥心から先に教室を飛び出していた陽歌は教室での幸樹達の一幕など知る由もなく玄関口へと向かっていた。

「はぁ…まさかこうちゃんまでああも暴走するなんて。身内が黒歴史を製造していく様を見るのは違う地獄を味わうことになるのね…」

幸樹とはまた違った様子で憔悴する陽歌。慣れない手つきで上履きから外靴へと履き替えていく。

「しかし、本当に明日からどうしよう~…」

「どうかしたの?」

「えぇ!?あたっ!」

陽歌は驚いた拍子に半端に靴を履いた状態で後退りしようとしたためバランスを崩し地面に倒れ込む。

目の前にいた女生徒は慌てながら陽歌に向かって手を伸ばした。

「あぁ!?ごめんね、大丈夫?怪我してない?」

「え、えぇ…大丈夫。私こそごめんなさい」

陽歌は伸ばされた手を掴み、ふらつきながらも立ち上がる。

「ありがとう」

「ううん、私がいきなり声かけちゃったのが悪いんだから気にしないで」

その女生徒は眉を八の字にし、頭を掻いた。陽歌は前のめりになってその言葉を否定する。

「悪いだなんてそんなことない!だって声かけてもらって嬉しかったもの、私!」

「え、そうなの?」

「うんうん」

女生徒にとって陽歌の言葉が意外だったのかしばし固まり、それから花が咲いたような笑顔を浮かべた。

「えへぇ~良かった。良い人だね!」

「それはあなたもよ。私は雨井陽歌。あなたのお名前は?」

「私?私は高遠春!高くて遠い春って覚えて」

「高遠春さん。素敵な名前だわ」

「ありがとう~。私も気に入ってるんだ」

陽歌は話しつつ、ある確信を抱いていた。

(すごく話しやすいし良い人…もしかして、この人も?)

陽歌の思いなど当然知らない春は、両手をパンと鳴らしある提案をした。

「そうだ!今からお花の世話しに行くんだけど一緒に来ない?」

「え、お花?」

「うん!私のお友達が先に世話しててくれてるんだ~。もしよかったら一緒に!」

そう言い春は手を差し出す。

星矢と言い春と言い、御使いの素養のある者は身体的接触に躊躇いが無い傾向にあるようだ。無論陽歌も例外ではなく、差し出された手をすかさず握り返す。

「えぇ、わかったわ。是非ともご一緒させて欲しい」

「やった!じゃあ案内するね」

そう言い春は陽歌の手を引き玄関口を出て校舎沿いに進んでいき、学校の敷地を出る直前で脇道へと入って行った。

「ちゃんとした道じゃないからわかりづらいんだけどね」

「なんだか冒険者の気分ね」

少し興奮気味の陽歌は意気揚々と春の後をつけていく。

何の塗装も施されていない草木生い茂る道を少し進むと、丁度人の顔に来る程度の高さに木の枝葉が伸びていた。春と陽歌は屈んでそれを潜り抜ける。

「うっ、草木が一杯…」

「あ、大丈夫?服とか汚れてない?」

「それは大丈夫なんだけど……ここまで自然が一杯だと、修業時代を思い出してちょっと…」

「え?修行?」

「何でも無いわ気にしないで」

陽歌は春に倣い屈んだまま進んでいく。すると突然道が開け、多くの花々が咲く花園とでも呼ぶべき空間が広がっていた。

「ここだよ!とうちゃ~く」


 春が手を広げ一面の花で彩られた空間を自慢げに披露する。

見ればコスモスやマーガレット、スイートアリッサムやダリアなどもあった。いずれも秋に見頃を迎える名花ばかり。

陽歌はその美しい光景に心奪われ、立ち尽くした。

「わぁ……すっごい綺麗…」

「すごいでしょ!これはね、かげちゃんが一生懸命育てたお花なんだよ!」」

「かげちゃん?」

「あ、かげちゃんって言ってもわからないか。そうだ、いい機会だし紹介しましょう!呼んでくるから待っててね」

「え、高遠さん!?」

春は颯爽と駆け出し、陽歌は一人取り残された。陽歌に花を愛でる趣味は無かったが、目の前に立ち並ぶ多くの花々には心奪われた。

前屈みになり、一輪の花にそろ…と手伸ばす。

「触らないで」

不意に花畑の向こうから、声がした。棘がありながらも綺麗な声に陽歌は、花から声が聞こえてきたのかと目を細めた。

「どこを見ているの?こっちよ」

再び、声が聞こえる。だが先程とは違い声量が大きくなったため、声が聞こえてきた方角が明確に認識できた。陽歌は顔を上げ声が聞こえた方角──陽歌の右手側──に視線を移すと、じょうろを手に陽歌を見つめる少女が立っていた。

長い黒髪は腰まで伸びており、澄んだ瞳は真っすぐ陽歌を捉えていた。

「なんでここに、人が…」

目の前の少女は不機嫌さを隠そうともせずそう呟いた。少女の周りに咲き乱れる花々がその表情に不釣り合いな程風に揺られ美しい景色を作り出していた。

「綺麗……」

「はい?」

「あ、いえ、これは、その──」

「あれ?かげちゃんここにいたの?」

陽歌が目を泳がせつつ弁明を図ろうとしたその時、一人駆けだした春が戻ってきていた。春は陽歌の肩から顔を覗かせるように長髪の少女を見る。

すると、その少女は先ほどとは打って変わって表情が和らいだ。

「高遠さん。来てくれたのね」

「もっちろん!ここのお花すごい綺麗だしね」

「ふふ、ありがとう」

春が捲し立てる様に花に対する賛美の言葉を並べ、少女ははにかみながらそれに応える。

「えっと、もしかして高遠さんが言ってた「かげちゃん」って子は…」

陽歌は二人の談笑に水を差すことに心地の悪さを感じつつも、このままでは話が進まないと思い恐る恐る遮る。

春はあぁ、と手を打ちかげちゃんと呼んだ少女を手で指し示し存在感をアピールさせた。

「そうだそうだ、雨井さん。紹介するね!こちらがかげちゃんでーす!お花の水やりだったり土の手入れだったり……色々やってます!」

「……美影凛」

春に紹介され、その少女は静かに名乗る。

何かを見透かすような鋭い目つきに陽歌は無意識に背筋を伸ばし、同様に名乗る。

「雨井陽歌です。よろしく!」

「知ってるわよ。大勢の前で宗教の勧誘始めるアブない人でしょ?噂になってたわよ」

凛は意地悪くそう言うも、陽歌はきょとんとした顔で不思議がる。

「アブない?まさか!吉祥会はいい人たちばかりよ。かげりんも入ってみる?」

「なんで私が入らなきゃ……かげりんって何!?私の事?」

「あー!かげりんもいいね、可愛い!」

陽歌の天然さに凛がツッコみ、春が陽歌のかげりんというあだ名に萌えていた。

つい先程会ったばかりとは思えないほど陽歌はこの二人に馴染んでいた。

「いやー春さんの言う「かげちゃん」って良いなーって思って」

「馴れ馴れしいにも程があるでしょ。甘口君との事もそうだったけど貴方、距離感おかしいわよ」

「まーまーかげりんちゃん。雨井さんの事気になってたんでしょ?仲を深める丁度良い機会じゃん!」

「気になってたのは度重なる不自然な言動のせい……待って高遠さん、それ定着させるつもり?」

陽歌と春というそれぞれ違うベクトルで天然な少女二人に翻弄され、凛は既にどこかやつれたような顔をしていた。

手に持っているじょうろがふらふらと揺れて中の水がちゃぷちゃぷと音を立てていた。

「しっかり持たないと水零れてきちゃうわよ?」

「誰のせいだと…」

「それにしても本当に綺麗なお花達ね。かげりんがお世話してるの?」

「かげ……はぁ、もういいわ。ええそうよ」

「優しくて真面目なのね、貴方」

「はぁ?いきなり何?」

「だってこんなにも色々なお花が、しかもこんなに綺麗な状態で管理されてるなんて吉祥寺でも見ないもの。毎日ここに来てお世話してるんでしょ?貴方の人柄がよく表れているわ」

陽歌は花から目を逸らすことなく言った。そして、凛へと視線を移す。

「綺麗よ。すっごく」

「…………同じ事、言うのね」

「え?」

「雨井さんわかってる!やっぱりそう思うよね!?かげちゃんはね、ほんっとーに優しくて良い子なんだよー!」

「た、高遠さん。恥ずかしいからもう少し声抑えて…」

春の熱弁を、凛は赤面しつつ制止させようとする。

「ふふ、本当に仲いいのね。二人は」

陽歌の一言に二人はピタッと止まり、春は途端に目を輝かせ凛は目を伏せ髪をいじり始めた。

「そうかな?そう見える!?」

「うんうん。お互い大切に思っているのが伝わってくるもの。美しきかなこの友情!」

「大げさね」

「大げさなもんですか」

陽歌は一面の花畑を包むように腕を広げた。

「大切な物はね、たっくさんあった方が絶対幸せよ。このお花も、あなた達の友情もそう!

もし自分自身やその大切な物にとって辛い事があった時も、大切な物がたくさんあればまた立ち直れる。大きな力を貰える。私はそう思うの。だから──」

そして、広げた腕でそのまま春や凛を包み込んだ。

「素敵よ。このお花も、あなた達も!」

それを受け、二人はなんだか気恥ずかしそうに身を捩ったり視線を彷徨わせている。

「えへへ~、ありがとう」

「へ、変な人ね。本当に」

陽歌は体を離すと、二人の手を握った。

「ねぇ二人とも。吉祥会に入ってみない?絶対向いているし、あなた達が入ってくれたらすっごく楽しいと思うの!」

「吉祥会って、確かあのお寺の…宗教?だっけ?」

「何故そこまで入らせたがるの?変なノルマでも課されてるの?」

「あ、えっと、そうじゃなくて!その……実は──」


ガアアアアァァァッ


辺り一帯に、聞き慣れない鳴き声が降りてきた。

声量は凄まじく、地面を震わせる程でその場にいた三人は訳も分からぬまま思わず耳を塞ぐ。

「な、何!?」

「っく、うるさ…」

「これは…まさか!」

鳴き声に顔を顰める春と凛。陽歌は一人、空を仰いだ。


遠くに、空を飛ぶ黒く巨大なカラスがいた。

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